第7話 後輩ちゃんとおいしい春巻。
――その日の昼休み。
今日も購買のパン買い競争に勝利した。――限定総菜パンセット、ゲットだぜ。
……だけど、ちょっと失敗したかもしれない。ぶっちゃけ、今日はパンの気分じゃなかったかも。
通りかかったときに目に入った「限定」の二文字が、私の判断力を鈍らせてしまったようだ。
……私もまだまだ未熟みたいだ。
私が今日、本当に食べたかったものは……。中華だった。
それもラーメンやチャーハンとかじゃない。
私が今食べたいのは真っ白なお米とそれによく合う中華のおかず。
レバニラ……ホイコーロー……。いや、違うな。
私が今、食べたいのは酢醤油かポン酢をビタビタにして食べる、点心系のやつ。
ギョーザ、シュウマイ……そうだ、春巻だ。
私の食べたかったのは春巻だったんだ。私のバカ。
……なんだか、春巻のことを考えていたら、おばあちゃんやお母さんの作る春巻が無性に食べたくなってきた。
餡の中にきぬさやを細く切ったのが入ってるやつ。たけのこのコリコリとしいたけの風味がたまらない、我が家の春巻。もやしは入ったり入らなかったり。
市販のやつみたいに味は濃くないけど、その代わり酢醤油とからしorラー油でさっぱりと、そしていくらでも食べられるやつ。
――やばい。そんなことばっかり考えていたら、すっかり口が春巻の口になってしまった。……どうしよう。
だけど、今日はもうパン、買っちゃったしなぁ……。
もったいないからこれで我慢するしかないか……。
……争奪戦に負けた皆様。こんな女が限定品をゲットしてしまい、申し訳ありませんでした。
そんなことを考えながら、私がのえるんの待つ中庭の方へと歩いていくと――
「――あ、セイ先輩じゃないっすか、おいっす!」
中庭へと向かう途中のベンチのあたりで声をかけてきたガタイのいい女の子。
柔道部の後輩の、海渡真凛ちゃんだ。
「あっ、真凛ちゃん。真凛ちゃんもお昼なの?」
「そうっす! クラスのダチと昼飯っす!」
ニカニカと笑って答える真凛ちゃん。
と、その時。
「――あれ? セイちゃん先輩じゃないですか」
真凛ちゃんの友だちの中に、由奈ちゃんがいた。
「あっ、由奈ちゃん。真凛ちゃんと友だちだったんだ」
「はいっ、そうですっ!」
「何だよ由奈。お前、セイ先輩と知り合いだったんか?」
「うん、知り合いって言うか……お姉ちゃんだよっ♡」
「――ん……? それってどういう意味なんだ……?」
由奈ちゃんの言葉に、なんじゃそりゃ、っていう感じの表情をする真凛ちゃん。
(――ありがとう、由奈ちゃん……。お姉ちゃんのことを、ほかの子にもちゃんとお姉ちゃんとして紹介してくれて……♡)
――そんな風に、私が改めて妹ちゃんができた喜びをかみしめていたら……。
(……って、あれっ?)
私は、由奈ちゃんのお弁当の中身に思わず目を奪われてしまった。
「……由奈ちゃん。ねぇ、そのお弁当の中身って……」
「ああ、これですか? 見ての通りの春巻ですけど」
――春巻っ⁉
なんてこった。こんなところで私が欲していた春巻に出会ってしまうなんて。
だけど、これは由奈ちゃんのお弁当。
正しいお姉ちゃんとして、妹のお弁当の中身を要求するなんて、そんな、騎士くんじゃないんだからできるわけがない。
だけどだけどっ、この春巻、めっちゃおいしそう。
でもだめだめっ、そんないやしいこと考えちゃ……。
だけど、今の私の口の中は完全に春巻の口になっちゃってるしなぁ……。
そんな風に私の中で天使と悪魔とが言い争いを続けていると……。
「……食べますか?」
由奈ちゃんが、春巻を一つ私に分けてくれた。
「――いいのっ⁉」
……よっぽど私は物欲しそうな顔をしてたんだろうか。ダメなお姉ちゃんだ。
再会して早々、お姉ちゃん失格の烙印を押された私。
だけど、もうこうなったら仕方がないので、とりあえず由奈ちゃんの春巻をいただくことにした。
「それじゃあ失礼して……。いただきます」
「はいどうぞどうぞ」
――そして、私が、由奈ちゃんの春巻を一口かじると……。
「…………うっ、うっ、うっ……(涙)」
「どうしたんですか先輩っ⁉ 何でいきなり泣いてるんですかっ⁉」
……私は、おいしさのあまり、涙がとめどなく流れ出してきてしまった。
この味は、冷凍や出来合いのお惣菜じゃない。きちんと一個一個お家で巻いた、手作りの春巻だ。
しかも、この餡の中には私が欲しかった細く切ったきぬさやまで入っている。……この春巻を作った人はよくわかっている人だ。
私が求めていた完璧な春巻の姿に、私の涙腺は決壊してしまった。
