第2話 お姉ちゃんと弟くん。
「――どうしたんだよセイ。なんだか妙にくたびれた顔してるじゃんか。何かあったんだったら、お姉ちゃんに言ってみな?」
疲れている私の様子を一目で察知して、私のことを心配してくれたのが、ご近所に住む麻生さんちの三女、陽菜さん。この春から高校一年生。
「うっ、うっ、うっ……ヒナ……ちゃぁあああん……(涙)」
「よーしよしよし、いい子だセイ。何があったのか、話してみな?」
ヒナちゃんはそう言って、かわいそうな私の頭を優しくなでなでしてくれた。
……ヒナちゃんの優しさが、心にしみてくる。
そして私は、そんなヒナちゃんのお言葉に甘えて、駅へと向かう道すがら、ヒナちゃんたちに最近の我が家についての愚痴をぐちぐちと話し始めた。
その道中、ヒナちゃんとその隣を歩く智くん(私は名前を音読みしてともくんと呼んでいる)は黙って私の止まらない愚痴を聞いてくれた。……ホント、この二人はいつも私に優しい。
私とこの二人は、地元のおんなじ小学校の先輩後輩。
私とお兄ちゃんが小さいころからヒナちゃんのお母さんが経営している武道教室に通っていたという縁もあって、私の家とヒナちゃんたちの家とは昔っから家族ぐるみのお付き合いをしている。
仕事の関係上地方転勤が多く、家にいることの少ないうちの両親に代わって、ヒナちゃんたちのご両親がたびたび私たち兄妹を麻生姉弟と一緒に、遊びや旅行などに連れて行ってくれたものだ。
麻生姉弟は三女一男の四人姉弟。
特に姉妹で一番下のヒナちゃんは、自分自身が妹が欲しかったこともあってか、私のことを出会った時から実の妹のようにかわいがってくれている。そして、私の方もヒナちゃんのことを、実のお姉さんのように頼りにしているのだ。
「――そっかぁ、セイもいろいろと大変なんだな……。しっかし騎士のヤロー、セイにじいちゃんを押し付けて一人で何やってんだか……。海ジィに今までさんざんかわいがってもらっておきながらこういう時に面倒見てやらないなんて、ふてぇ野郎だな、まったく」
私の愚痴を聞いて、それをまるで自分のことのように怒ってくれるヒナちゃん。ホント、こういう時にこうやって私の話を聞いてくれるヒナちゃんの存在が、どれだけありがたいことか……。
ちなみに、「騎士」というのがお兄ちゃんの名前。騎士道精神のかけらもないお兄ちゃんには完全に過ぎた名前である。
「今度いっぺん、ナイトのヤツにきっちり話をしとく必要があるようだな。大体アイツは昔っから自分勝手なんだよな。セイの気持ちなんか、ちっとも考えてやしないんだから……」
そうそう、そうなんですよ、ヒナちゃん。さっすがヒナちゃん。私の気持ちをよくわかっていらっしゃる。
「よしっ! 今度シマねぇと一緒に、アイツの住む寮に乗り込んでやるよっ! そんでもってアイツをウチの道場に連行して、たっぷりお灸をすえてやるぜっ☆」
そう言って、私に力こぶを見せて、にっこりと微笑むヒナちゃん。
ちなみにシマ姉こと志摩さんは、麻生家の長女。
本業はイラストレーターだが、最近は道場の先生もしている。
ナイトくんが最も恐れているコワい人だ。
「……ヒナ姉。それはさすがに最終手段だと思うよ? 今度、僕が騎士くんにそれとなく話しておくから、騎士くんを連行するのは、その後にしてよね?」
今までわたしたちの話を黙って聞いていたともくんが、おずおずと口を開いた。
ともくんは、心の優しい男の子。
優しいともくんには、人としてダメダメな騎士くんとはいえ、人がひどい目に合うのを黙って見過ごすのは気が引けるようだ。
「……そっかぁ? まあ、トモがそう言うんだったら、あーしはそれでもいいけれどさ。でも、トモ、騎士に甘いからなあ……。優しいトモでアイツの対処が、できるのかなぁ」
「……って言うか、ヒナ姉とシマ姉が、すぐに実力行使に訴えすぎなんだよ……。お母さんにも言われてるでしょ? ヒナ姉は気が短すぎるって……」
ヒナちゃんは、一見すると渋谷や原宿あたりを歩いているキュートなギャルにしか見えないけれども、実はこう見えてとんでもなく腕っぷしが強い。
小さいころからヒメ先生……ヒナちゃんたちのお母さんについて修行をしてきたヒナちゃんは、そんじょそこらの男……どころか手練れの男性でもそうそうかなわないくらいの実力の持ち主なのだ。
センター街のギャルヒナ、と言えば渋谷のそのスジではその名を知らないものはいない、というほどに有名らしい。
と、言っても、ヒナちゃんは別にヤンキーとか不良とかってわけではない。むしろヒナちゃんは、ヤンキーやチンピラや悪質なスカウトなどから女の子たちを守っている、渋谷の守護天使、なのだ。
そしてヒナちゃんはその功績で警察から何回も表彰を受けたり、逆に時々やり過ぎてお巡りさんから注意を受けたりしているらしい。
「お母さんにいつも口を酸っぱくしていつも言われてるよね? 武道は体だけでなく心も鍛えるものだって。いくら強くっても無分別に振るわれる暴力はケダモノの強さとおんなじだって……」
「へいへーいっ……。わかってるよ、トモ……」
ヒナちゃんが、ともくんのお説教にたじたじになっている。
ともくんは、姉弟の中で一番年下だけど、一番のしっかり者。
彼もまた、幼いころからお母さんのヒメ先生に師事していて、姉弟の中でも彼が一番ヒメ先生の精神的な部分を受け継いでいる。
肉体的な強さと精神的な強さと優しさ、これらを兼ね備えているともくんは、幼いながらも一人の立派な武道家なのだ。
「……それにさ、僕、心配なんだよ。こんなことばっかりしてたら、いつかヒナちゃんが痛い目を見るんじゃないかって。無分別に暴力を繰り返してたらいつかそれが自分に返って来て、それで大けがするんじゃないかって。ヒナちゃんが強いのはわかっているけれど、それでもやっぱり僕、心配だよ……」
「――何だよトモっ! あーしのことを心配してくれてんのかよっ⁉ あーっ、もーっ! トモはかわいいなあっ!」
「そうだよっ! 僕はヒナ姉が心配なんだよっ! だから外で力を振るうのはほどほどにしておいてよねっ‼」
喜ぶヒナちゃんに抱きつかれながら、真っ赤な顔をして照れているともくん。
そう。彼は一人の立派な武道家であると同時に、麻生家のかわいい末っ子、お姉ちゃん思いの弟でもあるのである。
そんなこんなで、ヒナちゃんたちにいろいろ愚痴を聞いてもらっていたら、あっという間に駅についてしまった。
「――んじゃぁなセイっ! 愚痴りたいことがあったらいつでもあーしに言えよなっ! それじゃあな、セイっ、トモっ! 頑張って学校行って来いよっ!」
そう言ってヒナちゃんは、井の頭線の改札の方へと消えていった。
「それじゃあ、私たちも学校行こっか」
「――うんっ!」
こうして、いつものようにヒナちゃんは井の頭線に乗って渋谷の高校へ、私たちは小田急線で自分たちの中学へと向かうのであった。




