第5話 後輩ちゃんと私。
駅で男性の救助を手伝った後、現場をひっそりと立ち去った私たち。
どうせ、私たちがいつまでもあの現場にいたところで邪魔にしかならないし、それに、まだ普通に学校に歩いて間に合う時間だし。
だけど、そんな私たちのことを、さっきAEDを持ってきてくれた後輩ちゃんは不思議に思ったようだった。
「……先輩? 名乗らないで行ってしまっても良かったんですか? せっかく先輩と麻生くんのおかげであの人が助かったのに。お手柄じゃないですか。もしかしたら、表彰されるかもしれませんよ?」
「いーのいーの。別に私たちは褒められたくってやったわけじゃないんだから。何だったら後輩ちゃんが私の代わりに名乗ってきたら? 後輩ちゃんもAEDを持ってきてくれたりして活躍したんだから、十分表彰される資格あると思うよ?」
「……いりませんよ、そんな手柄の横取りみたいなの。恥ずかしいじゃないですか」
「あははっ、後輩ちゃんも奥ゆかしいねぇ。ところでさ、君とともくんって、その感じからしたらお友だちなのかな?」
「ともくん……って、麻生くんのことですか?」
「そう、ともくん。智を音読みしてともくん。ともくんの家族とかはみんなそう呼んでいるんだよ?」
「家族って……。――もしかして先輩、麻生くんのお姉さんなんですかっ?」
「うんっ、そうだよっ! 私がともくんの姉にして麻生家の四女、来栖聖華です☆」
そんな感じで、ヒナちゃんみたいなノリで、私は軽い感じで後輩ちゃんに自己紹介した。だが、この自己紹介は、失敗だったようだ。
「そうですか、麻生くんの……。(……あれ? でも、苗字が……? もしかして、触れちゃいけない何か複雑な事情があるのかなぁ……?)……うーん……?」
何だか、後輩ちゃんが深刻そうな表情で考え込んでしまった。
しまった。ついつい麻生家の人たちとおんなじノリでしゃべっていたら、後輩ちゃんのことを混乱させてしまった。
って言うか後輩ちゃん、マジで私とともくんのことを訳ありだと勘違いしちゃったっぽいかも。後輩ちゃん、マジで考えこんじゃってるみたいだし、うーん、どうしようか……。
すると、そんな私たちの会話を見るに見かねたらしいともくんが、話の軌道修正をしてくれた。
「違うよ、五十嵐さん。セイちゃん……来栖先輩はただの幼なじみ。小さいころからいつも一緒だから実の姉同然の仲ってだけ」
「ああ、そうなんだ……」
後輩ちゃんがあからさまにほっとした顔をした。ゴメンね、混乱させて。
「すみません、なんだかとんでもない勘違いをしちゃったみたいで」
「いえいえこちらこそ。初対面の子に勘違いさせるようなこと言っちゃって、ごめんね?」
「――それじゃあ改めまして。私は五十嵐由奈っていいます。麻生くんとはクラスメートで、いつも仲良くさせていただいております」
そう言って、後輩ちゃん改め由奈ちゃんは深々と私に頭を下げた。
なんか、礼儀正しい子だな……。なんて言うか、親御さんのしつけの行き届いた、いい子って感じがする。それに、見た目もお姫様みたいでなんだか上品だし。
「それにしても、先輩も麻生くんもすごいですよね。倒れている人に心臓マッサージができるだなんて……」
「ああ、私たち、何回か講習を受けたことがあるから。それでなんとかね」
「うちの道場とかでもさ、ほら、武道とか格闘技って事故が起きたりする場合もあるじゃない。それで時々講習を専門家の人を招いてやったりするんだよ」
「ふーん、そうなんだ……。でも、すごかったよ、二人とも。すっごく落ち着いてて、まるでプロのレスキュー隊みたいだった」
