第18話 静寂と予兆
午後の図書室は、静かだった。
机の間隔が、やけに広く感じる。
人の気配は、数えられるほどしかない。
俺は席に着いたまま、
学園指定のノートを閉じた。
今日の役目は終わっている。
資料の整理。
移動の記録。
最低限のやり取り。
書くべきことは、すべて書いた。
ペンを置くと、
空白の時間が戻ってくる。
――さて。
いつものノートに、手を伸ばした。
私的な記録だ。
義務ではない。
けれど、書かずに立ち去る気にもならない。
ページを開く。
見開き右の白い紙に、
今日の出来事を短くまとめていく。
事実だけ。
余分な言葉は、足さない。
その途中で。
背後に、気配を感じた。
足音が一つ。
それだけのはずなのに、
一瞬、胸の奥が詰まる。
圧、と呼ぶほど強くはない。
振り向く理由にもならない。
気のせいで済む程度だ。
俺は、書く手を止めなかった。
「……」
「記録補助の人よね」
抑えた声だった。
振り向くと、
図書室で何度か見かけた女子生徒が立っている。
姿勢が整っていて、
余計な動きがない。
「もう終わった?」
「うん」
それだけの会話。
彼女の視線が、ノートに落ちる。
書いている文字ではない。
少しだけ、ずれている。
左側――
黒い紙の方に。
そう見えた。
確信はない。
見間違いと言われれば、それまでだ。
「……それ」
彼女は、言いかけて、言葉を切った。
一拍置いて、首を振る。
「何でもないわ」
それ以上は言わない。
「邪魔したわね」
静かな足取りで、距離を取る。
図書室には、
元の静けさだけが残った。
俺は、視線をノートに戻す。
白い紙。
自分の文字。
黒い紙は、何も変わらない。
さっきの違和感も、
もう残っていない。
俺は続きを書いた。
今日の記録は、
それで終わりだ。




