第11話 後輩ちゃんと思い出の場所。
そして、土曜日。
私は、下竜沢の駅前で小田急線の改札の方を見つめながら、由奈ちゃんの到着を、今か今かと待ち構えていた。
その時だった。
「すみません、先輩。お待たせしましたっ!」
改札から出てくると思っていた由奈ちゃんが、北側の商店街の方から歩いてやってきた。
「あれ、由奈ちゃん。なんでそっちから来たの?」
「ああ。言ってませんでしたっけ。 私も地元、下竜沢なんです。家は先輩や麻生くんとは真逆の方角ですけれど」
「えっ! そうだったのっ⁉」
「はい。私も麻生くんに初めて聞いた時、びっくりしました」
そうだったんだ。まさか由奈ちゃんが私と同じ街に住んでいたとは……。
これって、もはや偶然を超えて運命?
やっぱり、由奈ちゃんは私の妹ちゃんになるため運命づけられていたんだ……なーんてねっ♡
「それじゃあ先輩。買い物に行きましょうか」
「スーパーはどこに行こっか。コムスビ? グルメタウン? ピーフォール……は無くなっちゃったしね……」
私は、駅の左側に建っている、古い、今は閉鎖されている建物を見上げた。ここにはうちの両親が生まれるはるか前から営業していた、この町で一番古いスーパーがあったのだ。
つい先日、ビルの建て替えのために閉店したのだけれど、今のところ解体される様子もなく、建物はそのままの姿を保っている。
そして私は、いまだに建物の二階の窓ガラスに貼られている、中華料理店の看板を見ながら由奈ちゃんに言った。
「――私、ここの二階の中華屋、好きだったんだよね」
ずっとこの場所にあたりまえのようにあった、老舗のお店。ほんのちょっと前に閉店したばかりなのに、なんだかすごく懐かしい気分になってしまう。
「神龍苑ですか? 私もおかあさんも大好きでよく行ってました」
「私もよく家族みんなで行ってたわ。両親とおじいちゃん、おばあちゃん、それから双子の兄貴と私。――そうそう。ここに来ると私たち兄妹が必ず食べるメニューがあってね。正式なメニュー名は中国語で書いてたからよくわからなかったけど、日本語で細切り豚肉入りそば、だったかな?」
「あ、私もよくそれ、食べてました。細長く切った豚肉とピーマンとたけのこが入っていて、食感がコリコリして、とってもおいしかったですよね」
「そうそう。私たち兄妹、ピーマン嫌いだったんだけれど、あれのおかげでピーマン食べられるようになったんだよね」
「私もです」
由奈ちゃんが笑った。
「苦手なものでも、一度おいしいものを食べるとなぜかほかの物も食べられるようになりますよね」
「そうなんだよね。……私があのラーメン、好きになったのって、おじいちゃんが最初に食べてたからなんだよね。ピーマン嫌いの私たち兄妹に、こんなにうまいものを食べられないなんて、人生損してるよなーとか言ってさ、まるで挑発するような感じで、私たちの目の前でめちゃめちゃおいしそうに食べてたの。それを見た私たちが我慢できなくなっておじいちゃんに少し分けてもらったらさ、それがもう、本当においしくってさ。それから私たち、ピーマンを普通に食べられるようになったんだよね。なんだか、懐かしいなぁ……」
「あ、それ、私もです。おかあさんに全くおんなじことやられました。ゆかりもお父さんに同じことされて、それからピーマンが好きになったって言ってましたね」
「ゆかりちゃんもなんだ。そう考えると、あのラーメンって、シモタツの子供たちのピーマン嫌いを治すのに一役買ってたのかもね。もう食べられないなんて、残念だなあ……」
「あのラーメン、先輩たちの思い出の味なんですね」
「うん。そうなんだ。だからおじいちゃんも閉店が決まった時、がっかりしてたんだよね。あのラーメン、おじいちゃんが若いころから食べてきた、青春の味だったみたいだし」
「そうなんですね……」
――その話を聞いた由奈ちゃんが、何かを考え始めた。
「――そうだ、先輩。今日作るたけのこ料理に、あのラーメンを作ってみたらどうですか? きっとおじいさんも喜ぶんじゃないかって思いますよ?」
「えーっ⁉ そんなの無理だよっ? だってあんなプロの作る料理、初心者以下の私が作れるわけ、ないじゃんっ‼」
「大丈夫ですよ。さすがにレシピはわからないからそのものの味を再現するのは無理ですけど、市販の細麺のしょうゆラーメンに薄味のチンジャオロースー的なものを載せればそれっぽいものにはなりますから。私も家で時々作ってるんですよ」
「……そうなの? まあ、料理上手の由奈ちゃんがそういうんだったら……」
「それじゃあ決まりですね。それじゃあスーパーに行きましょう。野菜を買いに行くんだったらコムスビの方がいいですよね」
そして私たちは、ピーフォールの跡地を後にして、そこから歩いてまっすぐ一分のスーパーコムスビの方へと向かっていった。
コムスビの店頭では、これ見よがしに大量のタケノコが積まれていた。
「あ、ありましたありました。やったっ。今日は結構安いですよっ!」
「……そうなの? 私、野菜の値段はそんなもんだと思って何も考えずに買ってたから、正直よくわからないんだけど……」
「野菜はその時によって値段が大きく変わりますから、チェックするのが基本なんです。高い時と安い時で倍以上値段が違う時もありますし。箱売りのトマトとか、安い時は三百円ちょっとなのに高い時は千円以上するときもあるんですよ?」
「何それ、そんなに違うのっ⁉」
「だから毎日値段はチェックするんです。安い店と高い店を比較して少しでも安いところで買うのが大事ですから。高い方の店で買って、別の店に行ったら二百円とか安かったりすると結構へこみますしね」
さっすが、毎日料理している人は見るところからして違う……。
「あ、これも買っておかないとね」
由奈ちゃんが、タケノコの隣に置いてある、謎のおがくずみたいな茶色い粉を手に取った。
「何それ?」
「これは米ぬかです。これを入れてたけのこをゆでて、アク抜きをするんです。これも前はただでつけてくれたんですけど、最近はお金を取るようになったんですよね。ブツブツブツ……」
由奈ちゃんがブツブツ文句を言っている。なんか、こういうところを見ていると、しっかり者のお母さんにしか見えない。私の方が年上のはずなのに、なんてこった。
て言うか私、由奈ちゃんに妹になってもらったはいいけど、お姉さんらしいこと、何もできていない。なんか由奈ちゃんに会うたびにみっともないところや情けないところを見せているような気がする。こんな私のこと、由奈ちゃんはどう思っているんだろう。
律儀に付き合ってくれてはいるから、嫌われてるわけではないとは思うけど、少なくとも頼りにならないお姉ちゃんだとは、思われてるよね……。
「……どうしました先輩? 行きますよ?」
そんな私の気持ちなどいざ知らず、由奈ちゃんは、ほかの材料を見るために二階へのエスカレーターの方へと歩いて行った。




