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第十四話 投獄

 運慶さまは口に手を添えると「オホホホ!」と笑う。

 楽しげな笑い声とは裏腹に、この場の空気を切り裂いた。一気に緊迫感が増した気がする。


「驚きました。起きたまま寝言を言うマヌケがいるなんてね」


 美しい見た目とは裏腹に、口の方はかなり奔放な方だ。

 如意とのやり取りといい、本当に阿の国で一番偉い人なのかと疑いたくなる。

 が、私を守るため、見るからに屈強な湛慶の前に立ちはだかり、一歩も引かずに睨み合っているのだ。その姿は、さすがというべきだろう。


 カ、カッコいい!


 運慶さまの背中に見惚れるばかりだ。


 双樹の母親である成美さんが、運慶さまをうっとりとした目で語っていたのもうなずける。


「こちらのお嬢さんは、私のお客さまです。勝手な振る舞いは、この阿の国の長である運慶が許しませんよ」


「貴様こそ寝ぼけたことをぬかすな!」


 湛慶が距離を詰めてくると、運慶さまを見下ろす。

 二人のつま先が、今にも触れ合いそうだった。


「我々『曼荼羅(まんだら)警務部隊』は、運慶の統括外であり、独立した組織だ。つまり貴様に命令する権限はない」


「そんなこと関係ないわ」


「何だと!?」


「この阿の国の民はすべて私が護る──運慶の名を継いだ時に決めたことです」


 運慶さまの周辺には砂埃が巻き上がる。


「どうしても沙羅さんを連行するというのなら、残念だけど、力づくで阻止することになるわね」


「ほう。面白い」


「やめんか!」


 一触即発といった緊迫した場面に割り込んだのは、腰の曲がった老女だった。

 真っ白になった髪の毛は後ろで束ねられていて、おぼつかない足取りはいかにも弱々しい印象を受ける。

 だが、たるんだ瞼の間から覗く目には言い知れない迫力があり、単なる老婆ではないことは私でもわかった。


 湛慶は老婆に向き直ると、軽く腰を折り曲げてお辞儀をする。


「これは相談役。わざわざご足労いただき恐縮です」


「一体これは何事か!」


「婆さまには関係ないことよ。引っ込んでてくれる」


「そうはいくまい。湛慶にこの者を捕らえるよう命じたのは他でもなく、この私なのだからな」


「何ですって!?」


「素性もわからぬ者を野放しにしておけぬ。瑠璃(るり)よ。お主も『運慶』の名を継いだ者ならば、まずは国のこと、そして民のことを第一に考えよ」


「沙羅さんが何をしたの!? 第一、彼女は峯曹双樹が召喚した佛師よ。つまり彼女もまた、この阿の国の民よ」


「忘れたわけではあるまい。先代のその甘さが、『例の事件』の遠因を作ることになったのだぞ」


「それは……」


 例の事件とは、おそらく双樹のお婆さまが殺害された事件のことなのだろう、と私は思った。

 同時に、訳もわからず召喚された異世界の地での事件で、私が罪人扱いを受けなければならないのか、まったく理解できないことだった。


「湛慶。構わぬ。その者を捕らえよ」


「承知しました」


「待ちなさい!」


 尚も湛慶の前に立ちはだかろうとしたが、如意がそれを止めた。無言のまま、首を横に振っている。


 運慶さまは口惜しそうに唇を噛む。


 湛慶は横目で運慶さまを見ると、私の前にやって来た。


「さあ、鈴木沙羅。貴様を牢屋に拘束する。素直に従うなら手荒なことをするつもりはない。どうする?」


 てっきり有無を言わさず力強くで押さえ込まれてしまうのかと思っていたが、意外にも紳士な振る舞いだ。

 それでも足元を見ると、肩幅に広げ、つま先に体重がかかっている。いつでも不測の事態に対応できるようにしているというわけだ。


「わ、わかりました……」


 私はうなずく。

 身に覚えのないことで捕まるのは、納得できないことではあった。

 ただ、唯一経験した任務──正確には訓練だが、──で、イヤというほど思い知らされた。

 自分の無力さを。

 だから抵抗したところで、私にできることはない。湛慶が警告していた通り、それこそ力づくで押さえ込まれて終わりだろう。


 何より、従わなければそれはきっと、私をここまで連れて来てくれた運慶さまのお立場を悪くするはずだと思ったのだ。


「沙羅さん!」


「運慶さま。私なら大丈夫です」


「では、行こうか」


 連れ行かれたのは、薄暗い地下だった。

 日がささず、ジメジメとしている。ほんのりとカビ臭い。


「貴様が何者かわかるまで、ここにいてもらう」


 そう言って重々しい鉄格子に鍵をかける。


「な、何でしょうか?」


 湛慶が私を見つめていたので、戸惑ったのだった。


「余計なことは話すな。いいな?」


「よ、余計なこと? どういう意味で──」


 言い終わらないうちに、湛慶はさっさと行ってしまう。


「何なのよ、一体……」


 取り残された私は、呆然とするばかりだった。


 ともかく、こうして私は生まれて初めて投獄されてしまったというわけだ……。

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