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第9話 静かな場所と名もない視線
放課後の図書室。
人の気配は、さらに薄い。
俺は机に向かい、ノートを開いていた。
今日の出来事を、白い紙に書く。
その途中で。
「……記録補助の人」
抑えた声。
振り向くと、
図書室で見かけた女子生徒が立っていた。
姿勢が整っている。
近づいても、空気が乱れない。
「もう終わった?」
「うん」
短い会話。
彼女の視線が、ノートに落ちる。
文字ではない。
少し、ずれている。
左側。
黒い紙。
「……それ」
言いかけて、止まる。
「何でもないわ」
それ以上は言わない。
「静かで、いい場所ね」
「そうですね」
「……あなた、エリオさん?」
「はい」
「私は、ユイ」
名前だけ。
それで十分だった。
「また、来ると思う」
断定ではない。
予定でもない。
彼女は、それだけ言って離れた。
残された静けさの中で、
俺はノートに視線を戻す。
白い紙。
自分の文字。
黒い紙は、何も変わらない。
だが、
誰かが、そこを見た。
それだけが、妙に残った。




