第四章 疑惑
「そう……じゃあ引き続き頼むよ」
レイゼルは報告に来たロードサージェントに向かってシッシッと手を振った。
深々と頭を下げて部屋を後にしたロードサージェントの背中を扉が閉まるまで見つめた後、バタンと鳴る音と共に浅く息を吐いた。
ロードサージェントの本部にある四番隊隊長室はクラシカルな装飾が施されていて、壁には文献で埋め尽くされた本棚に装備品の数々、大仰な机と椅子の背後にある大きな窓からは陽が入りやすい作りになっている。
一見、狙い撃ちされやすそうな作りもロードサージェントが持つ自信の現れだった。事実、狙撃をされても当たった者は一人もいない。いつからか、そんな事を画策する者もいなくなって久しかった。
机に肩肘をついて顎を支える。レイゼルは一頻り何かを考えた後、思い立ったように部屋を後にした。
本部は強固で広大な作り。隊長、隊員含めて十三隊分の部屋が用意されているので、普段ならそこいら中にロードサージェントの姿が見られたが今は姿は疎か、物音もほとんど聞こえない。
レイゼルが率いる四番隊以外は全ての隊が出払っていた。四番隊は先の戦いで被害を被っていたため、唯一待機を命ぜられていた。それでも、四番隊の三分の二(無傷、軽傷者に限る)は出払っているのだから非常事態と言えよう。
レイゼルは地下へ降り立つ。公表されていない地下四階。ここは電気が通っていないため、明かりは等間隔に灯してある火の光のみ。薄暗い地下牢のフロアだった。
外観はもちろん地下三階までは綺麗な装飾が嫌味のない程度に施されている主張こそないものの華やかな造りの本部。しかし、この一つ下はまるで時代が逆行したように文明が感じられない造りになっていた。
剥き出しになったイビツな石で敷き詰められた床にレイゼルの足音が大げさに響く。
右側にずっと並んでいる地下牢のほとんどは空っぽ。まるで廃墟のような光景に冷ややかな空気が流れている。
しばらく進むと、一人のロードサージェントが左側の壁に背をつけて立っていた。足音はずっと前からその耳に届いているのに、その者は真っ直ぐ目の前の牢から視線を外さない。
レイゼルは微笑みながらその者の肩に手を置く。
「ちょっと外してくれるかな?」
レイゼルの言葉に敬礼するとその者はレイゼルが来た道へと消えていった。結局、一回も視線を合わさないまま去って行ったが、レイゼルは気にもしない。彼の行動は命令に従っているだけなのだ。
レイゼルは壁のたいまつを一つ取って檻の側に置く。そしてその場に片膝を立てたまま腰を下ろしてボヤッと浮かび上がる牢の中にうずくまっている者に話しかけた。
「やぁ。久しぶりだね。一ヶ月ぶりかな? 元気だった?」
レイゼルの言葉に反応はない。両膝を抱えたまま顔を埋めているその者は隅から少しも動かなかった。
「何かあんまり食事を摂ってないって聞いたけど?」
レイゼルは気にせず話を続ける。ゆらゆらと揺れる明かりがその微笑みを照らしていた。
「ダメだよ。ちゃんと食事を取らなきゃ。でなきゃ君の命を救った俺の面目が丸つぶれだ」
「……何で」
うずくまっている者がようやく口を開く。埋めた顔をゆっくりと上げて、まるで初めて声を出すように細い声でレイゼルに視線を向けて問う。
「何で……私は……生きてるの? ……何で私を殺さないの?」
清廉な顔は薄汚れていても尚、その美しさを失わない。綺麗な金髪は風に揺れる事も無くダランと垂れ下がっているが絹のように細くゆれる光を反射するように輝きを失っていない。
顔を上げ、レイゼルを真っ直ぐ見つめる眼差しは冷涼で今だ強さを奥に秘めていた。
顔を上げた美女は、あの日レイゼルに捕まった、ユナ・セレスティだった。
「殺さないと判断した訳じゃない。用が済んだらその後は俺にも分からないよ。まぁそれも俺次第なんだけどさ」
「ふざけないでよ……!」
キッと睨みつけるユナにレイゼルは微笑みを崩さない。視線を外さずに二人は対照的な表情で向かい合っていた。
あの日、自ら捕まりに出たユナには覚悟があった。
イレインには嘘をついた。でないと何としても止めようとするだろうから。
