第七話 出動! 蓮班
隣にいる双樹をそっと盗み見る。
緊張した面持ちで、唇を硬く結んでいた。
それは私も同じで、この日はいよいよ初任務を行う日だからだ。
三千大先生が言うには、「簡単な任務」とのことだったが、結局、それ以外は何も教えてもらえなかった。
念のため宗さんや成美さんに聞いてみたが、
「私たちのころは、『天』になる前に任務なんてなかったわ」
とのことで、まるで任務内容の見当すらつかなかないといった有様だ。
しかも宗さんからは、
「まあ、研修期間だからそんなに難しい任務じゃないだろうけど──結果は少なからず、今後の評価に影響するだろうね」
などと言われてしまったものだから、下手なことはできない。
というわけで、私はもちろん、双樹もまた否が応でも緊張せざるを得ないのだった。
しかも私の場合──素材屋の岡さんから例の話を聞いたばかりなので、心中は穏やかではいられないわけで……。
『双樹の婆さんは殺されちまった』
宗さんが前に言ってた、双樹が如来を目指して『頑張る理由』というのは、おそらく犯人を探すことなのだろう。
岡さんから聞いた話では──名門、峯曹家の人間が、しかも自国の佛師に殺されたという事件は阿の国を騒然とさせたそうだ。
それこそしらみ潰しに犯人の行方を追ったが、結局は見つからずじまい。
ということは、犯人は他国に逃げていると考えるのが自然だろう。
事実、調査を行った阿の国の専門の機関は、阿の国とは「犯人引き渡し条約」を結んでいない国に逃亡した、と結論づけたそうだ。
もちろん他国に捜査を要請したものの、国同士の交流はほとんどないため、どれだけ真剣に取り組んでいるのか怪しいものだ。
事件発生から十数年経つが、残念ながらどの国からも有力な情報はないらしい。
そこで双樹は、自分で犯人を探そうと考えたのだろう。
だからといって「天」や「明王」では、国内での任務が主となる。ということは、他国での犯人探しはできない。
だから時には国境を超えて任務を行うことになる「菩薩」、そして運慶さまの許可を得ることなく、自身の判断で他国での戦闘が許されている「如来」になれば、逃亡している犯人を捕まえることはもちろん、抹殺すら可能になるというわけだ。
(でも、それって……なんだか悲しいよね)
胸がキュッと痛む。
もしも自分の祖父が殺されていたら──そう考えただけでも恐ろしくて悲しくて、体が震える。きっも、犯人のことは一生許すことはないだろう。
だからと言って復讐のためだけに生きることは、本当に正しいと言えるのだろうか。
部外者の私が無責任な考えを持つこと自体、おこがましいのは十二分に理解してはいる。だが、何かの縁で出会った以上、幸せになってほしいと私は思うのだ。
宗さんや成美さんがとてもいい人だから、余計にそう願わずにはいられないのだった。
「俺の顔に何かついてるのか」
物思いから覚めると、ギョッとする。
双樹が眉根を寄せて、私の顔を覗き込んでいたからだ。
双樹と相棒になったとは言え、やはり近距離でのイケメンにはまだまた馴染めそうにはない。
私は軽く「キャッ!」と悲鳴を上げて、慌てて顔を逸らすのだった。
「べ、別になんでもないわよ」
「なんでもないって……さっきからずっと俺の顔を盗み見てただろうが」
「見てるわけないでしょ! 自意識過剰なのよ! このナルシスト!」
「誰が自意識過剰のナルシストだ──」
「ちょっとお二人!」
同じクラスの魂師の花厳結ちゃんだ。
髪の毛をクルクルと巻いていて、メイクもバッチリ施されている。
小柄な女の子で、頬を膨らませ、腰に手を当てている姿はまるで小学生のようだが、私と同じ十七歳だ。
「イチャつくなら、他所でやってくださる? 今は神聖な授業の真っ最中ですわ! しかも初任務なんですのよ!」
「べ、別にイチャついてるわけじゃ……」
「いや。控え目に見てもチチクリあってたな」
そう言ったのは結ちゃんの佛師、夏くんだ。
顔の半分を黒のマスクで覆い、おまけにサングラスをかけているため表情は読み取れなかったが、間違いなく私たちに呆れていただろう。
「だから違うってば!」
「そうだぞ! 夏! どうして俺がこんな奴とチチクリあうんだよ!」
「こんな奴って──またセクハラ、いやパワハラ。てかモラハラじゃない!?」
「また訳のわからないことを言いやがって! お前の世界で流行ってのか!」
「ふあぁ。元気があっていいねえ。だけど、ちょっとうるさいかな」
振り返ると、いつの間にか三千大先生と千世界先生がいた。
私たちは驚いて体を仰け反らせる。
(まただ。すぐそばにいるのに全然気がつかないんだよね。先生たちって一体……)
「さあ、お前たち! 整列だ!」
千世界先生は仁王立ちしたまま、私たちを見回す。
「お前たち四人は『蓮班』だ。そして喜べ。引率する教師はアタシたちに決まった。良かったな! ビシビシ鍛えてやるから、そのつもりでいるように!」
怯えたような表情で「ひぃ!」と小さな悲鳴を上げたのは結ちゃんだ。双樹も顔を引きつらせている。
二人の脳裏には、初日のシゴキが過っていたに違いない。
(い、一体、どんなキツイことをやらされたんだろう……)
いつも強気な双樹が怯えてる姿を見ているだけで、背筋に悪寒が走る。
そして魂師じゃなくて良かったと心底思うのだった。
「ふあぁ」
三千大先生がお馴染みの欠伸をする。
「じゃ、これから任務にあたるとしようか」
「先生!」
結ちゃんだ。
背筋を真っ直ぐ伸びし、右手は空を掴まんばかりに高々と挙げている。
まさに挙手のお手本、といった姿勢だ。
「任務の内容を教えていただけますかしら?」
「はて、言ってなかったか? 悪い悪い」
豪快に頭をかいたものだから、フケが飛び散る。
私たちは揃って一歩後ろに下がるのだった。
「心配する必要はないよ。単なる護衛だ」
「護衛……」
「こちらの方を我々の『阿の国』と、『留の国』の境界線にある小さな村に送り届けるんだ」
三千大先生がヒョイッといった感じで横に避ける。
するとでっぷりとお腹の出た小柄のおじさんが出て来た。
いや、最初からそこにいたのだろうが、まったく気がつかなかった。
おじさんは麦わら帽子を被り、大きなリュックを背負っている。日焼けしていて、いかにも農家の人という感じだ。
「どうも、信と申します。今日はよろしくね」
「こちらの方を、お送りするだけですの?」
「ああ。簡単だろ? ふあぁ」
(良かった……)
私は胸を撫で下ろす。
思っていたよりも簡単な任務のようだ。
他のみんなも同じだったようで、ふと見ると双樹の表情からは、いくぶん緊張感が取れたような気がした。
「俺はもっと歯応えのある任務が良かったんだが」
「わたくしも双樹に賛成ですわ」
「だな。オレも双樹とお嬢に同意だ」
「私は簡単なら、それに越したことはないんだけど……」
だが、私たちはわかっていなかった。
今回の任務の難しさを。
それを物語るかのように、先生たちは互いに視線を交わしながら、意味ありげに頷きあっているのだった。