「そんな……。正直言って私だって実践は初めてだったから、正直言っていっぱいいっぱいだったよ。でも、役に立ってよかった」
「……なんか、カッコいいなぁ。二人とも……」
由奈ちゃんが、私たちのことを、尊敬のまなざしで見てくれる。
……なんだかちょっぴり、こそばゆい。
でも、後輩ちゃんにこうやって尊敬の目で見られるのは、悪い気はしない。
「――それにしても、私はじめて知りました。AEDって、ああやって使うものなんですね。私、機械がずっとマッサージをし続けるものだとばっかり思ってました」
「うん、あれは一時的な電気ショックを与えるための物だからね。基本はああやってショックを与えてから、心臓マッサージをするための物なんだ」
ともくんが由奈ちゃんに、AEDの使い方を説明してあげる。
「AEDの名前を知ってても、プロでもなければ私たちみたいに講習を受けなきゃどんなものかわからないよね。めったに触れるものでもないし。……そうだ、由奈ちゃん。うちの部活、柔道部なんだけど、そこでも一年に一度くらい救命士の人とかの専門家の人を招いて救命の訓練をしたりするからその時に参加してみたら?」
「いいんですか? 私、部外者なのに」
「基本、武道系部活の安全のための講習なんだけど、希望する人はだれでも参加できるよ? それに、こういう大切なことは一人でも多くの人に学んでもらいたいし」
「――はいっ! それじゃあお願いしますっ!」
すっごい、いいお返事。
なんか由奈ちゃんって、すっごい前向きな子だな。
さっきAEDを持ってきてくれたときもそうだったけど、なんか肝が座っているというか、心に一本筋が通ってるって感じ。なんだかすっごい、好感が持てる。
そう言えば、騎士くんが一時期ハマってたレトロゲームのお姫様に、こんな感じの子がいたような気がする。たしか『イグニスの紋章』だったかな。こんな感じの美人で負けん気の強いお姫様がいて、騎士くんのお気に入りだったような。
……て言うか、こんなにかわいくって性格のいい子を見ていたら、なんだか忘れかけていた欲求がムクムクと浮かび上がってきた。
――それは、こんな妹がいたらいいなぁ、という欲求だ。
姉が欲しいという欲求はヒナちゃんをはじめ、麻生三姉妹で満たされた。弟欲はともくんで満たされている。兄については騎士くんひとりで十分だ……って言うか、むしろ余っててゴミ箱に捨てたいくらいである。
そうすると、残る欲求はひとつ。……そう、妹欲だ。
「……ねえ、由奈ちゃん……?」
「何ですか、来栖先輩……?」
「……良かったらさ、由奈ちゃん、お姉さんの妹にならないっ⁉」
「……へっ? 先輩の、妹……ですか?」
「――セイちゃんっ! 何いきなりおかしなこと言ってるのっ⁉ 突然何の脈絡もなくそんなわけのわからないことを言ったら、五十嵐さんが迷惑するでしょうっ⁉ ほらっ、変なことを言うから五十嵐さんがあっけに取られているじゃないのっ!」
「えーっ、だってだってーっ! こんな美人でかわいくて素直でいい感じの子、妹にしたくなるのは当然じゃないのっ⁉」
「どこの世界の常識だよそれっ⁉ ……ゴメンね? 五十嵐さん。セイちゃんが変なこと言って。迷惑だよね? ホントごめんっ! 今の話は聞かなかったことにして全然オッケーだからっ……」
と、ともくんがそう言いかけた時だった。
「――いいですよ別に? 先輩。私、先輩の妹になります」
……由奈ちゃんがくすくす笑いながら、私にこう言ってくれた。
えっ……? マジでっ…………?