ユナには分かっていた。自分は恐らく処刑される。あれだけの大事を起こした大犯罪者をみすみす生かしておくような国じゃない。世界じゃない。それでも二人が捕まってしまうよりは良い。イレインはああ言っていたが、ユナにはレイゼルが果たして本当にイレインを殺す気がないのかまだ疑問だった。もし、計算違いでイレインまで殺されてしまっては世界はきっと終わる。それなら、とユナは考えつく中で最良の方法をとった。自らの死と引き換えに一つの希望を残そうとしたのだった。
しかし、計算違いは思わぬ所で起こった。
本部に連行されたユナは直ぐには処刑されずにあるはずのない地下四階に幽閉された。それでも、期日が決まり次第直ぐに執行されるものだと思っていたのだが、一向にそんな動きのないまま一ヶ月が経っていた。何の情報もないまま、ただ死を待っていた時間がいつしか疑惑に変わっていった。
いくらなんでもおかしい。期日なんて恐らく二、三日で決まるはずなのに。
それでも、今、自分の身に何が起こっているのかを知る術もないままジッと起こりうる事象を頭の中でいくつも予想しているしかなかった。
「これでも君が心配で来たんだけどね。じゃあその質問に答える代わりに俺の言う事を一つ聞いてもらおうかな」
「……何よ」
「食事をちゃんと摂る。簡単だろ?」
レイゼルは手の平を上に向けて鼻で笑った。
「どうだろ? 赤子でも出来る事だけど?」
「……わかったわよ」
ユナはレイゼルの要求をのんだ。そんな下らない要求を出されただけでも屈辱だったが、やっと巡ってきた情報源を逃す手はない。まるでバカにするように笑うレイゼルを睨みつけながらユナは答えを待った。
「よし。取引成立だ。えっと何で殺さないのか? 何でまだ生かされているのか? だよね。答えは簡単。俺が進言したんだよ。捕まえたのは俺だからね。処刑は俺にやらせてくれって。それにまだ利用価値があるから、それが無くなるまでは俺の支配下に置かせて欲しいってね」
「何それ……利用価値?」
「結構大変だったんだよ? 上のお固い連中は直ぐにでも処刑するべきだってうるさくてさ。でも、俺には今までの功績もあるし信頼の厚いグレイヤード家の人間だからね。何とか押し切ったよ。だから君の命は今、僕が握ってるに等しい」
「質問に答えなさいよ! 何よ利用価値って!」
ユナは檻越しにレイゼルに詰め寄る。掴んだ檻は冷たく、それでいて頑丈だった。ビクともしない檻を力強く握りしめながらユナは頭に浮かんだ嫌な考えの確証を欲した。
「まさか、イレインを誘う囮じゃないでしょうね……?」
レイゼルにとって、今の自分の利用価値などそれくらいしかない。だとしたら何と本末転倒な結果だろうか。助ける為に捕まったのに結局、誘い出す餌へと変わってしまったのならそれこそ死んだ方がマシだ。
「君って結構、激情家なんだね。少しイメージと違ったな」
レイゼルは檻越しに詰め寄ったユナの顔を指差す。
「まぁその通りかな。君は人質だ。恐らくあのバカな弟の事だから君の処刑の情報が回らない限りは生きていると信じて助けに来るはずさ。でも、なかなか尻尾をつかませないんだよな。もしかしたら君は見放されちゃったのかもね」
レイゼルの言葉にユナは安堵する。見放してくれたのなら幸いだ。そうでなければ自分のした行動の意味がない。こんな本部に来るなんて無謀にも程がある。切り替えて自分自身に確率を絞れば逃げ延びれるかも知れないが、これで自分まで救おうと言うのなら、それはきっとあの日と同じような、もしくはそれよりもっとヒドい結果が待っているだろう。
助けになんか来なくて良い。もう、足を引っ張るのはゴメンだった。
「何だか嬉しそうだね?」
レイゼルは檻の中に手を伸ばし、ユナの顎を掴んで興味深そうに眺めた。
「早く……殺しなさいよ」
直ぐに表情を変え自分を睨みつけるユナにレイゼルは無邪気に笑う。
「殺さないよ。まだ死なせるわけにはいかない。それに君を助けたのにはもう一つ理由があるんだ」
「り……ゆう?」
ユナから手を離し、レイゼルは間に置いた灯りを手に取って何かを思い出すような表情で眺めた。ゆらめく光に浮かんだ顔が少しだけイレインを思い起こさせた。
「教えてくれたろ? 病院の場所。そのお礼さ」
「え? それって……それだけ?」
「それだけだよ」
