第6話 私とお兄ちゃん。(怒)
「――おはよっ、セイちゃん♡」
いつものように自分の教室に入ると、私の親友であるのえるんこと濱弓場のえるちゃんが私のことを出迎えてくれた。
「どうしたの? セイちゃん。朝からずいぶんご機嫌じゃない?」
「えへへーっ、わかるーっ? じつはさじつはさ、さっきさぁ……」
そう言って、ついさっき私にかわいい妹が新たにできたということを、のえるんに報告しようとした矢先だった。
「……ねぇ、私の机の上にある、あれは何なの?」
私は、なぜか自分の机の上に無造作に置かれている、泥まみれのタケノコの山を目撃してしまった。なにこれ、これってもしかして、新手のイジメ……?
よく見ると、その傍らには紙袋が一つ置いてある。
中を覗いてみると、どこかで見覚えのある冬物の洋服が中に入っていた。
……これって、騎士くんの冬物の洋服じゃん。
「……ねえ、のえるん……。もしかして、机の上にタケノコと紙袋を置いていったのって……」
怒りがふつふつと湧いてきそうなのを抑えつつ、私はのえるんに冷静に尋ねた。
「ああ……。あれだったら、さっき騎士くんが置いていったやつだけど……」
私は「騎士くん」という名前を聞くと、ただちにヤツのいる、隣の二年E組の教室までダッシュで走っていった。
「――くおら―――っ! 来栖騎士―――――っ‼ 貴様一体全体これは何のつもりじゃ―――――っ‼」
私のあまりの剣幕に、何事かと一斉にこちらの方を向くE組の生徒たち。
すると、そんな怒り狂った私の様子を見たひとりのイケメンが、私に優しく声をかけてきた。
「――どうしたんだい? 聖華くん。騎士のやつがまた何かやらかしたのか?」
「……あ、丸山くん……」
彼の名前はは丸山星くん。
品行方正、成績優秀。その上性格も良くってみんなに好かれている人格者。
次期中等部生徒会長の大本命と目されている、完璧超人の彼なのだが、なぜか騎士くんと非常に仲がいい。
というか、どういうわけかお互いに無二の大親友を自任している。
真面目で品行方正な彼と不真面目でちゃらんぽらんの権化みたいな騎士くんが親友同士というのはは、この学園の七不思議のひとつだ。(今決めた)
「……ゴメン、丸山くん。騎士くんは今、どこにいるの……?」
「ああ、ナイトだったらさっきトイレに……」
するとそこに、ムカつくくらいにすっきりとした表情をして、騎士くんが能天気に戻ってきた。
「――いやーっ、今日も朝から快調、快調っ!……って、セイじゃんか、おはよう」
「何がおはようよっ! 騎士くん、なに朝からウ〇コなんかしてんのよっ⁉」
「いや、生き物としての生理現象に文句を言われても……って言うかセイ。何をそんなに怒ってるんだよ?」
「これが怒らずにいられるかっ‼ 何なのよっ、私の机の上の泥まみれのタケノコはっ⁉」
「ああ、あれは今朝早くうちの寮の竹やぶから俺が取って来たタケノコで……」
「誰がタケノコの出所を聞いてるのよっ⁉ 私が聞きたいのはあれを私の机の上に置いた意図の方よっ‼」
「ああ、あれはだな。隣に俺の冬物の洋服が置いてあっただろ? あれを家に持って帰ってもらって、夏物の洋服と交換して持ってきてもらおうと思って。タケノコはその代金ってことで」
「はぁっ? 何言ってんのよ騎士くんっ⁉ そんなの自分で家に帰って取ってくればいいじゃないの⁉」
「いや、俺、いま金がないからさ。電車賃使うのがもったいなくってさ……。それに俺、じいちゃんからひとかどの男になるまで帰ってくるなって言われているし」
「……なんで、往復四百円程度のお金がないのよ。……まさか、また新しいゲームを買ったとかで食費を使い果たしたんじゃ……?」
……すると、図星だったのか、騎士くんは露骨に私から視線をそらしてきた。
(――ブチっ――――――‼)
私の堪忍袋の緒が、ブチ切れる音がした。
「――やっぱりかっ! やっぱりお前はそんなことしていたのか―――――っ‼」
「いや、ビデオゲーム同好会のリーダーとしては、絶対に外せないゲームがあったから、つい……」
「やめちまえっ! そんな金のかかる部活っ‼ て言うか、電車賃に事欠くくらい食費に困ってるんだったら、毎日何食べて暮らしてんのよ……」
「そりゃぁまあ、いろいろだな」
再び、騎士くんが私から目をそらした。
「……いろいろって、一体全体何をやっているのよ……」
……イヤな予感がプンプンしてくるけれど、一応聞いておこう。
