第九話 緊張
「みんな、ごめんね……なんか、私の身勝手に巻き込んじゃったみたいで……」
焚き火を囲みながら、私は膝を抱える。
信さんの村に行くにはまだまだ距離があるため、途中で野宿をすることになったのだ。
全員が地べたに座っている中、
「もうっ! 沙羅ちゃん。何を言ってるんですの!」
と、切り株に座っている結ちゃんが、またまた頬をプクッと大きくさせていた。
「これは全員の意思で決めたことなんですのよ。だから謝る必要なんてないわ。そうでしょ、夏」
「オレはお嬢について行くだけだから」
「ワシのせいで……本当に申し訳ない!」
頭を下げたのは信さんだ。
「こんなお若い仏総さんたちに迷惑をかけちまって……アンタらに万が一のことがあったら、親御さんになんとお詫びしたらいいのか……」
「何度も謝らないでください」
私は寂しげに微笑む。
「実は、私にも信さんと同じ歳くらいの祖父がいるんです」
「ほう」
「だから放っておけなかったんです」
「優しいお嬢さんだね、アンタは」
「いえ、そんな……」
私は夜空を見上げた。
星がとてもきれいだ。
(おじいちゃん、どうしてるかな。私がいなくなって心配してるだろうな……)
「ところで信さん」
双樹だ。
無表情のまま、淡々と焚き火に薪をくべている。
「A級武具の仏像は、誰に魂入れしてもらうんです?」
「そう言われりゃ、そうだな」
夏くんがうなずく。
「A級武具に魂入れできんのは、如来か少なくも菩薩ってことになるよな? 依頼するなら高額になるし、何より信子さんの村にいるのか?」
「そ、それは……」
信さんは顔を引きつらせる。
「どうやら、あんまり大声では言えない事情がありそうですね」
「双樹、どういうこと?」
「考えられるとしたら──」
「ふあぁ。おそらく『モグリ』の仏総に依頼するんだろう」
そう言ったのは三千大先生だ。
後ろには千世界先生もいる。
食料を調達に行った先生たちがようやく戻って来たわけだが──
私と結ちゃんは「ヒィ!」と軽い悲鳴を上げた。
二人とも、手に蛇を巻き付けているからだ。
「兎や鳥がいれば良かったんだがな、蛇で我慢しろ。肉は少ないが、タンパク質は摂れるし、多少空腹は紛れるぞ。良かったな、お前たち」
「も、もしかして食べるんですか!?」
「ふあぁ。嫌なら食わなくてもいいぞ。辞退してくれりゃ、他の者が多く食える」
手際良く蛇の皮を剥ぎ捌くと、木の枝に刺して焼き始めるのだった。
「待ちきれん! アタシは生で喰らう!」
千世界先生は豪快にかぶりつくと、器用に骨から肉を引き剥がしていく。
全員が呆然としていると、三千大先生は愉快そうに笑みを浮かべた。
「ぼーっとしてていいのか? この勢いだと、センが平らげちまうぞ」
慌てて信さんや双樹、それに夏くんも蛇肉を食べ始めるのだった。
私と結ちゃんはしばらく顔を見合わせていたが、お腹の虫が派手になる。
「お嬢、結構うまいぞ」
「沙羅も食え。でなきゃ明日、動けなくなる」
どうやら選択肢はないらしい。
意を決して私たちは蛇肉を口に運ぶ。
まさか異世界に来て蛇の肉を食べる羽目になるとは……。
ただ、鶏肉みたいで意外と美味しかったのは、新たな発見ではあった。
が、できれば今回で最後にしたいものだ──と、きっと半べそをかきながら頬張る結ちゃんも思っていたに違いない。
「あの、先生」
空腹がいくらか満たされ、私は先ほどの話の続きをすることにした。
私にはまだまだわからないことだらけのため、出来るだけ知っておきたかったのだ。
「『モグリ』の仏総というのは、一体なんのことですか?」
「ふあぁ……そのことか。お前は異世界からやって来たから知らないんだったな」
三千大先生は、近くにあった木の枝を拾うと、地面に地図を描いた。
「俺たちがいるこの世界には、阿の国を含め、大きく分けて七つの国がある」
私だけでなく、他のみんなもさながら授業のように耳を傾けていた。正直、他にやることがないから、ということもあるのだろう。
「阿の国、留の国、辺の国、幾の国、夜の国、宇の国、和の国があり、七大国と呼ぶ。これらの国は我々の長である運慶さまのように、それぞれの国には長がいて統治してるんだ」
三千大先生はチラリと信さんを見る。正確には信さんが持っている武具を見たのだろう。
「ところが、どの国にも跳ねっ返りの輩がいてな。国から抜ける仏総がいるんだ。そんな奴らが集まって組織されたのが、さっき襲ってきた『ダイダラブッダ』って奴らのことなのさ」
「ダイダラブッダ……」
千世界先生は憎々しげに吐き捨てる。
「奴らは村を襲ったり、女性をさらったりする厄介な連中だ」
「そんな……」
「で、中にはダイダラブッダにも属さない仏総もいてな。それが『モグリ』ってわけだ。信さんはおそらく、その『モグリ』の仏総に魂入れを依頼するつもりなんだろうな」
「お、おっしゃる通りです」
信さんは気まずそうに頭をかいた。
「実はウチの村は、ダイダラブッダに何度も襲われているんです。ですがある日、フリーの仏総が来て用心棒になってくれたんです。『サトル』と『サトリ』という先生で、魂入れはその先生方に依頼しようかと……」
