第4話:王女と聖女の距離
ヒカリ・ノダが王国に降臨してから、わずか数か月——。
彼女の影響力は驚異的な速さで広がっていた。
国民たちは「聖女様」と称え、貴族たちは彼女に忠誠を誓い、そして……ヴァルヒーヌ王子は彼女を守るべき存在として、ますます彼女に心を寄せていった。
その様子を見ていたエレシア・ノマレードは、静かに微笑みながらも、どこか遠い世界を見つめていた。
——この国は、私を必要としていない。
そんな思いが、日々確信に変わっていく。
「エレシア様、お茶会の準備が整いました」
侍女の言葉に頷き、エレシアは王宮の庭園へと向かった。
そこには既に、純白のドレスを纏ったヒカリが優雅に腰を下ろしていた。
ヒカリの周囲には貴族令嬢たちが集まり、まるで光を求める蝶のように彼女を取り囲んでいた。
「まあ、エレシア王女! お待ちしていましたわ!」
ヒカリがにこやかに微笑み、エレシアに手を差し出した。
エレシアはその手を取りながら、作り笑いを浮かべる。
「お待たせしてしまってごめんなさいね、聖女様」
「いいえ、私などよりも、王女様のほうがこの国にとってずっと重要な存在ですわ」
ヒカリはそう言いながら、どこか挑発的な笑みを浮かべた。
周囲の貴族たちがくすくすと笑う。
——まるで、エレシアの立場を揶揄するかのように。
エレシアは気にした素振りも見せず、優雅に席についた。
「それで、今日はどのようなお話を?」
「ええ、皆で国の未来について語り合っていたのですわ」
ヒカリが微笑む。
「この国にはもっと“聖女の教え”を広めるべきだと……そう思いませんか?」
エレシアは静かに紅茶を口に運びながら、その言葉を吟味した。
「聖女の教え……?」
「ええ。この国を導くべきは王族だけでなく、聖女も同じです。私は、この国を“救う”ためにここにいるのですから」
その言葉を聞いた瞬間、エレシアの指が僅かに震えた。
——まるで、この国の未来は“聖女”が決めるものだとでも言わんばかりの言い方。
それを否定する者は、もはやこの場にはいない。
「……素晴らしい考えですわ、聖女様」
エレシアはゆっくりと微笑んだ。
しかし、その笑みの奥にある感情は、誰にも悟られることはなかった。
——彼女は、どこまでこの国を侵食するつもりなのか?