「昼間だったらマル(丸山くんのことだ)とかほかのみんなから弁当を分けてもらったりとか……。ああそうだ。こないだはのえるちゃんに作り過ぎたからって言われて弁当を丸々一個分くらいもらったこともあったな」
「騎士くん、丸山くんだけじゃなくって、のえるんにまでたかってたのっ⁉」
「……人聞きの悪いことを言うなよ。マルにはたかってるけど、のえるちゃんには向こうの好意で分けてもらったんだよ。のえるちゃん、料理が好きだからついつい調子に乗って作り過ぎちゃうらしくてさ。それで、作り過ぎたおかずが余って困るからよかったら食べてくれって言われてさ……」
「丸山くんにたかってる時点でえばれることじゃないでしょ……」
……って言うかおかしいな。のえるんがおかずを余らせてるんだったら、真っ先に私のところに話が来そうなものなのに。て言うか私、のえるんがおかずを余らせるほど持ってきたところなんて今まで一度も見たことないんだけど……?
「それからカフェテリアや大学の食堂で皿洗いをしてその分で食べさせてもらったりとか、それから廃棄する食材をもらったりとかもしてるし、あとは寮に住んでいる大学生の先輩たちのところを転々としたりして、何かしらのご相伴に預かったりとかさせてもらってるな」
何なのよ、その聞いてる方が恥ずかしくなってくるようなハイエナっぷりは……。
桜新町に住んでいる某・髪の毛一本がトレードマークのお父さんの甥っ子の新聞記者に匹敵するレベルのハイエナだ。て言うかお前、もう来栖の名を捨てて波野に改名しろ。
「あとはあれだ。今の時期だったら、さっきのタケノコとか学校に生えている野草や山菜とかを自分で取って来て調理したりとかもしてるな。取り立ての山菜はめっちゃうまいんだぜ? 天ぷらにしたやつをお世話になった人に配ったら、めっちゃ好評だったしさ。おかげでうちの学校に生えている食べられる野草や山菜はすっかり覚えちまったぜっ♪」
そこまで来ると、あきれるのを通り越してむしろ感心してしまう。
――あれ? ちょっと待てよ…………?
「――ねえ、騎士くん。今、山菜を天ぷらにしたって言ってたよね」
「ああ」
「……その天ぷらってさ、誰が作ったの?」
「そんなの、俺が作ったに決まってんだろ?」
「騎士くんがあっ――――⁉」
私は、自分の耳を一瞬疑った。
「だって騎士くん、私と料理の腕前どっこいって言うか、ハッキリ言ってド下手じゃんっ! そんな騎士くんが、天ぷらなんて高度な調理法、どこで覚えたのよっ⁉」
「……そりゃぁ、寮の先輩たちが教えてくれたんだよ。一人暮らしするんだったら、これくらいできなきゃだめだぞってさ。料理って、ちゃんと教えてもらうと案外簡単なものなんだな。それに、おいしくできるとめっちゃ楽しいし」
そんなことをちょっぴり自慢げに私に語ってくる、騎士くん。
なによ、騎士くんってば。私の知らない間に、ずいぶんと私に差をつけてくるじゃないのよ。ハイエナ行為だけしてたんじゃないのか。なんだかムカつく。
「あ、そうだ、セイ。今度お兄ちゃんが料理を教えてやるよ。セイだってちゃんとした料理を覚えとけば、将来役に立つだろ? 将来お前が一人暮らしとかしたときに、料理くらいできないと大変だぞ?」
私は騎士くんの上から目線の言い方に、何だかカチンときてしまった。自分だってちょっと前までは私とおんなじレベルだったくせに。
騎士くんは、私にマウントを取ってくる時にわざわざ自分のことを「お兄ちゃん」と言ってくるのだ。
「――いらないっ! 自分で勉強するっ!」
騎士くんの言葉にムカついた私は、これ以上騎士くんの顔を見て話をすること自体がイヤになってしまった。
そしてそのまま踵を返してE組の教室を後にした。
……しまった。あの大量のタケノコをどうすればいいのか聞くのを忘れた。
「おかえりーっ、セイちゃん」
「……ただいま……」
――教室に帰ると、私の机の上のタケノコの山がきれいに片付けられていた。
そして、そのタケノコは一個一個ビニール袋がかけられて、エコバックに入れられた上で、私の机の横にかけられていた。
……このエコバックって、確かのえるんのじゃん。
「のえるん、片づけてくれたんだ。ゴメンね? なんか迷惑かけちゃって」
「ううん、全然かまわないよ♡」
そう言って、にっこりと微笑むのえるん。
のえるんってば、マジ天使。
それはそうと、さっきの騎士くんとの会話で、のえるんにちょっと聞きたいことがある。
「……ねえ、のえるん……?」
「なあに? セイちゃん?」
「――のえるんてさぁ、騎士くんにお弁当分けてあげてるってホントなの?」
(――ぼっ――――!!!!!)
