第三話 理(ことわり)
「この世界には『魂師』と『佛師』がいるんだ。そして二人を総称して『仏総』と呼ぶんだよ」
そう教えてくれたのは「人の良さそうなおじさん」改め、峯曹宗さん。それから隣にいる「お茶屋の女将さん」は成美さん。
二人は夫婦で、双樹のご両親。
ここは双樹たちの屋敷の中で、居間ということになるのだろう。
私の理解では「大広間」なのだが、家主が「居間へどうぞ」と言ってここへ通されたのだから、誰が何と言おうと「居間」なのだ。
外観だけでなく内装も豪華で、あちこちに見たこともないような調度品が飾られている。床には毛の長い高そうな絨毯。
お手伝いさんたちも数人いて、みんな興味津々といった感じで私を見ている。
総合して考えた結果、双樹は「いいところのお坊ちゃん」ということになるのだろう。
ウチのボロ屋とは大違いだ。
宗さんは話を続ける。
「魂師はね、佛師が作った武具に魂を入れて具現化することができるんだよ」
「コンシ ガ ブッシ デ グゲンカ デキル?」
「ハハハ。わかりにくかったね。まあ、論より証拠だ」
庭に出ると、おもむろに落ちている木の枝を拾う。
何をするのかと見ていたら、着物の懐から出したナイフで削り始めるのだった。
「まっ、とりあえずこんなものかな」
あっという間に小さくてかわいらしい矢と弓の模型になる。
宗さんはミニチュアの弓矢を私に見せた。
「このままだと、ただの玩具だ。だけどね、魂師である妻の成美が『魂入れ』をすると──」
成美さんは仏様を拝むときのように手を合わせる。
「精!」
私は目を見張る。
目の前で起こった事象をどのように説明すればいいのだろう。とにかく惚けるしかなかった。
単なる木の枝で作ったミニチュア模型だったものが、たちまち本物の矢と弓に変化してしまったのだ。
「ご覧の通りさ」
宗さんは出来上がった弓を引き、木に向かって矢を放つ。すると矢は見事に木の中腹あたりに突き刺さるのだった。
「精巧に作れば、より威力の高い武具になるんだけどね。今回は急ごしらえしたものだから、こんなものかな」
「すごい……」
「『魂師』はね、十七歳になると『佛師』を召喚するんだ。つまり息子の双樹が呼び出したのが──ええっと」
「沙羅です」
「そうそう、沙羅ちゃんだったね──『魂師』と『佛師』はさっきも言った通り、基本的には一生添い遂げることになるわけだ」
「宗さんに質問があります!」
私は学校の生徒よろしく手を上げた。
「『一生添い遂げる』っていうのは、まさか、け、け、結婚……ということになるんでしょうか?」
「ンなわけねえだろ」
吐き捨てたのは双樹だ。
「何よ!? アンタには聞いてないっつうの!」
睨み合っていると、すかさず宗さんが「まあまあ」と割って入る。
「死別した場合や一部の例外を除いて、絆を解消することはできないんだけどね。だからと言って結婚する必要はないよ。絆はあくまでも仕事上での相棒ってことだ」
「なんだ、そうなんですね……」
ホッと胸を撫で下ろす。が、私は慌てて頭を振る。
呑気に過ごしているヒマはない。なぜなら聞いておかなければいけないことがあるからだ。
「あの……自分がいた世界に戻りたいんですけど、どうしたらいいんでしょう」
「そうだねえ。確か、『ニホン』という国だったよね」
宗さんは眉間に皺を作りながら、「聞いたことがないなあ」と首を捻っている。
この姿を見ただけでも、私はどうやら相当難しい質問をしてしまったのだとわかり気が重くなった。
(もしもずっとここにいることになったら、どうしよう……)
「あっ!」
何か思いついたかのような声を上げたのは、成美さんだった。
「『運慶』さまなら、ひょっとすると沙羅ちゃんが元いた世界に戻せるかもしれないわ」
「運慶!? 運慶ってあの仏師の──イデッ!」
思い切り肘で小突かれた。
双樹だ。
「セクハラの次は暴力!? アンタは馬鹿なの!?」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿! いや、もはや死に値する」
「何ですって!?」
「うん。今のは沙羅ちゃんが良くなかったね」
「宗さんまで──」
「運慶さまというのはね。この阿の国の長のことなんだ。我々を守ってくださっている偉大なお方でね。この国の人間にとって運慶さまを軽んじられるということは、我々が侮辱されたのと同じことなんだよ」
「そ、そうなんですね……」
私は居住まいを正して頭を下げる。
「ごめんなさい……私がいた世界では、同じ名前の仏師っていう──あっ、仏像を彫る人のことなんですけど──てっきりその人のことなのかと思ってしまって……」
双樹を見る。
不本意ではあるが、仕方がない。
「ごめんなさい。今のは私が悪かったです。大切な人を呼び捨てにされたら、そりゃ腹立つよね」
「わ、わかればいいんだよ」
「うん。今度から気をつける──てか、なんで顔が赤いのよ」
「赤くねえよ! つうか、いきなりしおらしくなるから驚いたんだよ」
「ふーん」
私は肩をすくめると、宗さんに向き直る。
「この国で一番偉い方ってことは、私なんかが運慶さまにお会いするのは難しいですよね」
「そうだね。とても気さくな方なんだけど、だからって我々から話しかけるのはあり得ないかな。そもそも会うことすら難しいしね」
「そうなんですね……」
「噂に聞いたんだけど」
成美さんはなぜだか目をキラキラさせている。まるで少女のようだ。
「運慶さまって、時々護衛の者の目を盗んで街中をお散歩してるんですって! 私、バッタリ出くわさないかなって、いつも思ってるんだけど」
「ちょっと成美! なんでそんなにうれしそうなの!?」
「あら? ヤキモチ?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
(仲良いな、宗さんと成美さんって)
「運慶さまにお会いする方法は、ないわけじゃねえよ」
双樹だ。
「それ、ホント!? どうやったら運慶さまに会えるか知ってるの?」
「ああ。俺たちが『如来』になりゃいいんだ」
ニョライ?