第二話 魂師 峯曹双樹
「キャャャャャャャッ!」
私は盛大に悲鳴を上げた。
「な、な、な、なんなんですか!? アナタは一体……」
目を開けたら、若い男性の顔があったのだ。
しかもその距離、鼻先数センチ。
普段接している異性といえば、六十三歳の祖父くらいもので、齢十七になった今も、同じクラスの男子生徒とでさえほとんど会話を交わしたことがない。
超がつくほどの奥手女子だ。
そんな私が同世代と思しき見知らぬ男子──しかも黒髪国宝級イケメン!──に急接近されているのだから、悲鳴を上げても致し方ナシだろう。
「なんだ、生きてたのか」
イケメンは素っ気なくそう言った。
ん?
私は首を傾ける。
イキテ タ ノカ?
安堵したってこと? いや、残念そうに聞こえた……のは気のせい?
うん。そうに決まってる。
女の子が倒れてるんだから、心配するのが人の道ってものだ。
まして生きていたことに失望するなんてことは、あり得ない。
いや、あってたまるものか!
「死んでりゃあ、やり直せたのに」
どうやら空耳や聞き間違いではなかったらしい。
アッタマに来た!
「一体アンタは何者よ! てか、寝てる間に変なことしてたら、警察呼ぶわよ!」
「変なことって……」
イケメンは怪訝な表情で私を見る。
「お前みたいなまな板相手に、何すんだよ」
「まな板って……失礼な!」
私は自分の控え目な胸を両腕で隠す。
「セクハラだからねっ! てか、アンタは──」
そこで初めて違和感を覚える。
イケメンは着物姿だ。
しかも周りを見ると、同じような格好をした人たちに囲まれている。
おまけに奥に見える日本家屋は、かなりの豪邸だ。
どうやら私は、誰かの屋敷の庭先に倒れていたらしい。
(確か自宅を出たら、変な光に包まれて──)
記憶を辿ってみるが、頭の中にモヤがかかっているようではっきりとしない。
「あの……」
まるで時代劇のセットの中のような風景を見回す。
「ここは……どこ? 日本なのは間違いないようだけど……」
「『阿の国』だよ。お嬢さん」
そう言ったのは、人だかりの中から出て来た人の良さそうなおじさんだった。
「人の良さそう」というのは、あくまで私の感想だ。実際にどうかはわからない。
目尻には笑い皺。穏やかな口振りから、なんとなく勝手にそう思っただけだ。
だが、あながち見当外れではなかったのだろう。おじさんは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「もしかして頭を打ったかい? 痛いところは?」
「大丈夫です。ところで阿の国っていうのは、どこの国のことなんでしょう……」
「どこの国と言われてもなぁ……阿の国だとしか言いようがないんだよね」
「『留の国』の隣よ」
人の良さそうなおじさんの後ろからヒョッコリと顔を出したのは、これまた人の良さそうな中年女性だ。やはり着物姿で、結い上げた髪の毛にはかんざしが刺さっている。
さながら「お茶屋の女将さん」といった風情だ。
「もしかしたら、『辺の国』のお隣って言った方がわかりやすいかしら?」
「すみません……どちらも聞いたことがなくて……」
「あらぁ、困ったわねぇ」
「ところでお嬢さん」
おじさんに選手交代だ。
「お嬢さんは『何派』の佛師なのかな?」
「ナニハ ノ ブッシ?」
「そう。どこで『彫り』の技術を学んだの? 勝手に持ち物を見ちゃって申し訳ない。ただ、ずいぶんと見事な出来だからね。その若さで大したものだよ」
おじさんの手には、例の仁王像が握られているのだった。
「それは祖父が彫ったもので──私は祖父から学びました。鈴木模型店というところです」
今度はおじさんたちがキョトンとする番だった。
全員の頭の上に、『スズキ モケイ テン?』という文字が浮かんでいるのが見えるようだった。
するとおじさんは、先ほどのセクハライケメンの肩に手をやる。
「まあ、よくわかんないけど──とにかく双樹、お嬢さんがお前の相棒になるわけだから、しっかりと世話をしてやりなさい」
どうやらイケメンは、『双樹』という名前らしい。
何が気に食わないのか、ずっとムスッしている。
先ほどの「お茶屋の女将さん」もやって来て、双樹の背中を押す。
「ほら、双樹。佛師さんにご挨拶なさい」
「俺は男の佛師が良かったんだ。女なんて非力で足手まといになるだけなんだから」
コイツ!
私は立ち上がり、イケメンに迫る。
「何回セクハラすれば気がすむわけ!? いや、モラハラ! これはモラハラよ! アンタそのうち炎上するからね!」
「は? なんだそれは。ワケのわからん奴だな」
「まあまあ、喧嘩するのはおやめなさい」
おじさんが私と双樹の間に入って来る。
そしてシレッと、まるで当然とばかりに、昔からの決まり事かのように──とにかくトンデモないことを口にするのだった。
「お嬢さんと双樹は、これから一生添い遂げることになるんだから、仲良くしないと」
私は空いた口が塞がらなかった。
イッショウ ソイトゲル?