……それを聞いた途端、のえるんの顔がまるで火が付いたように真っ赤になった。
えっ――――⁉
ちょっと待ってよっ、まさか、この反応ってっ……⁉
「なっ、なっ、なっ……! それはっ! そのっ、ごにょごにょごにょ……」
……のえるんが完全にパニックになっている。
まるでイケナイことがバレた時の子どものような反応をしている。
「……まさか、のえるん、騎士くんのことを……」
「違うの違うのっ! 私はただ、騎士くんが最近一人暮らしでひもじい思いをしてるって言ってたからかわいそうだなって思って、それでお弁当を作る時に、ちょっぴり多めにおかずとかを作ってあげてただけで……。だから、それ以上の深い意味なんてないのっ! ホントだよっ⁉」
……それ以上の意味って……。
騎士くんのためにわざわざおかずを作ってあげているって時点で、これ以上の深い理由はないんじゃないかって気がするけれど……。
ええっ、マジなのかぁ…………。
まさかのえるんが、騎士くんのことをねぇ…………。
「――おーいっ、ホームルームを始めるぞーっ。さっさと席に着けよーっ!」
担任の石橋先生が、いつものようにけだるそうな表情をしながら、教室へと入ってきた。
「そっ、それじゃあセイちゃん、またあとでねっ!」
「ああ、うん。またあとでね……」
私は去っていくのえるんのことを見つめながら、複雑な気持ちになっていた。
――私の親友が、お兄ちゃんのことを好き……。
普通だったら応援してあげたい状況なんだけど、でも、相手はあの騎士くんだ。
あんないい加減な男に可愛くて優しくて面倒見のいいのえるんは正直言ってもったいない。って言うか、もしあの二人がつきあったとしても、のえるんが不幸になる未来しか見えない。騎士くんはハッキリ言って人の気持ちなんか何一つわからない朴念仁だし、のえるんが騎士くんに尽くしまくってボロボロにすり減ってしまうのが目に見えている。
て言うか、それだったら私がのえるんのことを嫁にもらう。
……どうして、のえるんといい、丸山くんといい、あんなまともな人格者たちが正反対の騎士くんのことをあんなにも気に入ってしまうんだろうか。あの二人だけじゃない。騎士くんって、実はクラスの中じゃ結構な人気者って話だし……。
もしかして、騎士くんの体からは周りの人をおかしくさせてしまう、何らかのおかしな物質が出ているんじゃないだろうか。そうとでも考えなければ、とてもじゃないけど騎士くんの今の状況は納得できない。
――私は、ふと、私の机の右側にかけられている、騎士くんの洋服の入った袋が目に入った。どうせたたみもしないで適当に突っ込んであるんだろうな、と思ったけれど、袋の中の服は、きっちりと洗濯されたうえで、きれいにたたまれていた。
……なんだか、こういうところだけきっちりしているところがいちいちムカつく。
――今日は朝からいいこと悪いこと大変なこと……。
いろんなことがあり過ぎて、まだ授業も始まっていないというのにすっかりくたびれてしまった。
今日の午前中の授業、寝ないで過ごせるかなぁ……。
……って言うか、今、マジで寝落ちしそう。