レイゼルは立ち上がり、呆気にとられたユナの顔に灯りを近づける。
「うん。これからはちょくちょく来るとしよう。約束、ちゃんと守ってね。ちゃんと食事を取る事。それでもう少し元気になったら、その時はもっと色んな話をしよう。俺はね、君に少し興味があるんだ」
正直、君の価値をまだ計りかねているんだよ。と言ってレイゼルは灯りを壁に戻すと闇に消えていった。程なくしてロードサージェントが戻ってきて、レイゼルの足音も聞こえなくなった。
暗い地下牢の中は無音に等しい。外部の音が聞こえないと、内部の音、つまり自分の体内の音が良く聞こえるようになる。とりわけ心臓の鼓動は良く聞こえた。
少しだけ高鳴っている鼓動。理由は分からなかったが、探るのはやめておいた。
地下牢での生活に決まり事のようなものはなかった。毎日、三食分の食事が運ばれるくらいで他に接触はない。食べても食べなくてもキッカリ一時間で食事は下げられた。
何をしていてもいい。
この不自由な場所での自由さがユナを苦しめた。
何もない狭い空間で何をしていてもいいと言われても、何も出来ない。そう、ユナは何も出来なかった。ただ頭の中で思考を巡らせる事しか出来ない。脱走のアイデアなんて思い浮かびもしなかった。自分の無力さを思い知る毎日に嫌気がさす。何かなければ何も出来ない自分。
自分の能力だと言うのにまるで使いこなせていないイレインを陰ながら操っていた気だった自分がいなければ何も出来ないと思っていた。
だが、実際は違った。
何も出来ないのは自分だ。自分はイレインに頼りっきりで、道具がなければ何のキッカケも掴めない。イレインがいなければ何も出来ない。
それを痛感したら、食事も喉を通らなくなった。自分の必要性を感じなくなった。むしろ死んでしまった方が人質にもならなくて済むのだから幾分マシと言えよう。
そんな考えが浮かんで日々を過ごし始めた頃にレイゼルが現れ、死なせないと言った。
まだ死なせる訳にはいかない。と。
いまだ腹の底が見えないレイゼルが恐ろしくもあったが、その言葉は妙に残っていた。
深く考えようとはしない。だが、出された昼食を約束通り口にした。久しぶりの食事が思いもよらぬ美味に感じて、また自分が情けなくなったが約束通りしっかりと平らげた。
「————うん。大分顔色が良くなったんじゃない?」
「……この距離をそんな灯り一つで顔色まで、良く分かるわね」
レイゼルは言葉通り、二日置き程度に様子を見に来るようになった。初めは隅にうずくまり、なかなか会話をしようとしなかったユナもそれが二週間も過ぎると、相変わらず隅に座っていたが、顔を上げて返事だけはするようになった。
「血筋のせいか、眼が利くんだよ。あのバカもそうだったろ?」
レイゼルの金色に光る眼がゆらゆらと揺れる火に照らされてまるで宝石のようだった。
「イレイン……あなた、イレインをどうしたいの?」
「お、ようやく質問してくれるようになったね。元気になったからか心を開いてくれたからか。まぁどっちでもいいか。でもね、俺は『あなた』じゃなくてレイゼルって名前があるんだ」
「だから何よ?」
「ははは。そう睨むなよ。ちゃんと名前で読んでくれたら答えない事もないけどって話だよ」
レイゼルは肩をすくめた。ユナは一度、視線を外して何かを考えるとまたレイゼルに顔を向けて小さく口を動かした。
「……レイゼル」
「ん? 何て言った?」
ユナはギッと歯を食いしばり拳を握る。
「レイゼル! あなたはイレインをどうしようとしてるのかしら?」
「うんうん。よろしい。まあそうだなぁ、正直自分でも分かんなくなってきたんだよね」
「はぁ?」
「何だかどうでも良くなってきたって言うかさ。このまま現れなきゃそれでも良いかなってね」
「……じゃあ早く私を殺したら?」
「それは出来ないよ」
ユナは拳を床に叩き付ける。
「なんで!」
「言っただろ? 君に興味があるって。計りかねてるってさ。それもだんだん分かってきてはいるんだけどね」
「なら早い所、計り切って欲しいわね」
レイゼルはそっぽを向いたまま動かなくなったユナをしばらく見つめた後、ゆっくりと立ち上がり灯りを戻した。
「ま、計り切った結果が『殺す』事になるかはわからないよ」