「――やったーっ! かわいい妹、ゲットだぜーーーっ! これで兄弟姉妹、コンプリートだ―っ! あ、兄貴はいらないけど」
「ちょっとちょっと五十嵐さんっ、……いいの? こんなおかしなこと、安請け合いしちゃっても……?」
「うん、私ひとりっ子だったから、ずっときょうだいに憧れていたし、それに、来栖先輩、美人だし、カッコいいし、こんなお姉ちゃんがいたらみんなに自慢できそうかなって思って」
「うれしーっ! 由奈ちゃんが私のことそんな風に思ってくれてたなんてっ!」
「……でも、だけど……ホントにいいのかなぁ……?」
ともくんはなんだかちょっぴり、いやすっごく、不安そう。
すると由奈ちゃんは、ともくんにこう言った。
「――大丈夫だよ。だって、麻生くんが信頼してずっと付き合っている幼なじみのお姉さんだったら、絶対にいい人でしょ?」
「それはまあ、それについては確かに、保証はするけれども。でもなぁ……」
「それじゃあ決まりってことで。――それじゃあ、先輩のこと、これからなんて呼んだらいいですか? お姉ちゃんて呼びますか?」
「いや、さすがにそれは、いきなりハードルが高いって言うか……」
……何だろう、自分から言い出したことだけど、こうも簡単にオッケーされてしまうと、なんて言うか、恥ずかしくなってきた。
さすがに出会って間もない子にいきなりお姉ちゃんと呼ばせるのはどうなんだろうという気がしてきた。
「……それじゃあ、セイちゃん……いや、セイちゃん先輩でいいです……」
……ちょっぴり、日和ってしまった。
「わかりました、セイちゃん先輩っ! これからよろしくお願いしますっ!」
「あ、うん、ヨロシクね、由奈ちゃん……(照)」
「……照れるくらいだったら、最初っからこんなこと言わなければいいのに……」
顔を真っ赤にしている私のことを見て、あきれた顔でともくんが言った。
「……まあ、五十嵐さんがそれでいいっていうんだったら、僕は何も言うことはないけれども……。でも、セイちゃんっ! 絶対に五十嵐さんに迷惑とかかけちゃだめだからねっ! セイちゃんはすぐ感情で突っ走って、人に迷惑かけるところがあるんだから。そこだけは、しっかり釘を刺しておくからねっ!」
「あ、うん……。わかった……」
……なんか、珍しい。いつもは冷静なともくんが、なんだか今日は妙にムキになっている。
って言うかともくん、由奈ちゃんへの態度が私とか麻生家の女子とか、ほかの女の子たちと接するときとは微妙に態度が違う。
おそらくこれは、ずっと間近でともくんのことも見てきたお姉ちゃんにしかわからない程度の違いだとは思うけど、ともくん、由奈ちゃんと接するときだけ、ちょっぴり紳士度が上がっている気がする。 いや……、ともくんは基本どんな女性にでも、と言うか、あらゆる人に紳士的ではあるんだけど。
だけど、由奈ちゃんに対する態度は、その中でも最上級。要するにエクセレントな態度だ。……これって、もしかして、もしかするのかな……?
「……どうしたの? セイちゃん。僕たちのこと見て、ニヤニヤして……? なんだか気持ち悪いよ?」
「由奈ちゃんって、かわいいもんね♡(ニヤニヤ)」
「ホントに何なのセイちゃん…………」
「なーんでもないっ♡ それじゃあ後輩諸君。そして妹ちゃんと弟君。今日も勉学に励むのだよっ! まったね~~~っ☆」
「それじゃあまたっ、セイちゃん先輩っ!」
「……まったくもう、なんなんだろう、あの人は……」
――私は、笑顔で手を振る由奈ちゃんと、複雑な顔をしているともくんに別れを告げて、二年生の教室へと向かって行った。
――そっかそっかあ、由奈ちゃんがともくんのねぇ……♡
ともくんも、大人になったんだなぁ。
お姉ちゃんとしては、ぜひとも応援してあげないとねっ♡
そんなことを考えながら、私は明るい気分で階段を三段抜かしで登って行ったのだった。




