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第十七話 運慶の結論

「何があったんでしょう……」


 私は牢屋の鉄格子を両手でつかみながらつぶやいた。


「運慶さまが襲われたって……一体、誰がそんなことを」


 振り返ると、例の男性は壁に持たれて肩をすくめる。


「まあ、阿の国に恨み持つ者、単に名を上げたい者、あるいはダイダラブッタの連中って線もあるな」


 まるで他人事に聞こえるのは、気のせいだろうか?


 自国の長が襲われたのなら、もう少し取り乱しても良さそうな気がした。


「いずれにしても、運慶の名を継いだ以上、いつどこで誰に命を狙われるかはわからねぇからな」


 双樹と結ちゃんと夏くんは、やって来た警務部隊の人たちに捕まり、どこかへ連れて行かれてしまったのだった。


 無事だといいけど……。


 それから湛慶も、やって来た如意と共に運慶さまのところへ行ったため、ここには私と男性の二人しかいないのだ。


「でも、運慶さまともあろうお方が、簡単に倒されてしまうものなんでしょうか」


 まだここに来たばかりのため詳しくは知らないが、国を治めるほどのお方だ。実力は相当な者だと想像に難くない。


 だからどうにも腑に落ちなかったのだ。


「何より、お付きの方もいらっしゃるはずです。それらをかいくぐって運慶さまを──どう思いますか?」


「さあな」


 男性は立ち上がる。


「まっ、自分の目で見て、真実がどうなのかを確かめてみな」


 これまで終始にこやかだった男性は、急に真顔になる。


「いいかい? お嬢ちゃん。真実ってのは、時に誰かの何かの力によって捻じ曲げられちまうことがある。そんな時は、自分の目を信じろ。目ん玉のことじゃねえぞ」


 そう言って自分の胸を叩く。


「ここにある目だ」


「『黒鶫(くろつぐみ)』さま!」


 白衣を着た男性がやって来る。


「至急、上へお越しいただけますか! 運慶さまは未知の毒にやられてしまっているらしく、我々では対処しきれません」


「しょうがねぇなぁ」


 牢屋の鍵が開けられると、体をくの字に曲げて外へ出る。

 そして男性──黒鶫は振り返り、私を見てウインクをした後、背中を向けて行ってしまう。


 ふと見ると、牢屋のドアは開けられたままだ。


「あれってつまり、私にも来いってことだよね……」


 私はわずかばかりの罪悪感を覚えつつ、そっと牢屋を抜け出すのだった。



 地上に出ると、燦々と光を放つ太陽に目を細めた。

 薄暗い地下の牢屋にいたため、目が慣れなかったのだ。


「そんな……」


 目の前にいる人だかりの隙間から見た運慶の姿に愕然とした。

 地面に倒れている運慶の周りには、まさに血の海といった状態の血液が広がっているのだ。

 元々が真っ白な肌が、今は青白くなっている。素人の私でさえ、危険状態であることは理解できた。


「黒鶫さま、どうでしょうか?」


 牢屋にやって来た白衣の男が聞いた。

 眉の間に深い皺を刻んでいる。

 白衣の男の問いに、黒鶫は何度か短くうなずいた。


「解毒はできた」


 その言葉に「おおっ!」と声が上がる。わずかない安堵感が漂ったものの、すぐにそれは落胆に変わる。


「だが、この脇腹の傷は俺では無理だな」


「そんな……阿の国随一の医療佛史である黒鶫さまでもですか!?」


「ああ。これはおそらく『邪神の矢』で射られたんだろう。それに俺は体の中は得意だが、外傷はな」


「で、では……運慶さまは……」


「このままだと死ぬな」


 全員が息を呑んだが、すぐに次の言葉を矢継ぎ早に続けた。


「だが、外傷を癒すことができる腕のいい佛師がいるならなんとかなるんだがな」


「黒鶫さまを凌ぐ医療佛師など、この国には──」


「そうでもないぞ」


 どういうわけか、黒鶫はこちらを見ている。

 私は反射的に振り返った。

 後ろに誰かいるのかと思ったからだが、そこには誰もいない。


「お嬢ちゃん。ボサッとしてないでこっちに来な」


「え? えええっ!?」


「驚いてヒマはねえぞ。患者が死にかけてるんだ。さっと来い!」


「は、はい!」


 戸惑いつつも黒鶫のところまで行くと、「ほら」と手のひらサイズの丸太を渡される。


「この傷に合うように、彫り出してみな」


「わ、私がやるんですか? お医者さんの知識なんてないんですが……」


「いいか? 仏総の基本はイメージだ。何をどんな目的で創るのかを想像するんだ」


「イメージ……で、でも、私は彫り出しが苦手で……」


「それで削ってみりゃあいいさ」


 黒鶫の視線を追って同じところを見る。私の腰にぶら下がっている、木のケースに入れられたナイフがあった。


《このナイフはきっと、沙羅を守ってれるはずだ》


 祖父の行道に持たされたものだ。


 黒鶫がうなずく。

 促されるようにして私はナイフを手に取った。

 不思議な感覚を覚える。

 現世では祖父の手に合わせた作られた大きなナイフの柄は、私にはとても扱いづらかった。

 それなのに今は、まるで私のためにあつらえたかのように手に吸い付くのだ。