レイゼルの足音は暗闇に消えていく。真っ暗な壁を睨みつけながらユナはまた床を叩いた。
レイゼルの思惑がまるで掴めず、苛立ちを抑えられなかった。
久しぶりの感覚。人より圧倒的に理解力のあるユナは理解出来ないものに遭遇する機会があまりない。研究者の性から、考えたくもないのにレイゼルの事を考えてしまう。思惑を探ってしまう。それが悔しくて気持ち悪くて、それでも抗えなくて悪循環のように苛立ちは増した。
それからもレイゼルはユナの元を訪れては様々な話をした。それはイレインの話もレイゼルのロードサージェント時代の話も、父と母の話などの身の上話はもちろん、今まで見てきた世界の話、さまざまな伝承から科学、非科学の話まで多岐にわたっていた。
レイゼルの博学ぶりが伺えた。ユナの知らない話も沢山あった。そんな時はつい、質問をしてしまい、それをレイゼルは楽しそうに答えた。
葛藤は拭えないまま、日を重ねた。ユナにとってレイゼルが善なのか悪なのかわからない。
それでも、徐々に会話が増えていった。ただ、レイゼルの質問には一切答えず黙秘を貫く。
そうは言っても信頼には足らなかった。
「今日はね。しばしのお別れを言いに来たんだ」
「え?」
ユナが幽閉されて二ヶ月が経った頃、いつものように現れたレイゼルは笑顔を崩さずにユナに話した。
「実はさ、今けっこう国がって言うか世界が荒れててね。あのザイバルで発見されたウイルス。今はエルフウイルス何て呼ばれているんだけど。それが世界中に広まっててさ。被害はまだそこまでなんだけどね。俺達ロードサージェントが何とかしてるから。でも、やっぱり勢力は弱まらなくて、とうとう俺も呼ばれちゃった。残念だけど……でもさーなんか変だよね? ウイルスなのに妖精だなんて。どうやらその実態を掴ませないって所からきているみたいなんだけど、それでももう少しセンスが欲しい所だ」
「ちょ……ちょっと待ってよ。何を言ってるの?」
レイゼルは首を傾げる。檻越しに詰め寄ったユナを不思議そうに見つめた。
「あれ? 君らしくないね? いつもなら一聞いて百知るくらいの理解力なのに。だから俗に言うウイルスパニックってやつだよ。聞いた事無い?」
「そうじゃない! そうじゃないわよ! だってあのウイルスにはもう特効薬があるでしょ? なんで今、そのエルフウイルスが蔓延してウイルスパニックになんてなっているのよ?」
「特効薬?」
ユナは頷く。檻を掴む手にジワッと汗が滲んだ。
「なんのこと? だから言ってるじゃないか。未だに実態が掴めていないって。特効薬どころかほとんど謎のままなんだよ。まったく、今日は本当に君らしくないな」
ユナの反応が不思議で仕方ないレイゼルは金色の眼をパチパチさせながら俯き加減なユナの顔を覗いた。
「何で……何でよ? ねぇレイゼル」
「なんだい?」
「エ……エンバール夫妻はあれからどうしてるの? あのウイルスの犠牲者になった両親は何か発表したりとかしてないの?」
「あー。そう言えばあれから行方不明なんだよね。君が姿を現してイレインを取り逃がした騒動が済んでみたらパッタリ影も形も無くなってた。幸い、犠牲者の女の子は残されていたから死体はすぐに研究所へ送ったけどね」
「そんな……アリサ……ね、ねぇ! それから、それから夫妻は見つかってないの?」
「捜索をしようにも人手が足りないんだ。優先順位があるからね」
「レイゼル! 直ぐに夫妻を捜して!」
「無茶言うなよ。そりゃ心配なのはわかるけどさ。もう回せる人員は一人も残ってないんだ」
ごめんね。と少し申し訳なさそうな顔で立ち上がり、灯りを手に取る。
「待って! お願い! エンバール夫妻を早急に探して! じゃないと……」
「じゃないと?」
「世界が……危ない」
嘆願するユナの顔を見下ろしてレイゼルはつまらなそうに浅く溜め息をついた。
「世界が危ない……か。そういう言葉はあんまり好きじゃないんだ。ほんとさ、君って少し俺達の母親に似てる所があるよ。前から思ってた事だけどね。そう言う所は何だか好きになれないな」
「ちょっとレイゼル! 今はそんな事言ってる場合じゃないのよ! あなたのお母さんがどうとかじゃなくて本当に……!」
