第12話 後輩ちゃんと料理教室。その1
私は、スーパーで一通りの買い物を済ませた後、由奈ちゃんをわが家へと案内した。
商店街から大通りを住宅街のほうに曲がって坂道を少し登った古い家。
「さあさあ、入って。汚い家だけど」
「そんなことありませんよ。趣があっていい家じゃありませんか。お庭もおっきいし」
「あははっ、ありがとっ♡ でもね、この庭の手入れが大変なのよ。母さんやおばあちゃんがいないと、植木の手入れも行き届かなくってさぁ。今度、私がなんとかしなきゃって思ってるんだけど……。ただいまーっ! 後輩を連れてきたよっ!」
私はそんな話をしながら玄関を開け、中にいるおじいちゃんへと呼び掛ける。
すると、奥のリビングからいそいそと、おじいちゃんが現れた。
「おおっ、いらっしゃい。聖華がいつも世話になっているね」
いつもよりもちょっぴりパリッとした格好をして、由奈ちゃんにあいさつをするおじいちゃん。普段はもっとヨレヨレの格好をしているくせに。……後輩の女の子を連れてくるって言ったから、ちょっぴり格好をつけてきたな。
由奈ちゃんは、そんなおじいちゃんに、にこやかに挨拶をした。
「初めまして、五十嵐由奈です」
「あ、おおっ、うんっ……。こちらこそ、よろしくね」
珍しい。由奈ちゃんに話しかけられたおじいちゃんが、なんだか柄にもなく照れている。
「(ボソッ……)どうしたのよおじいちゃん。なに由奈ちゃんに照れているのよ」
「いや……。聖華の後輩って言うから、てっきり聖華と同じようなタイプの柔道部の後輩が来るのかと思ってたら、こんなかわいらしい、お姫様みたいな子がやってきたもんだから、ちょっとビビっちまってよォ……」
「なによ、元捜査一課の刑事がだらしがない……」
「捜査一課とこの事は関係ないだろうがっ!」
私たちが小声で争っていると、とつぜん由奈ちゃんが目をキラキラと輝かせながら、おじいちゃんに話しかけてきた。
「えっ、捜査一課っ⁉ もしかして先輩のおじいさん、捜査一課の刑事さんだったんですか⁉」
「あ、うん、そうだけど……。どうしたんだい? 由奈ちゃん……」
いきなりの由奈ちゃんのテンションの変化に、あっけにとられるおじいちゃん。
「あっ! すみませんっ! いきなり失礼でしたよね。実は私、刑事ドラマが大好きで、『捜査一課』って単語を聞いたらついついテンションが上がってしまって……」
そう言って、照れ笑いをする由奈ちゃん。
「そうなんだ……。でもなんか、意外だね。由奈ちゃんが、そんなおじさんが見るようなタイプのドラマが好きだなんて……」
私がそう言うと、由奈ちゃんはわかってないなぁ、と言いたげな顔をしながら、私に対して熱く語ってきた。
「……刑事ドラマはロマンですよ? 事件に隠された真実の追求。被害者や加害者の過去に秘められた人間ドラマ。そして、それらを頭脳で、あるいは肉体で地道に追求していく刑事や探偵の大人なかっこよさ。これらのすべてにロマンが含まれているんです!」
すると由奈ちゃんの話を聞いたおじいちゃんが、なぜかその話に乗っかってきた。
「なかなかわかってるじゃないか由奈ちゃん。……そう、刑事の稼業とは、地道な捜査の果てにある、ロマンそのものなんだよ」
……ちょっと待っておじいちゃん。なに由奈ちゃんにカッコつけてるわけ?
