第十三話 運慶と如意(にょい)と湛慶(たんけい)と
「あの……私……」
「さあ、沙羅さん。着きましたよ。ここが私の自宅です」
「わ、私……知らなくて……運慶さまに気安くお声をかけてしまい、とんだご無礼を──って、デカッ! ま、まさかここがご自宅!?」
私は目をひん剥いた。
いささか大袈裟な表現だと思われるかもしれないが、目の前に広がる光景を見れば、誰だって同じリアクションをしたはずだ。
まるでどこかの庭園かと思わせる、広大な空間が広がっているのだ。
中央には屋敷らしき建物が見える。
屋敷らしき──と言った理由は、あまりにも大きくて豪華絢爛だったからだ。
重要文化財に指定されている建造物だと言われたとしても、きっと疑わなかっただろう。
住居としてはあまりに大きく荘厳だ。
双樹の屋敷もかなりの豪邸だったが、その比ではない。
「これはこれは運慶さま、今日はとてもお早いお帰りで。一体どういった風の吹き回しで?」
にこやかな笑みを浮かべた男性がやって来た。
スラリとした長身で、長く黒い髪はお尻が隠れるほどだ。
年齢は二十代の半ばといったところだろうか。少女漫画に出て来る美形男子といった雰囲気だ。
運慶さまに向けられた言葉には、棘があったように感じたのは気のせいだろうか。
「出迎え、ご苦労さま」
運慶さまは頬を持ち上げた。
「沙羅さん、紹介しておきますね。この皮肉屋でいけすかない者は、私の従者で、名を如意と言います」
ヒニクヤ デ イケスカナイ?
すると如意という男性は、
「どうもお初にお目にかかります」
と、うやうやしくお辞儀をする。
「粗暴でご自身の立場もわきまえず、護衛の目を盗み屋敷を抜け出す愚かな主を、どうかお許しくださいませ」
運慶さまと如意さんは、どちらも表情こそ微笑んではいるものの、二人の間には火花が散っているようだ。
一言で現すのなら、「犬猿の仲」といったところか。
運慶さま「そうそう」と手を打つ。
「如意。寝ぼけた顔をして突っ立っている暇はありませんよ。コチラの沙羅さんを調べてください。本来なら従者の仕事であるにも関わらず、この私自ら承諾を得ていますので、早急に取りかかってください」
「相変わらず言葉足らずで教養のカケラも感じませんね。まずはコチラの方はどなたかを説明していただきませんと。それにいつもふんぞり返って何もなさらないわけですから、許可を得たくらいでドヤられてもヘソで茶が湧きます」
ここだけ温度が五度ほど低いのではないだろうか。
私は体を震わせる。
ああ、神さま……どうか私を現世にお戻しください……。
二人の間に流れる冷め切った空気は、一体なんなのだろう。そして私はどうすればいいのでしょうか……。
一瞬だけムッとした運慶さまだったが、すぐにまた目を細める。この変わり様が、また恐ろしさを助長しているように感じた。
「コチラは鈴木沙羅さんです。先ほど、『沙羅さん』とお名前を伝えたはずですが。耳にゴミでも詰まってるのでは?」
「ちゃんと聞いておりましたよ。ですが、どちらの『沙羅さん』なのか説明していただかないと」
再び睨み合った後、如意さんは私に向き直る。
「アナタが例の異世界からやって来た『鈴木沙羅』さんなのですね。お初にお目にかかります」
「や、やっぱり、私って有名なんですね……」
「ええ。阿の国は今、沙羅さんの話題でもちきりです。異世界から召喚された佛師である上に、聞くところによると特異な体質なんだとか」
「私自身はよくわからなくて……ただ、土粉や派天の木の樹液に触れられるってだけで、『特異』でもない気がするのですが……それとも他に何かあるんでしょうか?」
「現時点ではまだ何とも言えないですね。それをはっきりさせるために、調べさせていただきたいと思っているのです」
「血とか採るんでしょうか?」
「いえ。沙羅さんが作った武具をいくつか貸していただくだけで事足りますよ」
「そ、そうなんですね、良かった……」
私はリュックから初めて作った「仁王像」と、任務で使った双樹に似せて作った土粉の仏像を渡す。
新しい素材が見つかったら、その場で手直しできるようにと持って来ておいて良かった。
如意さんは手に取ると、興味深く見つめる。
「なるほど。これが沙羅さん作の武具というわけですか」
まじまじと見られ、私はなんとも居心地が悪い。
何度も手を加えたが、造形は一向に良くならず、相変わらず不恰好のままだったからだ。
「如意。どうですか? 『武具医』としての見解は」
「この時点ではまだ何とも言えません。ただ──」
「ただ?」
「やはり触れた感じからすらすると、やはり特異な雰囲気を感じるのは確かですね」
如意さんが言葉を続けようと口を開きかけたその時だ。
「お待ちください!」
門の方から誰かが叫ぶ声が聞こえて来るのだった。
悲壮感が漂っていて、ただ事ではなさそうだ。
「ほう。その女子が例の異端の者か?」
真っ黒な着物に黒光している甲冑を見に纏った男がやって来た。
後ろにはこの屋敷の使用人だろうか、女性が「お待ちください!」と叫んでいる。
「運慶さまの許可なくここに立ち入られても困ります!」
すると男はギロリとニラむ。
使用人の女性は青ざめるのだった。
「貴様、誰に口を聞いているのかわかっているのか」
「相変わらず態度がデカいですね、湛慶」
運慶さまが目配せすると、使用人の女性はお辞儀をして下がるのだった。
使用人の女性がいなくなったのを確認すると、芝居がかった感じで頭を振って見せる。
「女性の自宅を訪ねる際は、事前に連絡するものですよ。そんなだからアナタはモテないのです」
「やかましい。俺は貴様に用があって来たのではない」
湛慶の視線が私に向けられる。その瞬間、背筋に悪寒が走った。
友好的な雰囲気でなかったからでもあるのだが、それ以上に私を捉える湛慶の視線には、鬼気迫るほどの殺気が宿っていたからだ。
私はまさに蛇に睨まれたカエル状態で、足がすくんでしまうのだった。
湛慶がこちらに向かって歩いて来る。
「俺は女に用があって来た。この女は罪人だ。捕縛する」
ザイニン? ホバク?