「――ごめんね由奈ちゃん。おかしなところを見せちゃって……。この春巻がおいしすぎて感動しちゃってつい…………」
「……ホントに大丈夫ですか?」
由奈ちゃんが心配そうな目で私を見る。
「……ねぇ、マリリン、このパイセン、大丈夫なの?」
由奈ちゃんたちと一緒にいた、前髪ぱっつんの女の子が私のことを不安そうな顔で見ている。
「うん……。セイ先輩って、普段はしっかり者でとっても頼りになる人なんだけれどなぁ……。なんだか今日は、おかしいなぁ……」
と、真凛ちゃん。
「……ゴメンねみんなっ、いきなりおかしなところを見せちゃって。でも私、ここのところ、家で貧しい食生活の暮らしをしててさっ、そんな時にこんな手作りのおいしいものを食べてしまったから、つい、感動のあまり、涙がっ……!」
「貧しい食生活って……。先輩、一体何食って生きてるんすか?」
真凛ちゃんが心配そうな顔で私に聞いてきた。
「……実はさ、私最近、事情があっておじいちゃんと私の二人暮らしなんだけど、おじいちゃんも私も、ハッキリ言って料理の才能がないんだよ。私もおじいちゃんも、フライパンで何かを炒めるくらいしかできないし。しかもあんまりおいしくないし。で、毎日毎日そのおいしくない炒め物と適当に買ってきたスーパーのお惣菜とでご飯を食べてるんだけどさ、毎日そんな生活をしてるとさ、いい加減飽き飽きしてくるんだよねよ。作れるレパートリーには限界があるし、売ってるお惣菜の数にも限りがあるしで気が付いたら毎日同じような献立になっちゃってるし……。私もね、どうにかレパートリーを増やそうとはしているんだけど、私が手の込んだ料理を作ろうとすると、どういうわけかいつも産廃を生成しちゃうんだよね……」
「……なんだかそれって何をやっても失敗する錬金術師のゲームみたいじゃね?」
「コラ、ゆかりっ! 先輩に失礼なことを言うんじゃないっ!」
由奈ちゃんが、前髪ぱっつんちゃんのことを叱った。
「いやいや、そこの後輩ちゃんの言うとおりだよ。まさに、聖華のアトリエ。だからさ、久しぶりにこんなおいしい手作りのおいしい春巻を食べて、私いま、メチャクチャ感動しているのよ……♡ この春巻作ったのって、由奈ちゃんの親御さん?」
「あ、いえ……。これ、一応私が作ったんです。私が昨日の晩ごはんに作ったものをけさのお弁当に詰めただけのやつで……。そんなにおいしかったですか?」
――なんですと―――――っ!!!!!
「何っ、この春巻、由奈ちゃんが作ったのっ⁉ プロ並み……って言うか、由奈ちゃんもはやプロの主婦じゃんっ⁉ 何で由奈ちゃん、こんなに料理が上手なのっ⁉」
「ああ、私、お母さんがシングルマザーで、うちは母と私の二人家族なんです。それで私、小さいころから仕事の忙しい母を手伝って家事をするようになって、それで自然と覚えたんです」
「そうなんだ……。すごいなぁ、えらいなぁ、由奈ちゃん……」
「全然すごくないですよ。必要だから覚えたって言うだけで、全然大したこと、ないですよ」
そう言って謙遜をする、由奈ちゃん。
――由奈ちゃんはそう言うかもしれないけど……。やっぱりすごいと思う。
まだ中一の女の子がこれだけのテクニックを身に着けるなんて、とっても大変なことだと思う。
……ていうか、一個下の妹ちゃんがこれだけで料理できるのに、お姉ちゃんの私が産廃しか作れないって一体何なのよ…………。
「いや、由奈ちゃんはそう言うけどさ、やっぱりすごいよ。お姉ちゃん、ホントにおいしくって感激しちゃったもん。あっ、また涙が出てきた……」
――すると、私のそんな様子を見た由奈ちゃんが、私にこう言ってきた。
「すみません、先輩。その手に持ってるのって、先輩のお昼ご飯ですか?」
「ああ、これ? うん、そうだけど……?」
「すっげーじゃんっ! それ、購買の幻の総菜パンセットじゃんっ! ゲットしてる人、初めて見たよっ!」
前髪ぱっつんちゃんが、興奮した様子で言う。
「――良かったら、それと私のお弁当を、交換しませんか?」
「えっ……? いいのっ⁉」
「はい。私の春巻をそんなにおいしいって言ってくれるんでしたら、ぜひともどうぞ。それに私も、その幻のパンセット、食べてみたいですし♡」
「――やった―――っ! 妹ちゃんの手作り弁当、ゲットだぜ―――――っ!」
「あーっ、いいなぁ、由奈。幻のパンセット……。あたしにもちょっと分けてよ」
前髪ぱっつんちゃんがうらやましそうな様子で言う。
「イヤよ、これは私が自分のお弁当と引き換えに先輩にもらったものなんだから。欲しかったらアンタも何か私に交換するものをよこしなさい」
