第十八話 特命
「わ、私の祖父が『魂師殺し』の犯人!?」
あまりに驚いたので、思わず声が裏返ってしまった。
私は慌てて頭を振る。激しく振ったため、少しふらついてしまった。
「お言葉ですが、運慶さま」
無礼は重々承知している。下手をすると、また牢屋に逆戻りかもしれない。
だが、相手がこの国で一番偉く、一番尊敬されている人であったとしても、到底受け入れることができなかったのだ。
「私の祖父は現世──つまり私がここへ召喚される前にいた世界の住人でして。何より、祖父は人を殺めるような人間ではありません」
「承知しています」
間髪入れずに言われてしまったので、私は思わず「へ?」と素っ頓狂な声を出してしまった。
「おそらくお爺さまのことは、沙羅さんよりも私たちの方が知っているはずです。人殺しをするような人ではない、とね」
「う、運慶さまは、私の祖父を知っておられるのですか!?」
「はい。『行道先生』は、私の師匠です」
ワタシ ノ シショウ?
「行道先生もまた、沙羅さんと同じようにこの世界に召喚された異世界の住人なのです。そして行道先生をこの阿の国に呼び寄せたのは、峯曹家のお婆さまです」
私はずいぶん間の抜けた顔になっていただろう。
口を開けたまま呆然とするしかなかった。ただ、その反面、「ひょっとして」といった考えがまるでなかったわけじゃない。
私がこの世界に召喚される前のことだ。
祖父は驚きもせず、淡々と私を見つめていた。
今にして思えば、こうなることがわかっていたののか。
いや、もしかすると──
運慶さまはまるで頭の中を覗いていたかのように、私の思考の続きを言葉にしてくれたのだった。
「沙羅さんをこの世界に送り込んだのは、行道先生ではないかと、私は考えています」
「やっぱりそうなんだ……」
ただ、そうなると疑問が残る。
「どうして祖父は、私をこの世界に送り込んだのでしょうか」
「決まってるではありませんか」
運慶さまは立ち上がる。わずかによろけたが、すかさず従者の如意が体を支えた。
「『魂師殺し』の真犯人を、沙羅さんに探してもらうためです」
「真犯人──」
私は繊細なガラス細工を扱うように繰り返した。
言葉が持つ意味はとても重要で、それでいてぞんざいに扱ってしまった途端、バラバラに崩れてしまい、二度と元通りにはならないのはのではないかと思ったからだ。
「運慶さま」
なんでしょうと、運慶さまは真っ直ぐに私を見つめ返して来た。
まるで私が紡ぐであろう言葉を予期しているかのような表情だ。
聞くのが怖い──
だが、言葉を濁したり誤魔化したりしてはダメだ。だから私もまた、運慶さまに真剣な眼差しを向けた。
「運慶さまは『魂師殺し』の犯人は、私の祖父だとお思いですか?」
「いいえ。私は、行道先生は犯人ではないと考えています」
私は全身が熱くなるのを感じた。
「行道先生のことは沙羅さんよりも知っている、と言ったのは、共にすごした年数だけを言ってるのではありません。私はあの方から、すべてを学んだ弟子として断言できます」
運慶さまは胸を張った。
「行道先生は、『魂師殺し』ではあり得ません」
これほど心強い言葉はない。
私はその場に膝をつき、手を合わせて「ありがとうございます……ありがとうございます……」と呟いていた。
すると私の肩に、優しく触れる手が。
顔を上げると、運慶さまだった。
私と視線を合わせるため、運慶さまも膝をつく。
「い、いけません! 運慶さま」
運慶さまは自分の唇に人差し指を当てていた。
「いいですか? 今ここで話すことは、誰にも口外してはなりません」
念を押すようならもう一度、いいですか? と問われ、私はうなずいた。
「この運慶から、沙羅さんに特命を与えます。『魂師殺し』の犯人を探し出してください。ただし、先ほども言いましたが、この件は決して口外してはなりません」
はい、と私はうなずいたものの、不安は拭えなかった。
真っ先に頭に浮かんだのは、峯曹家の人たちのことだ。
真相はどうあれ、現時点で『魂師殺し』の犯人は私の祖父ということになっている。そのことを隠しながら何食わぬ顔をして、峯曹家の人たちと接することができるだろうか?
宗さんや成美さん、それから双樹を騙しているようで、想像しただけで心が痛む。
私の心の中を読んだように運慶さまは続けた。
「この件が片付くまで、沙羅さんには私の屋敷に住んでもらいます。峯曹家の人たちには、私から話しておきましょう」
「う、運慶さまのお屋敷に、ですか!?」
「はい。今や沙羅さんは私の命を救ったこの国の英雄です。『運慶直轄の侍女』として迎え、住み込みで私の世話をするよう申し付けた、ということにします」
「ま、まさかここまで計算して、運慶さまの治療を私にやらせたんですか!?」
黒鶫を見ると、美しいオレンジ色の瞳を瞼で隠しウインクしていた。
「絵を描いたのは琥珀──運慶だ。俺は言われるままに従っただけさ」
それから、と言った運慶さまは立ち上がると、自分の斜め後方に手を差し出した。
「沙羅さんには、こちらの如意と組んでもらいます。時間の詳しい情報は、彼から聞いてください」
改めて紹介された美しい従者は、微かに笑みを浮かべて会釈をした。
「よろしくお願いします、沙羅さん」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
慌てて私も頭を下げる。
男性への免疫がほぼゼロの私にとって、この笑顔は福眼を超えて、もはや致死量レベルだ。
ただ──
世界遺産級の美男子と組むことになっても、私の胸の中にはほんの少しだけ、霧がかかったような感じがしていた。
しばらく双樹に会えなんだ……。