第1話 お兄ちゃんとおじいちゃん。
――私には、戸籍上兄とされている人物が一人いる。
そして、その一応は世間的に私の兄とされている生き物は、私よりも十数分早く生まれたというだけの理由で勝手に兄貴面をしているという、理不尽かつ、邪悪でワガママなモンスターだ。
私は、小さいころからこの双子の兄には悩まされてきた。
兄貴風はムダにビュービュー吹かしてくるくせに、私のことを妹として大事にしてくれる様子はみじんもない。
おもちゃにおやつにご飯のおかずと、自分の好きなものはすぐに自分だけでひとり占めして、家族に言われなきゃ私に分けてくれたことなんか一度もない。
常に一方的に私のことをライバル視してきて、何かというといちいち張り合ってくる。そして、常にいつも自分の方が私よりも絶対に上じゃないと気が済まない。
勉強、運動、ゲームに外遊び。私は勝ち負けなんかどうだっていいのに、お兄ちゃんは一方的に勝負を仕掛けてくる。
お兄ちゃんが負けると勝つまで勝負を挑んでくるし、勝ったら勝ったで調子に乗りまくって私のことをバカにしてくるし、どっちにしても非常にめんどくさい。
ホント、なんでこんなのが私の兄なんだろう。
私は赤子の頃の私を恨む。
どうして、もうちょっと根性を出してお兄ちゃんよりも先にお母さんのおなかの中から出てこなかったんだろうか。多分、それは赤ちゃんの頃から私が奥ゆかしくって優しい性格だったからなんだろうけど。
そういえば、昔は双子の順序は後から生まれてきた方がお兄ちゃんやお姉ちゃんだったらしい。何でも、お兄ちゃんやお姉ちゃんの方が、弟や妹のことを先に出してあげる、という発想があるからだとかなんとかって、そういう話らしいけど。
今からでも、昔ながらの日本の風習に戻してくれないかな。
そんなわけで、同い年の双子の兄にずっと悩まされてきた私は、私に優しくしてくれる兄姉、というものに憧れていた。
そして、お兄ちゃんを反面教師として、私に妹や弟が出来たらめっちゃ可愛がるのに、とも思っていた。
さすがに兄姉は物理的に無理なので、私は妹や弟の方に焦点を絞って、クリスマスやお誕生日のたびに両親に妹や弟をリクエストし続けていたのだが、結局いつもそのたびにはぐらかされてしまい、その代わり、私の部屋には妹代わりのお人形やぬいぐるみたちがどんどん増えていくのであった。
まあ、うちの経済力と、両親の忙しさから考えると、これ以上のきょうだいが増える可能性は、たぶんないんだけどね……。
そんなわけで、私はずっと「優しい兄弟」というものに憧れを持っていたのだったが、それは、のちに思ってもみなかった方向から叶えられることになる。
そのことについては、話すと長くなるので後で話すことにする。
私の名前は来栖聖華。中学二年生。
私立聖玉館中学に通っている。柔道部所属。
将来の夢は警察官とか救命救急士とか、誰かの役に立つ職業に就くことだ。
今日もいつものように支度を済ませて、いつものように我が家のおじいちゃんに行ってきますのあいさつをする。
「――それじゃあおじいちゃん、学校行ってくるからねーっ!」
私がリビングで一人、朝のワイドショーを見ているおじいちゃんに声をかけると、 おじいちゃんは私のことをちらっと見てきて、
「……おーっ、行ってきなっ…………」
と、不愛想にひとことだけ言って、右手をひらひらさせる。
そして、再びテレビの方へと向かい、出演している訳知り顔のコメンテーターに対してぶつぶつ文句を言い始める。
「まったくこいつは、何もわかっとらん……。ブツブツブツ……」
そんなに文句があるんだったら見なきゃいいのに、と私なんかは思うけど、こうやってテレビに向かって文句を言うのが、今のおじいちゃんの唯一の楽しみなんだから仕方がない。