「えーっ、あたしもう、ほとんど食っちゃったからなぁ……。これじゃあだめか?」
「食べ残しのパセリなんか認められるわけないでしょっ! 却下よ却下っ!」
――由奈ちゃんの、私の妹ちゃんの手作りお弁当……♡
尊すぎて、なんだか食べるのがもったいないけれど、のえるんを待たせているし、ここは大急ぎで平らげなければなるまい。……非常にもったいないけれど。
……よし、ここはごはんとともに、再び春巻を一口。
やっぱりおいしい。冷めた春巻なのに、なんでこんなにあったかいんだろう。これも手作りのなせる業か。
隣に添えられたほうれん草がゴマ和えなのがまた、憎らしい。しかも、ちゃんと摺ったゴマをあえてある。ねっとりと香ばしい香りが口の中に広がってくる。
隣の卵焼きも一口。……甘くてほんのりだしの香りが効いている。
童謡のお母さんの歌のたまごやきのにおいは、きっとこんな優しい匂いだ。
その隣に添えられたプチトマトも、ただの洗って入れたプチトマトなのに、このお弁当の中ではなくてはならないわき役として、愛らしく自己主張をしている。
――完璧だ。これこそが女子中学生のランチタイムにふさわしい、完璧な手作りお弁当だと思う。
「……ホント、すごいよ由奈ちゃん……。由奈ちゃんの手作りの優しさが体にしみわたってくるよ……」
「大袈裟ですよ、先輩……」
「いやいや、全然大げさじゃないよ。メチャメチャ、おいしい。あーあっ……。私も由奈ちゃんみたいに料理上手に、なりたいなぁ……。でも、私じゃ百年かかっても、こんな領域にはたどり着けそうにないし……」
すると、それを聞いて由奈ちゃんが言った。
「そんなことないですよ。私だって母に教わって、これくらいの腕になったんですから。あ、そうだ、よかったら今度、一緒に料理しませんか? 初心者だったら一人でレシピを見ながら作るよりも、誰かに教わる方が効率がいいですし。料理って、まず最初に基本的な技術とか動作とか、そう言うのさえ覚えておけば、レシピとか後のことはどうにでもなりますから」
「――えっ? いいのっ……?」
「はいっ。今日すぐ、ってわけにはいかないですけど、今週か来週の土日あたりに時間を取っておきますから、その時にでも。何か食べたいものとか作りたいものとか、考えておいてくださいね?」
「……でもいいの? そこまでしてもらうのはさすがに先輩として、お姉ちゃんとして、何だか気が引けてくるんだけど……」
「大丈夫っすよパイセン」
前髪ぱっつんちゃんが私に言ってきた。
「こいつ、なんだかんだ言って、他人の面倒をを見るのが好きなんすよ。面倒見が良くって、困っている人を見るとほっとけない性分なんで。だからパイセンも……セイちゃんパイセンでしたっけ? セイちゃんパイセンも遠慮せずにコイツのことをこき使っちゃっても大丈夫っすよ。あたしも普段からそうしてるんで」
「あんたは少しは遠慮しなさいよっ!」
「あだっ!」
由奈ちゃんが、前髪ぱっつんちゃんにツッコミを入れた。
「あ、でも本当に気にしないでください。コイツの言うとおり、私、誰かのお世話をするのは好きな方なんで」
「ありがとう。由奈ちゃん。それから、えーっと、お友だちの……」
「……園宮ゆかりっす! よろしくっ!」
「ありがとうね、ゆかりちゃんも。それじゃあ由奈ちゃん。またあとで、連絡するから、詳しい話はその時でも」
「はいっ、それじゃあ先輩、その時にまたっ!」
――そう言って、由奈ちゃんは笑顔で私のことを見送ってくれた。
由奈ちゃんって、本当に、できた子だ。
――でも、由奈ちゃん……。
お家、お母さんと二人っきりなんだ……。
私なんか、春からおじいちゃんと二人暮らしってだけで、こんなにひいひい言ってるのに、由奈ちゃんはその何倍も、お母さんと二人暮らしで、お家のこととか色々覚えて行って、家事とかお手伝いとかしてたんだよね……。
由奈ちゃんは大したことない、みたいに言ってたけれど、今の私よりも全然幼い由奈ちゃんが、あれだけの料理スキルを手に入れるのは正直大変だったと思う。
私も、もっと頑張らないとなぁ……。
……悔しいけれど、あの騎士くんですら、お料理できるようになったって言うし。
――そうよっ! 私があのぐーたらな騎士くんに後れを取るわけにいかないじゃないのっ!
よーしっ、私だってっ!
私だって、由奈ちゃんに教えてもらって、騎士くんに差をつけてやるんだからっ!
――よーしっ! がんばるぞーーーっ‼
私は、拳を天高く突き上げて、気合を入れた。
……あっ、待たせてるのえるんに、なんか買っていかないとね。
さすがにちょっと、待たせすぎだしね……。




