第十一話 沙羅の秘密
「こ、こんな時になんの冗談よ……」
「冗談なんかじゃねえよ!」
双樹はA級武具を手の中でもて遊ぶ。
「もう我慢の限界なんだよ!」
牢屋にいる先生たちに視線を向けた。
「婆ちゃんを殺した犯人は、いつまで経っても見つからねえ。調査してるって話だが、本当かどうか怪しいもんだ」
「だからって……」
「フリーになりゃあ、国境も位も関係ない。如来にならなくても、好きなところに行って、好きなように犯人探しができる」
双樹は悟たちのところへ行く。
「俺を仲間にしてくれ。この武具が手土産だ。それから阿の国の入国暗号も教える」
「ハッハー! お前、なかなか使えるガキだな!」
「だったら俺を仲間に入れてくれるのか?」
「そうだな。サトリ」
「ハッ! いいぜ、仲間にしてやるよ」
「本当か!」
「ああ、ただしあの世でな!」
そう言うが早いか、悟は短刀で双樹の胸を貫いたのだった。
「な、なんで……」
「ハッハー! 馬鹿か。お前のようなガキは足手まといなんだよ」
「ハッ! そういうわけだ。悪く思う──!?」
「どうした?」
双樹の体に触れる悟。
そしてすぐに異変に気がつく。双樹に触れた手がベタつくからだろう。
やがて双樹と思われた『それ』はドロドロと崩れていくのだった。
「サトリ! これは罠だ! 逃げろ!」
「そうはさせるかよ!」
木の中から『本物の双樹』が現れる。
「いつの間にそんなところに隠れてやがった!」
この木は夏くんが作った武具で、結ちゃんが魂入れを行ったものだ。頃合いをみて双樹は身を隠し、私が作った武具の『双樹』と入れ替わっていたというわけだ。
実はこの作戦、昨晩みんなで打ち合わせをしていたのだった。
「逃しませんことよ!」
「覚悟しろ!」
双樹と結ちゃん、夏くんとそして私は悟悟に体当たりを食らわせる。
バランスを崩した二人は「土粉」で作った双樹を模った(すでに見る影もないが)に突っ込むのだった。
「な、なんだこれは! ベタついて動けねえぞ」
「ハッ! こんなガキどもにしてやられるとは」
すると拍手が聞こえる。
振り返ると、三千大先生だ。隣にいる千世界先生も満足そうにうなずいてるのだった。
「ふあぁ。まあ、色々ツッコミどころはあるけど、こんなものかな」
「だな」
私たちはキョトンするばかりだ。
「おいおい。早くこれをなんとかしてくれよ」
「そうよ。これって『土粉』で作ってるんでしょ? 肌が荒れちゃうわ」
私たちは訳が分からず、先生たちと悟悟を交互に見る。
「ふあぁ。これが今回の『天』昇格試験ね」
「ええ!?」
私たちへ揃って素っ頓狂な声を上げた。
「し、試験って……そんなの聞いてないんですけど」
「当たり前だろ。これは抜き打ちなんだからな。どんな状況にも臨機応変に対処できるかを見るための試験なんだ」
「ということは、こちらのお二人は──」
「ふあぁ。俺たちと同じ阿の国に先生だ。もちろん信さんもね」
「そ、そうなんですか!?」
「ところで先生方」
「ん? どうした、花厳」
「結局、わたくしたちの試験の結果は──」
「ふあぁ。まあ、合格ってことでいいだろう」
「てことは俺たち、『天』ってことですか!?」
「ああ。おめでとう。これでお前たちも正式な仏総だ」
「やったぜ!」
「やりましたわ! ねえ、沙羅ちゃん!」
「うん!」
「お嬢、オレともハイタッチしてくれよ!」
喜ぶ私たちを横目で見ながら、先生たちが何やら顔を突き合わせている。
「サン先輩」
「ふあぁ。サトルくん、ご苦労さま。悪者役、板についてよ」
「そりゃどうも。ところでアレは大丈夫なんですか?」
「アレとは?」
「とぼけないでくださいよ。人型の武具に神入れするのは『開眼』って言う『禁術』では?」
「アレ、人型に見えたか?」
「ま、まあ……造形はかなり酷かったですね。事前に先輩が盗み聞きした生徒たちの作戦を教えてもらってなかったら、爆笑してしまうところでした」
「だろ? お世辞にもアレは人型と呼べる代物じゃない。動物かもしくは物ってことでいいだろ?」
「生徒に甘いんだから」
「事実を言ってるだけだよ。何より、『開眼』を禁術としているのは、死体や生きてる人間を使った場合だ。土粉を使ってる分にはセーフだよ」
「まあ、そうなんですけどね……」
「じゃ、これはどう思います?」
今度は悟がやって来る。
着物の袖を捲り上げて、三千大と千世界に見せた。
「彼女が作った土粉の武具に触れたところが荒れるどころか、傷が治ってるんです」
「サン先輩。魂入れをすると自我を持って動く人型の仏像を作ることができ、土粉を使うと回復効果を持つ武具を作れるって、これじゃあまるで──」
三千大は欠伸をし、苛立ったように頭をかいた。
「あの忌まわしき『魂師殺し』の犯人と同じ一族かもしれないって言いたいんだろ?」
「かもしれないじゃなくて、同じ一族か血縁でないと説明できないと思いますが」
「そうとも言い切れないさ。鈴木は俺たちの知らない国から召喚されてきたんだからな」
「確か、例の犯人も知らない国から召喚されたはずですが」
「わかってるよ。だからこのことは運慶さまの耳に入れる。どう対処するかは、その後だ」
先生たちがそんな話をしているだなんて、私は知る由もなかったのだった……。