第十五話 魂師殺し
「何をやらかしたんだい? お嬢ちゃん」
不意に背後から声をかけられる。
驚いて振り返ると男性がいた。
立膝をした状態で、石の床に座っている。
年齢は二十代の半ばから三十代といったことろか。
髪は銀色で瞳はブルー。
真っ白な肌は一見すると優男、といった印象を受けるが、着物の裾から覗く腕は筋肉質だ。
整った顔立ちには、柔和な表情が浮かんでいる。
「い、いつからそこに?」
驚く私を見て、男性は白い歯を見せ肩を揺すった。
「いつからって、こっちの方が先客なんだけどな」
「そ、そうですよね……すみません」
「で、どうしてまた、お嬢ちゃんのような子が、こんなところに放り込まれたんだい?」
「わ、私もよくわからなくて……」
「よくわからないのに、牢屋にぶち込まれたってことかい? それはまた災難だったな」
「ただ、阿の国で起こった事件と、どうやら私の体質が関係しているみたいな感じで……よくわからないんですけど」
すると男性は「なるほど」とうなずいたのだった。
たったこれだけで話が通じたらしい。
やはり「阿の国での事件」と言えばすぐに思い当たるほど、例の「魂師殺し」は、この国の人たちの心に深い傷を負わせているようだ。
「もしかしてお嬢ちゃんは、土粉を素手で触れるっていう、異世界から来た沙羅って子かい?」
「ど、どうしてそれを?」
「やっぱりそうか」
男性は今までの軽快さとは対照的に、重苦しいため息をついた。
「実は過去にもいたんだよ。お嬢ちゃんと同じように、異世界から来た奴がな。ソイツもやはり、土粉を素手で触ることができたんだ」
「もしかしてその人って……」
「お察しの通りだ。ソイツは相棒の魂師を殺し、今も姿をくらましている」
男性は「困ったもんだ」と続ける。
「つまりお嬢ちゃんは『魂師殺し』の犯人の身内、もしくは何かしらの繋がりがあるかもしれないと疑われてるってわけだ」
「そうなんですね……」
「怒らないのかい? 『私には関係ないじゃん!』って、あの堅物に蹴りでも入れてやりゃいいのに」
堅物とは、きっと湛慶のことを言ってるのだろう。私は苦笑する。
「確かに私には身に覚えがないですけど……逆の立場だったら、やっぱり無実が証明できるまでは怖くて近寄れないかな、とも思うんですよ」
異世界からやって来て、犯罪を犯した人物と同じ人種、となれば警戒されても無理はない。
「お嬢ちゃん、いい子だな」
「いえ、そんなことはないです──って、あれ?」
「どうした?」
「だったらどうして、周りの人たちは私に対して普通に接してくれてたんでしょう? 特に峯曹家の人たちからすると、私はお婆さまを殺した犯人の血縁かもしれないわけですし……」
「ああ、それは『魂師殺し』の犯人の特異体質のことは、運慶を含め、一部の者にしか明かされていないからだよ」
「なぜです?」
「瑠璃姫の祖父──つまり先代の運慶が箝口令を出したんだ。特異体質に関して誤解が生まれると、少数の一族が差別を受けるかもしれないと危惧したってわけだ」
「コホンッ」
咳払いが聞こえ、ハッと振り返る。
湛慶が牢屋にもたれかかっていたのだ。
「余計なことは言わないようにと、伝えたはずですが」
てっきり私に言ったのだと思っていたら、どうやらこちらの男性に向けての言葉だったようだ。
クツクツと男性は笑う。
「何言ってやがる。お嬢ちゃんにこの話をさせるために、わざわざ俺と同じ牢屋に入れたんだろうが」
「そっちこそ何を言ってるんです。俺がなぜそんなことをしなきゃならないんですか」
「決まってるだろ」
男性は薄い唇の端を持ち上げた。
「お前だってあの『魂師殺し』は、疑問に感じてるんだろ?」
「さあ。なんのことだかわかりませんね。アナタとこの娘を同じ牢屋に入れたのは、他に空きがなかっただけですから」
「嘘つけ。戻って来たのも、お嬢ちゃんの様子を見に来たんだろ?」
「え? 私のことを心配してくれたんですか?」
「勘違いするな。俺はただ、ネズミが紛れ込んでいるんで排除しに来ただけだ」
「ネズミ?」
湛慶は床に落ちている石を拾うと、親指で弾く。それは壁に向かって飛んでいく。
ところが、石は壁にぶつかったところで静止する。
「い、石が浮いてる!?」
私が目を見開いていたら、やがて壁から人が現れる。
「双樹!?」
石が浮いているのではなく、双樹がキャッチしたのだった。
「どうしてこのに!?」
「私たちもいますわよ!」
「結ちゃん、それに夏くんまで!」
双樹はキャッチした石を握りしめる。
「言っただろ、沙羅。お前は俺の大切な佛師だって」