第8話 山菜の天ぷらと怒りの導火線。
――いけない、いけない。すっかり、のえるんのことを待たせてしまった。
そう思った私は、のえるんの分の飲み物をお詫びに買って、のえるんが待つ中庭の方へと駆けて行った。
すると……。
「――あ、遅かったじゃない、セイちゃん。何やってたの?」
「ごめんごめん。ちょっと後輩ちゃんたちといろいろあってさ――って、げっ⁉」
「――よーっ、おっせーぞセイっ!」
……なぜか、のえるんの隣に、騎士くんがいた。
「お前、のえるちゃんのことほっぽっといて、一人でどこほっつき歩いてたんだよ? 親友のことををほっといて一人にしとくだなんて、お前、常識ってもんが足りないんじゃねぇのか?」
「非常識の塊の騎士くんに常識うんぬんを言われたくないわよっ‼」
そう言って私が騎士くんのことを怒鳴りつけると、その横にいた丸山くんが、
「まあまあ聖華くん。騎士もあんまり妹のことをからかうんじゃないよ」
と、優しい声で言ってきた。
「……あ、丸山くんも一緒だったんだ。ゴメンね? また、お見苦しいところをお見せしちゃって……。て言うか、なんで二人がのえるんと一緒にいるのよ?」
すると、騎士くんがちょっぴり怒ったような顔をしながら、
「何言ってんだよ。セイがのえるちゃんを一人にしてったから、俺たちが守ってやってたんじゃねぇかよ。大変だったんだぜ? のえるちゃん、上級生にナンパされまくっててさ。俺たちがいなかったらのえるちゃん、どうなっていたことか……」
と、言ってきた。
「……えっ、そうだったのっ⁉ ゴメンねのえるん。私が自分の用事にかまけていたばっかりに……」
「大丈夫だよセイちゃん。たしかに先輩たちに声はかけられたけど、そんな大ごとにはなってないし。大げさなんだよ、騎士くんったら」
「でも、声はかけられてたんだ。ホントごめん」
私が平謝りしていると、そんな私になぜか騎士くんが上から目線でこう言ってきた。
「――ホントそうだぜ。しっかりしろよな? セイはのえるちゃんの騎士なんだからさ。男だったら大切な女のことは命がけで守れって、いつもじいちゃんに口を酸っぱくして言われてるだろ?」
「……ホント、重ね重ね申し訳ないっ……って、私、男じゃないわよっ⁉ てか私、おじいちゃんにそんなこと言われたことないしっ!」
「そうなんか……? まあ、細かいこと気にすんな。お前、並の男より強いんだし」
「性別の違いは細かいことじゃないわよ……」
「……騎士。妹からかうのもいい加減にしろよ。お前、用事があって僕たちを聖華くんと濱弓場さんのところまで連れてきたんじゃなかったんじゃなかったか?」
「あ、そうだ、そうだった」
「……なによ用事って……。まさか騎士くん、またみんなから昼食をたかろうとしてるんじゃあ……」
「違う違う。今日はその逆。今日はいつものお礼に、みんなにごちそうするために集まってもらったんだよ」
「ごちそうって……。一文無しの騎士くんが何をごちそうする気なのよ?」
「これだよコレっ♡」
そう言って、袋からタッパーを取り出す騎士くん。
そして、そのタッパーの中に入ってたものは……。
「……なにこれ。何かの天ぷらみたいだけど……?」
中には、緑の野菜らしき天ぷらが何種類か入っていた。
「……まあ、いいから、とりあえず食ってみろよ。あ、食べるときにはこの塩をかけてな?」
「それじゃぁまぁ、お一つ……」
……なんだかよくわからないけど、言われるがままにとりあえず一個、天ぷらを口にしてみる。
すると――――
「「「「――――――っ⁉」」」」
ひとくち口にした途端、みんなの心が一つになってしまった。
何これ、めっちゃおいしいっ!
