第四話 仏総学園
魂師と佛師には「位」があるそうだ。
最高位が双樹の言っていた「如来」。
次が「菩薩」で、「明王」、そして「天」と続く。
このことからもわかるように、私がいた現世の「仏教」と、いくつか共通している部分があるようだ。
右も左もわからない世界に召喚されて戸惑ってはいるものの、「仏女」である私としては、いくつか馴染みのある言葉が出て来るのはせめてもの救いだった。
とは言っても、意味や使い方は微妙に違うのだけど。
とにかく、仏総の中で最も位の高い如来は護衛を任されることがあったり、側近に任命されたりと、何かと運慶さまと会う機会も増えるそうだ。
他にも、難易度の高い任務での功績を認められれば、ご褒美として願いごとを叶えてもらえるかもしれない、とのこと。
これはあくまでも可能性がある、というだけで、如来になればイコール願いが叶うとわけではない。如来になったとしても、運慶さまにお目にかかれる保証はないのだ。
ただ、少なくとも今よりずっと、現世に戻れる可能性は高まるのは間違いない。
「ちなみになんだけど、如来にはどれくらいでなれるものなの?」
双樹は「さあな」と肩をすくめた。
「十年か、二十年か。もしかすると一生なれないかもな」
「一生なれない!?」
「そもそも如来になれんのは、百組の仏総がいて二組か三組程度だと言われてる」
「ふ、二組か三組!?」
めまいがしてきた……。
「沙羅。何をボサッとしてるんだ。遅刻するぞ」
ふと顔を上げると、双樹はさっさと歩き出している。
(悲観してても仕方ない! 如来を目指して頑張るしかないんだから)
気を取り直し、私は双樹の後を追う。が、すぐに目の前の大きな背中にぶつかってしまう。
「イタッ! なんで立ち止まってんのよ!」
双樹は先ほどよりもずっと引き締まった表情になっていた。
「ここが、俺たちが通う『仏総学園』だ」
目の前の建物を見上げた。
無意識のうちに生唾を飲み込む。
木造造りで、まるで教科書で見た昭和の学校のようだ。
聞いたところによると、仏総学園は三百年以上の歴史があるらしい。
建物からは気の遠くなるような歴史の重みと、威厳が漂ってくるような気がした。
私は圧倒される。
「とにかく、だ。まずは『天』にならないとな」
「そ、そうだね」
佛師と魂師は、まず「造形」と「魂入れ」を学ぶ。
同時に初級任務をこなしながら卒業試験を受け、合格すれば晴れて「天」となれる。
ただし、不合格なら二度と試験を受けられない。つまり『如来』への道が閉ざされることを意味するわけだ。
「ここだな」
長い廊下を通って教室に行き、双樹がスライド式の木製のドアを開ける。
「お邪魔しま──」
教室に一歩入った瞬間、私は全身を強張らせた。
クラスメートと思われる二十名ほどの男女の視線が、私たちを捉えていたからだ。
いや、正確に言うと、視線のほとんどは「私」に向けられていた。
(あれが双樹の相棒?)
(何派だっけ?)
(スズキモケイテンとかって)
(聞いたことねぇな)
(しかも女の佛師って。要は『ハズレ』ってことだろ?)
(双樹のヤツ、カワイソー)
(こりゃ、落第だな)
針のムシロって、きっとこういう時に使うんだろうな……。
ヒソヒソ話って、どうしてこうもよく聞こえるものなんだろう。自分に対しての悪口は特に耳につくから不思議なものだ。
「沙羅。こっちの席が空いてるぞ」
「う、うん……」
一番後ろの席に向かう双樹について歩いていると──
「あっ!?」
不意に足が出て来る。
悪意のあるタイミングで出された足をかわすことができず、私は無惨にも引っかかってしまう。
バランスを崩して前のめりになって倒れる。板張りの床が目の前に迫って来る。
ヤバッ! これ、顔面強打じゃん!
そう思った瞬間、すんでのところで体は止まった。おかげて床との熱烈なキスを免れることができた。
双樹が支えてくれたようだ。
「あ、ありがとう──あれ? ど、どこ行くの?」
「オイ」
双樹は席に座っている男子を見下ろす。
どうやらこの子が私に足を引っかけた張本人らしい。
ソフトモヒカンで、すこぶる目つきが悪い。着物を着崩している姿は、現代の言葉で言えば、「ヤンキー」といったところだろうか。
「あん? 何か用かよ、双樹」
「それはこっちの台詞だ、起。お前の方こそ、俺の佛師に文句でもあんのか」
「あれ? あの女、佛師なの!? てっきりお前んトコの女中かと思ったぜ」
「ふざけんな!」
「やんのかよ」
起と呼ばれた男子も立ち上がり、睨み合う二人。
「そ、双樹。喧嘩は駄目だよ。退学になったらどうすんの!?」
私たちがここに来たのは、如来になるためだ。こんなことでモメている場合ではない。
「チッ!」
双樹は踵を返すと、空いている席に向かう。
私はホッと胸を撫で下ろす。が、またも背中に激突する羽目になる。
「もうっ! 急に立ち止まらないでよ──」
おもむろに振り返った双樹は、教室を見渡す。眉間に皺を寄せ、硬く強張らせていた。
「いいか! この沙羅は、俺にとってこの世で一番大切な佛師だ! 沙羅に文句がある奴は俺に言い来い! いつでも相手になってやる!」
言い終わるや否や、双樹は席に着く。
シンと静まり返る教室。
全員が唖然とする中、一番惚けていたのは誰でもなく私だったはずだ。
(これって……どういうこと?)
不機嫌そうに、窓の外を見ている双樹を改めて見る。
(も、もしかして今、告白された?)