第10話 糸と沈黙
―ユイ視点―
放課後の通路は、静かだった。
人の気配は遠く、足音も散っている。
背後から、低い声。
「おい」
立ち止まり、振り向く。
上級生が三人。
近づいてくる。視線が、値踏みするように動く。
「噂の変人のユイってのはお前か」
「魔力量はあるのに、落ちこぼれ組を選ぶとか」
私はため息を一つ吐いた。
「用件は、それだけですか」
「あ?」
それ以上、関わる気はない。
私は背を向けた。
「……おいおい、こりゃ教育が必要だなぁ」
別の声が被さる。
「おい、やめとけって――」
遅かった。
振り向こうとした瞬間、空気が横に走る。
反射的に身体が動く。身を捻る。
避けきれない。
ナイフが、左から右へ。
鋭い痛みが左腕を走った。
布が裂ける音。制服に赤が滲む。
「……っ」
息を吐く暇もない。
私は相手を突き飛ばし、距離を取る。腕が熱い。痛みが遅れて広がる。
次が来る。
私は指先を、ほんの少しだけ上げた。
淡い桃色の糸が、指からほどける。
白に近い、薄い色。空気に溶けるみたいに、静かに伸びる。
糸は地面を這うように走り、足元から相手へ絡みついた。
一本ではない。束になって、幾重にも。
「な――」
声が上がる前に、私は手を引いた。
糸がピンと張る。張った瞬間、相手の身体が引き倒される。
石畳に叩きつけられ、動きが止まる。
糸は腕と足を縫い止めるように絡み、地面に固定した。
完全に拘束した、そのあとで。
私は、はっとした。
「……糸、使っちゃったな……」
口からこぼれた声は小さく、誰にも届かないはずだった。
けれど、自分には十分すぎるほど響いた。
私はすぐに指先を緩める。
糸がほどけ、空気に溶けて消える。
「……今のは、見なかったことにして」
返事はない。
動けない気配だけを背に、私は通路を離れた。
ここは、立ち止まる場所ではなくなった。
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―加害者視点―
何を、された。
気づいた時には、俺は地面に尻もちをついていた。
身体が動かない。
いや、動かせなかった。
見えなかった。
足元から一瞬で何かが絡みついて、引き倒されて、石畳に貼り付けられた。
「おい……お前、見たか?」
「……見てねぇ」
腕が震える。さっきまで確かにナイフを振るえていたのに、今は指先一本動かせない。
「……今の、なんだよ」
答えは出ない。
出るはずもなかった。