私のおじいちゃん、来栖海彦。
元警察官で、現役時代は地元の警察の捜査一課の刑事さんだった。
現役時代のおじいちゃんはとってもカッコよかった。
地域の安全と平和のために日夜働いているおじいちゃんはすっごく生き生きしていたし、私もおじいちゃんのことを尊敬していた。
おじいちゃんの働いている姿を見て、私も将来、おじいちゃんみたいに人の役に立つ仕事をしたい、と思ったくらいだ。
だけど今のおじいちゃんは……。ハッキリ言って完全に産廃だ。
定年後、仕事一筋で趣味もほとんど無かったおじいちゃんは、こうやって家でひとり、ニュースやワイドショーに文句を言ったり、昼間の刑事ドラマの再放送に元プロの目線でツッコミを入れたりすることくらいしかやることがない。
暇だったら再就職とか地域の活動に参加するとかすればいいんじゃないか、とも思うけど、いまさら人の下に付く仕事をしたり、新しい人間関係を作ったりするのはプライドが許さなかったり、そもそもめんどくさかったりするらしい。
こんな時、うちに誰かおじいちゃんのことをかまってくれる人がいればいいんだけど、残念ながら今の我が家には私とおじいちゃんしか住んでいない。
うちの父は裁判官で、母とともに地方の裁判所に赴任している。
おじいちゃんの妻であるおばあちゃんは、仲間のおばちゃんたちと一緒に、ここから車や電車で一時間以上かかる山の中で古民家カフェを始めてしまい、我が家には時々しか帰ってこない。
定年後はおばあちゃんとゆっくり旅行でもしようと思っていたおじいちゃんはそのことがかなりショックだったようで、そのことがおじいちゃんの引きこもりに拍車をかけている。
そして、もう一つ問題なのが、こんな時におじいちゃんをかまってくれる係だったお兄ちゃんが、中学に入ってから学校で寮生活を始めてしまったことだ。
本来、我が家から学校まで電車で二十分ほどしかかからないので、寮生活なんかする必要はこれっぽっちもないのだが、「一人暮らしは男のロマン! 俺は今日から自立するんだ!」とかお兄ちゃんはふざけたことをほざいて、学校の片隅の、家賃三千円の今どき冷暖房もないオンボロ寮に住み着いてしまった。
暇を持て余したおじいちゃんと将棋や囲碁をしたり、一緒に釣りに行ったりするのがお兄ちゃんの役目だったので、こういう時にお兄ちゃんが家にいないのは正直言って困る。
……って言うか、普段私に迷惑ばっかかけてるんだから、こういう時ぐらい役に立ってほしい。こういう必要な時に役に立ってくれないのが、うちのお兄ちゃんという生き物だ。
私も、お兄ちゃんのようにおじいちゃんのことをかまってあげたいのはやまやまなんだけど、おじいちゃんの方が思春期の女子である私に気を使っているということもあって、最近のコミュニケーションはなんだか空回り気味である。
そんなわけで、最近の我が家は、別にケンカをしているわけでもないにもかかわらず、おじいちゃんと二人、微妙に気まずい空気が流れている。
あーあっ……。ホントにしんどい……。
こういう時に、私が相談できる相手は、と言えば――。
「――あ、セイじゃん。おっはーっ♡」
「おはよう、セイちゃん」
道の向こうの方からやってきた、二人連れの姉弟。
サイドテールのギャルっぽい感じのお姉さんと、どこぞのずんだの妖精みたいな見た目の、かわいらしい男の子。
私の幼なじみの麻生姉弟、姉の陽菜ちゃんと弟の智くんだ。
そして、この二人が私の大事なお姉ちゃんと弟くんなのである。
この続きは来週以降、毎週月曜日に更新いたします。(全十五回の予定です)
よろしければ、しばらくお付き合いください。