ほろ苦さの中にほんのり甘みがあって、それでもってシャキシャキとこりこりの中間くらいの絶妙な食感。
「何これ騎士くん、めっちゃおいしいんですけど、これってなんなのっ⁉」
「ああ、セイが食ったのはタラの芽だな」
これがタラの芽……。名前は聞いたことあるけれど、実物を食べたのは初めてかも。こんなにおいしいものなんだ……。
「これって、どこに生えてるの?」
「それは、普通に俺の住んでいる寮の近くに生えているやつだな。切っても切ってもどんどん生えてくるから食料としてはすっげぇ優秀なんだぜ?」
「ねえ、騎士くん。こっちの葉っぱみたいなのは?」
のえるんがたずねる。
「それはコシアブラだな」
「……コシアブラ? 聞いたことない植物だね」
「スーパーとかじゃあんまり売ってないマイナーな山菜だからな。田舎の道の駅とかだと売ってるらしいけど。ホントはこのへんじゃあんまり生えていない植物なんだけど、昔、寮の近くの林にこれを食べたいからって植えた人がいて、それ以来寮のみんなで春の食料になるように増やしているんだよ。うまいだろ?」
「本当だ、全然知らない植物だけど、すごくおいしいな」
丸山くんがびっくりしている。
「こっちのうちわみたいな葉っぱは?」
「それはユキノシタだな」
「ユキノシタって……お花がかわいいやつだっけ?」
のえるんが言う。
「ああ。それは寮の北側のところの壁際に食料兼観賞用として植えているやつだな。これも取っても取ってもどんどん生えてくるから、何も食べるものがない時の非常食として便利なんだよな」
「なんなの? 騎士くんちの寮って……。そんな植物ばっかり生えてるわけ?」
「うちの寮は、金のない大学生が伝統的に生活している寮だからな。そう言う植物を身近に植えとくってのも、先輩たちがやって来た、生活の知恵の一つなんだよ」
そんなことを自慢げに、まるで自分がそれらの植物を植えたくらいの勢いでえらそうに語ってくる騎士くん。
……いや、その植物を植えたのは歴代の先輩たちで、騎士くんはその上前をはねているだけでしょうが……。なんだか聞いていて、ちょっとイラっとしてきた。
「そう言えば、騎士」
「どした? マル」
「この天ぷらって、さっき作ったみたいに暖かくってサクサクなんだけど、これっていつ作って来たんだ?」
「よくそこに気づいたな、さすがはマル。その秘密はだな、今の時間空いている大学生の先輩に寮で油の面倒を見てもらって、そんでもって教室移動から戻ってくるタイミングで急いで寮の方に帰って、そこで速攻で天ぷらを揚げた後で教室まで戻って来たんだよ」
その話を聞いて、私はあきれ返った。
「なんでそんな手間のかかる、めんどくさいことをしてるのよ……」
「そりゃあ、普段お世話になっているみんなにサクサクの天ぷらを食べてもらうために決まってるじゃんか。どうだセイっ、うまかっただろ?」
「そりゃまあ、確かにおいしかったけどさ……」
……確かに山菜の天ぷらはおいしかった。でも、なんだか釈然としない。
「みんなはどうだった?」
「うん、すっごくおいしかった。こんなの食べたのはじめてだよ!」
「僕もだよ。こんな珍しくておいしいもの、騎士がいなかったら食べることができなかったよ。――ありがとうな、騎士」
「そーかそーかっ、喜んでくれて、めっちゃうれしいぜっ! いやーっ、苦労して準備してきたかいがあったぜっ……♡」
二人にほめられて、満足そうな表情を浮かべる騎士くん。……だけど、その得意げな表情を見ていたら、私はだんだんとイライラが募ってきた。
(……何よこの人。なんでこんなに得意げなのよ。たしかに天ぷらはおいしかったけど、でもそれは、普段迷惑をかけている私たちへのお詫びの印じゃなかったの? なのに、なんで自分が主人公みたいな顔をして、ドヤ顔をしているのよ……。それに、この天ぷらだって、まるで自分一人で全部作ったみたいな顔をしているけど、寮の先輩に手伝ってもらっているわけじゃない? そうやって、人に迷惑をかけているくせにへらへらしているところが、ホント、ムカつくのよ……)
――私の心の中に、どす黒い何かがたまっていった。
その日の放課後。
中等部の敷地の一角にある、中等部用の武道館。
今日のこの時間は、私たち柔道部が練習をしている。
そして私は、今日、騎士くんから受けたストレスを発散するかのように、男子部員相手に激しい練習を重ねていた。
一人投げては次、一人締めては次……と言った塩梅で次々と屈強な男子部員たちが次々に倒れていく。