「そうなんですか、おじいさんっ! ドラマだけじゃなくって、現実の刑事さんもやっぱりそうなんですかっ⁉」
「……ああ。ああいう話はカッコよく脚色されているがな。だが、現実の刑事も、ああやって地道な捜査の果てに、そこに隠された真実を追求していくもんだ。そう、これは俺がまだ現役のころの話なんだがな…………」
なんか、おじいちゃんが調子に乗って語りだした。て言うか、なに自分が刑事ドラマの主人公みたいな体で語っているのよ……。普段は刑事ドラマの細かい間違いをプロ目線で突っ込むのが生きがいなくせに。これは由奈ちゃんにいいところ見せようとしてカッコつけてるな。
って言うか、おじいちゃんがこの手の話をしだすと長くなるから早めに止めとかないと。
「ほらほらおじいちゃん。自分の武勇伝の話はあとにしてよ」
「何だよ、これからいいところだったのに……」
話の腰を折られて不満そうな表情のおじいちゃん。
「えーっ? 私も聞きたいですよ? おじいさんの武勇伝……」
由奈ちゃんも、ちょっぴり残念そうな顔をしている。
……正直言うと、私はおじいちゃんの武勇伝は耳にタコができるくらい聞かされているので、正直私は勘弁してほしいんだけど……。
「今日は由奈ちゃんに私がお料理を教えてもらうのがメインなんだから。おじいちゃんのお話は、食事の時にでもゆっくりしてよ」
「……わかったよ、しょうがねぇなぁ……。――それじゃあ由奈ちゃん、またあとでなっ!」
「それじゃあまた。お話楽しみにしてますからっ!」
よかった。引っ込んでくれたか。正直ほっとした。
それにしても、普段は大人っぽい由奈ちゃんが、好きなもののことになると途端に饒舌になるなんて、なんだか意外だったなぁ。でも、そういうところ、けっこうかわいいかも知れない。
そんなわけで、キッチンへとやってきた私たち。
さっそく、由奈ちゃんのお料理教室、開幕だ。
「それじゃあ、料理する前に、たけのこの皮をむいてアク抜きするところから始めましょうか」
「はいっ、先生っ!」
「それじゃあ、たけのこの先っちょのところを身が出てくるギリギリくらい、六分の一から五分の一くらい、切っちゃってください」
「皮はむかなくてもいいの?」
「皮は下茹での後で大丈夫です。それじゃあ、お願いします」
「えーっと、六分の一から五分の一……。こんなもんでいいのかな?」
「はい。あっ、切り口は斜めでお願いします。そうそう、そんな感じで……」
「こんな感じ?」
「そうですそうです。なんだ先輩。包丁の使い方は上手じゃないですか」
「家族とか、ともくんちとかと一緒にキャンプに行った時とかで、切ったりするのはよくやってたから、包丁だけは割と得意なんだ」
「それだったら上達は早いですよ。包丁は結構最初の関門ですから。そこが出来てれば、あとは何とかなりますよ」
「そうなんだ……」
由奈ちゃんにそう言われると、なんだかちょっと自信が出てきた。
「それじゃあ、大鍋にお水と米ぬかと唐辛子を入れて……。これは二、三時間くらいじっくり茹でましょう。お湯が沸いたら小さいふたかアルミホイルで落し蓋をしましょう」
「……ゴメン、落し蓋って名前は聞いたことあるけど、具体的にはどうするの?」
「煮たり茹でたりする鍋よりも、一回り小さなふたやアルミホイルとかでふたをすることをそう言うんです。荷崩れ防止とか材料に均一に熱を通す役割とかがあるみたいですね」
「ふーん、そうなんだぁ……」
「それじゃあ茹で上がるまで、しばらく休憩しましょうか」
「いいの? 空いた時間に何かしなくても……?」
「はいっ。メインのたけのこがなければ、することもありませんし」
「そっか。それじゃあ、おしゃべりでもして、ゆっくり過ごそうか」
「はいっ!」
そして私たちは、たけのこが茹で上がるまでの間、おやつを食べながらくつろぐことにした。