ユナは言葉を詰まらす。全てを話すべきなのか迷ってしまった。この男を信用して良いのだろうか。もしやこれも情報を自分から抜き出す為の作戦ではないだろうか。と疑心暗鬼になってしまい、言葉が出ない。
「何を言いたいのかわからないけど、もう時間だ。失礼するよ。それとね、君が心配している世界だけど多分、大丈夫だと思うよ」
「レイゼル! ちがっ!」
「いいから落ち着いて。あの少女が送られた研究所は医学の権威、世界で一番ウイルスに強いあのベールハイト博士がいる研究所だ。昔、君が居た世界最高峰の研究所だよ。だから安心しなよ。そのうち薬も精製されて事なきを得るよ。それとも君は恩師が信じられないのかい?」
「ベールハイト……博士?」
「そ。だからそんなに焦らなくて良いよ。落ち着いたらエンバール夫妻も捜索してあげるから。じゃあね」
レイゼルは灯りを壁にかけると足早に去って行った。本当にギリギリまでユナと話していた。
「ベールハイト博士……」
ユナはその場から動かず檻を掴んだまま、まるでイレインのようにブツブツと言葉を呟いた。
安心しろと言って教えてくれた情報は逆にユナの心に疑惑を生んでいた。
その日、ユナは久しぶりに食事に手を付けなかった。むしろ視界にも入っていなかった。ただ、ひたすら考えを巡らせて点と点を繋げる。ありえもしないような考えも捻りだして、一体今何が起こっているのかを推察した。食事どころか睡眠すらもとらずに。
「————もう。これじゃどうしたって推測の域を出ないわ。それに選択肢が多過ぎる」
抱えていた頭を解放して天井を見上げる。一体何時間ぶっ続けで考えていたのだろうか。考え得る事象を全て捻りだして、有力な説をいくつかピックアップするが結局どれも確信を得るには至らずまたイレインの存在がどれだけ重要だったか思い知らされた。
考えたくない事まで考えた。有り得ないと言うより、有り得て欲しくないと願う道筋。
だが、それは皮肉にも有力な説の一つだった。数あるうちの一つとは言え、拭い去る事が出来ない。可能性は多いにあった。信じたくはなかったが。
「あー……何やってんだろ私」
急に我に返る。何をいくら考えた所でユナはここから出る事はない。何も出来ないのだ。
「……バッカみたい」
自嘲しながら立ち上がり、大きく伸びをする。
————その瞬間。
突如、鳴り響いた爆発音。地下四階のここは揺れこそしなかったが、大きな音がけたたましく響いた。
「な、なに!?」
もう一度。爆発音は鳴り響く。三度目が鳴った時、目の前に居たロードサージェントがユナの檻を離れて暗闇に消えていった。
「ちょ! ちょっと! 何処行くのよ! わ、私は!?」
ユナの言葉に応えたのは闇に消えたロードサージェントではなく、先ほどよりも更に大きな爆発音だった。
「きゃ!」
今度はこの場所も揺れた。思わず尻餅をついて四方を見回す。
「何? 何が起こってるのよ?」
明らかに今の一発は内部で爆発したものだった。爆撃、もしくはそれに似た何かがこのロードサージェント本部を襲っている。
「わー!」
まさかのもう一度、爆発。今度は天井から石が振って来るほどの衝撃。
ユナは咄嗟に身を屈めながら、這いつくばって檻を掴む。少しだけ歪んでいるが、まだまだビクともしない。どう見てもこれが外れる前に自分が生き埋めになる。ユナは無我夢中で檻を揺らした。檻よりも自分の方が揺れながら訳も分からぬ言葉を叫んだ。
「くそー! イレイン! 早く来いよー! 何でいないのよー! アホー! バカー! バカイレイン! バカバカバカバカバカバカバカ!」
その言葉が形づいて、ずっと押し殺していた本音に変わった時。
直ぐ側で大きな爆発が爆音と衝撃をはしらせる。
「きゃーー!」
檻にしがみついて衝撃を凌いだユナは天井からズズズズと言う低い音がして恐る恐る真上を見上げる。
天井は徐々に亀裂が走っていき、小石がパラパラと落ちてきた。
————逃げなきゃ!
と、頭では考えられても手が檻を目一杯握ったまま離れない。足にも力が入らず、ユナはどんどん亀裂が広がっていく天井をキョロキョロと見回す事しか出来なかった。
「う、うそでしょ……うそ? うそうそうそ! わ、わーーー!」