そんな私の練習の様子を見ながら、入ったばかりの一年生たちがあっけに取られている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
そんな感じで、私がやり場のない怒りを練習にぶつけていた時だった。
「……メチャクチャ荒れてるなぁ、来栖」
一人の男子部員が、私に話しかけてきた。
彼は東堂栄太くん。騎士くんや丸山くんたちと同じ、二年E組の生徒で、二年生にして柔道部の主将を務めている。
「何かあったのか?って、聞くまでもないか。来栖がイラついてるときは大体騎士のやつが原因だもんな。朝もなんだか大変だったし」
「ゴメンね、栄太くん。みっともないところを見せちゃって……」
「まあ、お前ら兄妹のケンカはしょっちゅうだから、それ自体は驚かないけどさ、でも、最近はちょっと激しくないか? 騎士はいつも通りだけどさ、お前の方はなんて言うか、ギスギスがひどいって言うかさ。何かどこか疲れている感じだよな」
「やっぱり……。ほかの人から見ててもわかっちゃうのかぁ……」
「来栖はわかりやすいからな。素直っていうか、なんて言うか」
「……それってさぁ、私のこと遠回しにバカだって言ってない?」
「そんなことねぇよ。来栖のそう言う素直なところは、俺はけっこう好きだぜ?」
「なに恥ずかしいこと言ってんのよ、バカぁ……」
彼の言葉に、わたしは思わず顔が熱くなった。
……栄太くんは、時々こういう恥ずかしいことをサラッと言うのでタチが悪い。
「お前、今日はもう帰れよ。帰ってもう休め」
「えーっ⁉ 私まだまだ大丈夫だよっ⁉ ていうか、まだまだ暴れ足りないっ!」
「――ダメだっ!」
普段は優しい栄太くんが、珍しく怒った。
「怒りに任せて八つ当たりみたいな練習されても、ほかの部員に迷惑なだけだし、そもそも来栖のためにもならない」
確かに、栄太くんの言うとおりだ。
今の私は、騎士くんから受けたストレスを、ほかのみんなにぶつけて発散しようとしているだけだ。こんなのは、武道家として、失格だ。
「……それにだな、来栖……」
「?」
「……お前のおかげで男子部員たちは今日はもう、使い物にならないし。お前、ホント、マジで今日は帰ってくれ。……なっ?」
そう言って、栄太くんが指さした先には、今日、私が闘った男子部員の死屍累々が、うず高く積み重なっていた。
「……本当にごめん。それじゃあ今日は、帰らせてもらうわ……」
「ああ、そうしろ。帰って頭を冷やせ。……なっ?」
こうして私は、武道館から追い出されてしまった。
武道館から追い出された私は、駅への帰り道を一人とぼとぼと歩いていた。
手に騎士くんの冬物の洋服とたけのこをぶら下げて。
ぶっちゃけ、こんなものは騎士くんの机か寮の部屋の前にでも投げ捨てて帰ろうかとも思ったけど、優しい私はしぶしぶ家に持って帰ってやることにした。
私ってば、マジ、天使。
……それにしてもこのたけのこ、マジでどうしよう。そのまま切って炒めたら何とかなるのかなぁ……?
そんなことを考えていたら、私は今日、家で確実に自分のことを待っている炒め物のことを思い出して、うんざりしてしまった。
うちに帰るとまた、大しておいしくない炒め物とワンパターンな味のお惣菜とそれをマズそうに食べるおじいちゃんが待っているのかと思うと、家に帰ることがなんだか憂鬱になってきた。
その時だった。
突然、私のスマホに電話がかかってきた。――ヒナちゃんからだった。
「もしもしヒナちゃん?」
『――あっ、セイっ⁉ 今どこにいる?」
「今、学校を出たところだけど……。どうしたの?」
『実はさーっ、今日、うち、パピーもマミーも仕事で帰ってこないんだけどさ、よかったらセイ、うちに泊まりに来ない? うちも一気に二人も減っちゃうと、あーしらもなんだかさみしいし、それにさ、セイもけさの愚痴とか、まだまだ言い足りないんじゃないかって思ってさ。どうかな?』
――その言葉を聞いて、私は即答した。
「行くっ! 絶対行くっ!!!!!」
ヒナちゃん、グッドタイミング。今の私のモヤモヤをぶつけられるのは麻生家の皆様しかいない。
『おおっ、すっげぇ乗り気じゃん。それじゃあ後で着替えとか持ってうちにおいで。待ってるからさっ☆ んじゃねーっ!』
やった、神の助けっ!って言うか、ヒナちゃんマジ女神様☆
……これで今日はとりあえず、まともなごはんにありつくことができる。
(――あ、そうだ。このたけのこ、あの人だったら何とかできないかなぁ……?)
そう思った私は、麻生家の料理番である、次女の麗奈さんに急いで連絡を入れた。