「ゴメンね、由奈ちゃん。私から『お姉ちゃんになるっ!』とかえらそうなこと言っといて、結局由奈ちゃんに迷惑ばっかりかけちゃって……。ホント私って、ダメダメだよね……」
「気にしないでくださいよ。私、先輩に迷惑かけられただなんて思ってませんから」
「でも……」
「それに私、楽しいんです。こうやって先輩と一緒にお料理できることが。私にお姉ちゃんがいたら、こういうことをしてみたかったんですよね」
「そう言ってくれると、ありがたいけど……」
由奈ちゃんの優しい言葉に、私は恐縮した。
「そうだ先輩。さっき、麻生くんの家族とキャンプに行ってるって言ってましたよね」
「ああ、うん。私んちとともくんち、昔っから家族ぐるみの付き合いだから。学校の長期休みとか連休とかによく行ってたんだ」
「……麻生くんとは付き合い長いんですか?」
「うん。私が小二の時にともくんちの道場に兄妹で通い始めたのが最初だから、今年で六年になるのかな」
「そうなんですか……」
……あれ? なんか、ちょっぴり由奈ちゃんの様子が変だ。どうしたのかな。
「どうかした? 由奈ちゃん……?」
「ああ、うん。正直言って、うらやましいなぁって思って……。セイちゃん先輩は、私の知らない麻生くんのことを、よく知ってるんだろうなって思って……」
えっ? それって、もしかして……?
「もしかして、由奈ちゃん、ともくんのこと……?」
すると由奈ちゃんは、無言で私に小さくうなずいて、こう言った。
「……私、麻生くんみたいな男の子に、初めて出会ったんです。実は私、小学生のころに男子に優しくされたことってなかったんです。私のいた学校って、私のことをいじめたりからかってきたりするようなバカ男子しかいなくって……。そんな私に生まれて初めて優しくしてくれた男の子が、麻生くんだったんです。それで私、麻生くんのこと……」
「そうだったんだ……」
由奈ちゃん、美人だから男子には人気がありそうなのに、いじめられてたなんてなんだか意外。……でも、小学生男子なんておバカだし、好きな子に素直になれなくていじめちゃうとか、そういうのもあるのかもね。
「――ごめんなさい、先輩っ!」
「どうしたのっ、由奈ちゃんっ⁉」
由奈ちゃんが突然謝ってきたので困惑する私。
「私、先輩が妹にしたいって言ってくれたとき、ちょっぴり打算が働いてしまったんです。麻生くんの幼なじみの先輩と仲良くなれば、麻生くんのことをもっともっと知ることができるんじゃないかと思っちゃったんです。先輩の妹が欲しいっていう、純粋な気持ちに乗っかってしまったんですっ! 本当に、ごめんなさいっ!」
何を言い出すのかと思えば、なんだ、そんなことなのか。
「由奈ちゃんは、純粋なんだね。そんな打算、別に黙っときゃいいのに……」
「でもっ……」
「いいんだよ、そんなこと気にしなくても。それにね、お姉ちゃんは、妹ちゃんに甘えてもらえるのがうれしいの。兄弟姉妹は甘えて、甘えあって、それくらいの方が風通しが良くっていいくらいなんだよ。だから由奈ちゃんも、打算だなんだってそんなこと気にしないで、セイちゃんのこと、いっぱい甘えてほしいな……♡」
「セイちゃん……せんぱぁいっ……」
「ほらほら泣かない。お姉ちゃんは全然気にしてないから、ねっ?」
「はい、ありがとう、ございます……♡」
由奈ちゃんが私に本音を漏らしてくれて、すっごくうれしい。
なんだか私たち、このことでちょっぴり本当の姉妹に近づいたような気がする。きっとヒナちゃんとかも、私と接している時にこんな風に思ったことがあったのかも、知れないな……。
それにしても。
なぁんだ、由奈ちゃんとともくんって、結局お互い気になってるんじゃん。
お姉ちゃん、心配して損した。
……とりあえず、ふたりのお姉ちゃんといたしましては、二人の行く末を温かく見守ることにいたしましょうかね♡




