第1話:再来の聖女
光が差し込む静謐な部屋で、一人の少女が目を覚ました。
心臓の鼓動が、遠くから響くように感じる。温かくもなく、冷たくもない。ただ、確かに生きている感覚があった。
——私は、死んだはずだった。
処刑台の冷たい石の感触、鋭く振り下ろされた刃の煌めき。
そして、王子が告げた「裏切り者」の烙印——。
エレシア・ノマレードは死んだ。
王子が愛した聖女を暗殺しようとした罪を着せられ、民衆の憎しみを浴びながら処刑された。
だが、今目を開けた彼女の視界には、あの暗く絶望的な光景ではなく、純白の天井が映っていた。
「……ここは?」
口にした声は、かつてのものとは違っていた。以前よりもわずかに高く、若々しい響きを持っている。
ゆっくりと上半身を起こし、自分の手を見下ろす。かつて王女として生きた時よりも、小さく華奢な指先。肌は滑らかで、まるで生まれ変わったかのようだった。
——生まれ変わった?
その瞬間、扉が静かに開かれた。
「目が覚めましたか、聖女様」
柔らかな声が響く。
そこに立っていたのは、純白の衣を纏った侍女だった。彼女は恭しく一礼しながら、優しい微笑みを浮かべている。
「……聖女?」
「はい。貴女は新たなる聖女、エレルア・ガージアス様としてお生まれになりました」
エレルア・ガージアス——それが、この体の名なのか。
エレは侍女を見つめながら、ゆっくりと情報を整理する。
かつて自分を死へと追いやったヒューダリア王国。そこで再び目を覚ました。しかも、王子が選んだ”第1聖女”、ヒカリ・ノダに次ぐ“第2の聖女”として。
なんという皮肉だろう。
「私が聖女……ふふ、面白い」
口元に冷たい微笑みが浮かぶ。
侍女はその表情に一瞬驚いたようだったが、すぐに態勢を立て直し、穏やかな声で続けた。
「ええ、聖女様の力はまだ未知数ですが……どうか、王国のためにお力をお貸しください」
王国のために——?
エレの紫色の瞳が冷たく細められる。
王国のために尽くす? それは違う。
彼女が生きる理由はただ一つ。
この国を、そして自分を処刑した王子を、地獄の底へ突き落とすこと。
「……私の力が、本当に王国の役に立つかどうかは、これから分かることよ」
エレは静かに立ち上がり、窓の外を見た。
王城の敷地内はかつてよりも活気がなく、どこか沈んでいるように見える。
——聖女ヒカリが導く王国。
その結果が、これなのだろう。
ならば、私はどうするべきか?
答えは、すでに決まっていた。
「……見せてもらうわ。この国の”現状”を」
この転生は、単なる偶然ではない。
これは復讐のための”機会”なのだから。
エレルア・ガージアス——かつて王女であった少女は、静かに微笑んだ。
その瞳には、かつてとは違う冷徹な光が宿っていた。