「まんまとハメられたな」
「は? ハメられた、とは?」
千世界先生はしゃぶっていた蛇の骨を「ぺっ!」と吐き出した。
「おそらく、テメェんとこ村が汚染されてんのも、その二人の仕業だ」
「そ、そんなはずはねえです! 先生は腕利きの仏総で、ワシにお守りも持たせてくだっ──」
信さんはそこで言葉を切ると、見る見る表情から血の気が引いていく。
千世界先生が持っていた紙を見たからだ。
そこには『指名手配』の文字と『サトル』と『サトリ』と思われる顔写真。それから注釈が入れられている。
《両名を見つけ次第捕獲、もしくは抹殺すべし》
「この『サトルサトリ』コンビは辺の国の仏総だったが、今は抜けてダイダラブッダに入った。ところが最近になって、ダイダラブッダの幹部とモメたらしくてな。そこも抜けやがったらしい」
「ふあぁ。きっと信さんに高価な武具を買わせ、魂入れをするフリをして持ち逃げしようってことだろう。A級武具なら、闇市で転売してもそれなりの金額になるだろうからな」
「じゃ……ワシは何のために大金を払って武具を買ったんだ……」
泣き崩れる信さんを見て、気の毒になってきた。
「千世界先生」
「駄目だ!」
「まだ何も言ってませんよ」
「甘ちゃんのお前のことだ。どうせアタシに魂入れをしろって言いたいんだろ」
図星だ。
私は何も言えなかった。
「なんでアタシが見ず知らずのじいさんのために、魂入れをしてやらなきゃならんのだ」
「でしたら、なぜこの護衛任務を中止なさらなかったのですか!?」
結ちゃんがお馴染みの頬を膨らませた表情をしていた。
「そ、それはお前らがうるさいからだろうが! アタシは教師としてだな──」
「嘘だね! 千世界先生なら力尽くでオレたちを連れて帰れたはずだ」
「にも関わらず護衛任務を続けたってことは、千世界先生だって、信さんを気の毒に思ったわけだ。ガラにもなく」
「夏! 先生に向かって生意気な! それから双樹。貴様! ガラにもなくとはどういう意味だ! 帰ったら腹筋五百回だからな!」
「千世界先生! 双樹の相棒として、私も腹筋やります! ですからどうか、魂入れをしてあげてください!」
「お前らなぁ──てか、サン! 笑ってないでなんとかしろ!」
三千大先生は欠伸をすると、大きな伸びをする。
「残念だが、この任務を中止しなかった時点で俺たちの負けだ。セン、やってやれよ」
「ぐっ──クソッタレ!」
千世界先生は憮然とした表情を浮かべると、私たちを見回した。
やがて諦めたように深いため息をつくのだった。
「今回だけだからな」
「ありがとうございますだ! 先生さま。それからお嬢さんたち、このご恩は一生忘れねえからな!」
「ふあぁ。一つだけ、先生から注意事項を伝えとく」
全員が三千大先生を見る。
「さっき襲って来たのは、『サトルサトリ』コンビの手下だろう」
「ということは……私たちをずっと尾行したってことですか?」
「いや、それなら俺たちが気が付かないはずがない」
三千大先生はおもむろに信さんのお守りを取ると、紐を解く。中から小さな丸い木の玉を取り出したのだった。
「やはりな。このルートを通ることは俺たち以外には誰も知らないはずなのに、なぜ奴らが襲って来たのかおかしいと思ってたんだ」
「それって一体……」
「『位置珠』と言って、これを持ってる人間がどこにいるのか、手に取るようにわかるって代物だ」
「フン! くだらないことをしやがって!」
三千大先生は位置珠を草むらに放り投げる。
「ふあぁ。大方、帰宅途中に何者か襲われ、A級武具を盗まれた──ってシナリオだったんだろう」
「今ごろ、手下が戻らないことに不信感を募らせてるだろうな」
「ああ。だからといって、このまま諦めるような奴でもない」
「と、ということは……」
私は生唾を飲み込んだ。
そこにいる全員が同じように固唾を飲む。
三千大先生はまた欠伸をさると、その場に寝そべった。
「もうそろそろ寝るぞ。明日にそなえなきゃならんからな」
三千大先生は欠伸をする。
「おそらく次は、全力でA級武具を奪いに来るだろうからな」
その日の夜。
私は緊張で眠れなかった。
「ねえ、双樹。寝ちゃった?」
隣にいる双樹に声をかける。
「いや、目を閉じてただけだ」
「あのね……」
「あら嫌だ、沙羅ちゃん。もしかして告白するつもり!?」
「ゆ、結ちゃん、起きてたの!?」
「お嬢! 声かけんの早いよ。もっと盛り上がってからの方が面白れえのに」
「夏くんまで!?」
「シッ! 静かにしろ! 先生たちが起きるだろうが!」
私たちは慌てて口に手を当てる。
幸い、先生たちは寝静まっていて、信さんのイビキだけが響き渡っているだけだった。
「で、沙羅。何か話があるのか?」
「だから告白でしょ?」
「違うって……実は私ね──」
私は双樹たちに耳打ちをする。
ただ、話をするのに夢中で、私たちを横目で見ている先生たちのことには、まるで気が付かなかった。