「いいかい? お嬢ちゃん。手で触って傷を確認してみな」


「き、傷口に触れるんですか!?」


「血で見えないだろ? 視覚がダメなら触覚を使う。それが無理な嗅覚や味覚や聴覚を使え」


「わ、私には無理です……」


「それを運慶や、運慶を慕う阿の国の民に言えるか?」


 ハッと顔を上げる。

 取り囲む人たちの中には、手を合わせて一心に祈っている者がいるのだ。それは一人や二人ではない。


 私はアゴを引いた。

 ふう、と息を吐き、運慶さまの脇腹に手を伸ばす。

 震える。

 指先がわずかに触れた瞬間、「うっ!」とうめき声が上がった。

 運慶だ。

 多くの血液を失い、意識は朦朧としているのだろう。それでも激痛に顔が歪める。私は慌てて手を引っ込めた。


「す、すみません!」


「構うな! 続けろ!」


 黒鶫が近強くうなずく。

 私はもう一度深呼吸をして、傷口に触れる。

 生暖かい感触が伝わってくる。今まさに生命に触れている気がした。


「いいか? しっかりと頭の中で傷の状態をイメージしろ。できたらそれを覆えるような形に彫り出すんだ」


 目を閉じて、集中する。

 そして私は手を離すと、血まみれになった手で丸太を手にすると、一心不乱にナイフで削っていく。

 授業の時はあれほど手間取ったのに、今回は驚くほどスムーズに形を整えていくことができた。


 わずか三分ほどで仕上げると、


「と、どうでしょうか?」


 と、手渡すと、受け取った黒鶫は頬を持ち上げた。


「まあ、こんなもんだろうな」


 運慶の傷口にあてがうと、如意に向かってうなずく。


「精!」


 すると私が彫り出した丸太は徐々に運慶の体に馴染んでいく。

 やがて染み込んでいくと、体の一部になってしまうのだった。


「こ、これはうまくいったんでしょうか?」


 如意が微笑む。


「お見事。運慶さまは救われたようです」


「よ、良かった……」


 私はその場に尻餅をついた。

 腰が抜けてしまったのだ。

 あちこちから「良かった」と声が上がる。涙ぐんでいる者もいるようだ。


「お前たち、何をボサッとしている!」


 黒鶫が立ち上がる。


「すぐに輸血用の血液を持ってこい! それから検査をするから準備だ!」


 怒号に似た黒鶫の指示を受けた者たちは「はい!」と言って、キビキビとそれぞれの役割を果たすべく走って行く。


 あっという間に人だかりは解散となり、ここに私と黒鶫さん、如意さん、それから運慶さまだけになったのだった。


「まったく。無茶するなよな、瑠璃姫」


 黒鶫の苦笑したような、それでいて呆れたのような複雑な表情を見て、私は「へ?」と素っ頓狂な声を上げた。


「あの石頭はいませんか?」


 運慶さまは体を起こす。

 さすがに傷口が痛むのか、顔をしかめている。


「はい。石頭──もとい、湛慶さまは襲撃した輩を探すため、部下を引き連れて行ってしまいました。ちなみに運慶さまをお守りできなかったということで、私は散々罵倒されましたがね。ここでは口にするのも憚れるような汚い言葉で」


「それはお気の毒さまでした。これで私の気持ちが理解できたでしょう。いつも私は貴方の毒舌に心を痛めているのですから」


「何をおっしゃいますか。傷ついてるのはこちらの方で──」


「あ、あの!」


 三人は私を見る。


「これは一体、どういうことなんですか!?」


「申し訳ありません」


 如意が頭を下げた。


「これはすべて、運慶さまの自作自演なのです」


「つまり、ご自身で毒を飲み、脇腹に矢を射ったんだすか!?」


「矢を射ったのはこの如意です。日頃の恨みがこもっているようで、思いの外、傷が深くなりました」


「いえいえ。私が本気なら、今ごろ仏さまになられていたところですよ」


「なんでまた……そんなことを……」


 運慶さまは私の手を取った。

 他がついているのも気にしていないようだ。


「驚かせてごめんなさい。でも、あの石頭を納得させるには、こうするしかなかったんです」


「どういうことですか?」


「貴方には人を救う能力がある、ということです」


 運慶さまは脇腹に視線を向ける。

 すっかりと血が止まっているようだ。


「さすがの湛慶も、このような力を持つ者を牢屋に閉じ込めておくわけにはいかないでしょう。それは国にとって損失ですからね」


 私は恐縮するしかない。そして何より、罪悪感が心の中の大部分を支配していた。


「突然やって来た私のために運慶さまのお体を傷つけさせてしまい、なんとお詫びしたらいいか……」


「沙羅さんが気に病む必要はありません。これは私が勝手行ったことです。それに言ったはずですよ。阿の国の民は、この運慶が護る、と」


 それに、と運慶さまは続けた。


「沙羅さんの能力を体験して、確信できました」


 私を真っ直ぐに見つめる。

 その目には揺るぎない意志がみなぎっているように思えた。


「貴方は『佛師殺し』の犯人、行道の孫ですね?」

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