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二 集う四夫人の腹のうち(3)

 沙藍シャランが口元に人差し指を当てるので、荷花フーファ紅槿ホンチンが見張っている扉を一瞥し頷いた。


 二人寝台に上がると、窓を押し上げる。春の夜はまだ肌寒く、強い風が吹き込んだ。

 荷花は髪を抑えつつ、長いくんの裾をたくし上げる。


 沙藍は周囲を確認すると窓に手を掛け、軽々と飛び降りた。荷花は姿が窓から完全に消えるのを見て、人一人と半分ほどの高さがあったことを思い出す。荷花が見下ろすと、それは想像以上に高かった。

 沙藍は両手を広げて待っていた。


 は・や・く。


 口の動きを読み、早まる呼吸を整えた。窓のふちに腰掛け、手に力を込める。


(後戻りはできない)


 沙藍が強く頷くので、荷花は窓から飛び降りた。

 長い裙がはためき、ふわりと宙に浮かぶ。荷花は迫る地面に目を瞑った──と、同時に体がしっかりと抱きとめられる。

 横抱きの形でしっかりと沙藍の腕の中に収まっており、荷花は安堵の息をついた。


 ゆっくりと地面に下ろされ衣裳を整えていると、自身の手を見下ろして開いたり握ったりしている沙藍が目に入る。そして比べるように荷花を見た。

 荷花は袖の中で腕の皮膚をつまみながら失礼な男をじっとりと睨む。


「重かったようで、失礼いたしました」


 これで本当に重いなどと言えば容赦はしない。というか、荷花は一般の女子と比べてやせ型であるので、緩急ついた肉体美だと噂のリャオ貴妃きひや、背が高く中性的な体格のヤオ賢妃けんひらに日頃何と言っているのか尋ねたいところだ。


「いや、重くはなかった」


 しかし口ごもらせて本音を喉の奥に押し込む様子が見えた。荷花は眉を曲げ、目をすがめる。


「『重く《《は》》』……?」

「失言だ。聞き逃せ」

「ここで私が引き下がるとお思いですか」

「……」

「怒りませんから」


 それだけ渋られては聞くのも怖いが、荷花は後に引けず問い詰める。すると沙藍は目を逸らして、葉擦れの音に掻き消えてしまいそうなほど小さな声で言った。


「腕にちょうど収まって、抱き心地がいいと思っただけだ」

「……は」


 荷花は予想外の返答に、月夜でもはっきりとわかるほど耳まで真っ赤にさせ、小声で叫ぶ。


「信じられません……!」

「そなたは怒らないと言わなかったか⁉」

「それとこれとは別です!」


 荷花は熱くなった頬を両手で覆い隠して、理不尽だと嘆く沙藍を置いていった。すぐにその後ろを沙藍が慌てて追いかける。

 そして二人は夜の薔薇そうび宮へと歩みを進めた。







 荷花フーファは角から続く回廊の向こうをのぞき込んだ。人がいないことを確認して、沙藍シャランに目配せをする。

 荷花は沙藍の袖を引き、耳を貸すように伝えた。


リャオ貴妃きひのお部屋はあれですね?」


 小声は庭に響き渡ることなく消えてゆく。沙藍はすぐに頷いてささやいた。


「ああ、よく目を凝らせ。黒いもやのようなものが見えるだろう」

「はい」

「あれが『後宮の呪い』だ」


 沙藍の言う通り、それは黒く辺りに充満している様子だった。範囲はリャオ貴妃きひの自室を中心に漂っている。

 一筋だけ、どこかへ向かうように回廊を伸びているがあれは。


「『後宮の呪い』は狙っている人と狙われている人、どちらの周囲に発生するのでしょう」

「どちらの場合もあり得る。しかし被害者の付近に現れている場合は、死が絡もうとしていることが多いな」


「じゃあ、燎貴妃を殺したいほど憎んでいる人がいるってことですね」

「一概には言えんが、その可能性が高いだろうな」


 そして荷花は沙藍にここで留まっているように言うと、忍び足で彼女の部屋に近づいた。そして『後宮の呪い』にぎりぎり触れられるか否かの距離までやってきて腕を伸ばす。沙藍の言葉に相違なく、『後宮の呪い』は荷花の指をすり抜けた。


「絵筆を持ってくるべきだったわね。それならすぐにでもはらえるか試せたのに……」

「それはまだだ」

「きゃっ⁉」


 独り言となって落ちた無念が拾い上げられるとは思わず、荷花は小さく悲鳴を上げた。


「おい、声が……」


 沙藍が荷花の口を塞ぐが、一歩遅い。

 侵入者だという宦官の声を合図に、ぞろぞろと大人数が湧いて出てくる。二人は全方位を取り囲まれる形になって、提灯の淡い光に顔を照らされた。


「主上と……皇后さま⁉」


 一人の女官が驚いた声を上げ、それに目を覚ました燎貴妃が扉を押し開けた。寝起き姿の彼女はぼやけた視界で二人の姿を捉えるなり、金切り声を上げる。


「お二人とも、何のおつもりですか!」


 考え得る中で最も悪い事態になってしまった、と荷花は顔をしかめた。

 沙藍が体を抱き寄せてくれるが今は逆効果だ。より、燎貴妃の心を乱してしまうことになる。


「……見つかったな」

「……」

「余のせいか……?」


(そうよ……!)


 荷花は言いたいことを喉の奥に押し込め、奥歯を噛み締めて光から顔をそむけた。

 待っていてと言ったのに、あろうことか後ろから声をかけるなんて。


(いや、予測できなかった私にも落ち度があるわね)


 荷花は自身の迂闊さにも頭を抱えて、そのまま宮女たちに連れ返されることとなった。

ブックマーク等ありがとうございます!

カクヨムにて"先行公開中"ですので、ぜひお立ち寄りください。

よろしければカクヨムでも評価を入れていただけると嬉しいです!


https://kakuyomu.jp/works/16818622173777742131

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