第一章 確率
「ねぇ、もう日も暮れたし、どこかで休まない?」
ユナはその覆面から大げさに息切れしてみせた。
「もう少しで目的の場所に着くからさ。ファイト!」
イレインはユナに振り返り片手でガッツポーズをとって笑ってみせる。が、一瞬でその顔はユナの腹部への前蹴りによって歪んだ。
「さっきからそればっかじゃない! また外れたら承知しないんだから!」
腹を押さえて悶絶するイレインを置いてユナは五歩程進み、スッと振り返る。
「ちょっと! どっちにいけばいいのよ!」
ユナの理不尽は今に始まった事ではないが、こんな事が起こる度に、一緒に旅をしている事を後悔するイレインだった。
彼らの目指すローグタウンはイレインの言う通り、もう目と鼻の先だったが、ここへ来るまでにあった二度のハズレによってイライラを募らせていたユナにはもう、その少しの距離すら許せなかった。重なる失敗は確かにイレインの能力に頼った結果ではあるものの、それでも八つ当たりに過ぎない。確率と言うのは常に変化している不確かなものなのだ。
とは言え、彼女も少しばかり投げやりになっていたのかも知れない。旅を共にしているイレインもそれは重々承知していた。普段は理知的なのに感情の起伏が激しく、怒りの沸点が異常に低いのは彼女の短所である。
だからイレインはグッと堪えて後ろから投げられる弱音や暴言も受け止めながら歩みを止めない。
おかげで何とかユナと共にローグタウンまで辿り着く事が出来た。
「いやー、疲れましたなー!」
目的の宿に着き、ようやく機嫌を直したユナは部屋に入るなりベッドに飛び込んで覆面を脱ぐ。金色の髪が露になり、年齢に合わないあどけない顔立ちは恍惚に満ちていた。
「覆面なんかしてなければ、王子にだって見初められるだろうに。残念だね」
「……それって嫌み?」
ベッドではしゃいでいたユナの動きがピタッと止まる。それを見てイレインはようやく自分の失言に気づいた。
「いや、ちがっ!」
弁明の余地など無く、イレインの顔に容赦ない張り手が飛ぶ。
「あがーっ!」
学習しない男の悲鳴が、ローグタウンの空に寂しく響いた————。
「————で、問題の事件はいつ頃なのよ?」
左頬をさすりながら隅っこで泣いているイレインにユナはぶっきらぼうに質問する。
「うーん、恐らく一時間後。八十五パーセントだね」
「そう。なら……ほぼ確実ね」
ユナは部屋の窓から見える満月を睨みつける。
「満月の夜は犯罪が増えるなんて、良く言ったものね……」
妖しく町を照らす月は何もかもを惑わす気がした————。
「ユナ。ユナ。起きろ」
いつの間にか眠ってしまっていたユナはイレインに肩を揺すられ、眼をこすりながらゆっくり起き上がる。
「わたし、どのくらい寝てた?」
「約一時間。もうすぐだ。既に九十パーセントを越えてる」
「わかったわ」
ユナは覆面を手に取り、素早く被った。
「————来た! あいつらだ!」
イレインは窓から飛び降りて、目の前の路地を走り去ろうとした目出し帽を被る三人組の前に立ちふさがる。
急に目の前に現れた男に一瞬怯んだ三人の隙。ユナはそれを見逃さなかった。
「はーい! おやすみなさい!」
ユナが後ろから彼らに振りまいたのはお手製の睡眠薬。散布した粉末を吸い込み、バタバタと倒れた男達をユナは手慣れた手つきで縛り上げる。
「ちょっと! イレインも運ぶの手伝いなさいよ!」
「う〜ん、もう食べられません……むにゃむにゃ」
「なんであんたまで寝てんのっ! よ!」
「あがー!」
ユナに蹴り上げられたイレインはその衝撃で一気に目を覚まし、上空二メートルほどの地点でいつもの後悔をした。そのまま受け身も取れず、地面に叩き付けられ見上げたローグタウンの空は涙で滲んでいた。
「もう……やだ」
「何か言った!」
眠った男を必死に引きずりながら振り向くユナから目を逸らす。
「何でも……無いです」
「だったらとっとと起きて手伝いなさいよ!」
「……はい」
このやりとりも毎度の事だ。お調子者のイレインはユナの怒りを買うのが得意。幾度となく虐げられる内に徐々に主従関係が出来上がっていた。何かされる度に弱音や嫌味を呟くイレインだったが、そういう言葉だけには何故か並外れた聴覚を発揮するユナはそれすら許さなかった。
「はい! 起きてー!」
明かりが一つしか点いていない薄暗い宿の中、目を覚ました三人の男は目の前でやたらハイテンションに手を叩いている覆面に驚いた。
「な、何なんだお前は!」
「何だって良いでしょ! あなたたち、この隣の銀行からお金を盗もうとしたわね?」
「なな、何でそれを!」
ユナは覆面の下でにやっと笑い、後ろの壁に寄りかかって黙って見守っているイレインにピースサインを送った。
「やった! 大当たり! ようやく調子取り戻してきたんじゃない?」
覆面から覗く目が笑っているのを確認して、イレインはようやく安堵の溜め息をついて笑った。
「良かったぁ……最近は神様に見放されたんじゃないかと思うくらいに外してきたからなぁ」
イレインは縛られたまま座る三人の男達に近寄る。そして男達から脱がした目出し帽を取り出してヒラヒラと揺らした。
「おじさん達こんなものまで被ってさ……まぁ色々準備したんだろうけど。行かなくて良かったよ。だって成功確率三パーセントだぜ? 俺達がこうして止めなきゃ、今ごろとっ捕まってブタ箱行きがオチさ。だから俺達に感謝するんだね!」
イレインは得意気に笑って、その目出し帽を被った。栗色の髪が隠されて金色の目が浮き彫りになる。そして余程気に入ったのか、鏡の前に立ち色んなポーズをとっては一人で笑った。
「一体……何を言ってるんだ?」
全く話が理解出来ない三人の男に振り向き、イレインは目出し帽を脱いで「だーかーらー」と詰め寄る。
「俺はね、物事の確率が何でか、わかっちゃうのさ! 理由は分からないんだけどね! この能力にいつ気づいたかとか諸々は物凄く長くなるから端折るよ。あんたらには関係ないしね。とにかく! 俺達はこの街で、そこの銀行の金を盗もうとする悪党が出てくる可能性が物凄く高かったからこの宿で張ってたって訳。しかもその犯罪の成功率が物凄く低いんだから笑っちゃうよね! あんたたちは犯罪を犯して捕まる所だったのを俺達が未然に防いであげたの! おわかり?」
イレインは早口で説明する。男達三人は完全に納得するまでには至らなかったものの、頷くしかなかった。
何故なら、銀行の金を盗む事もその時間も全て知っていなければこんな絶妙なタイミングで手際よく捕まる筈がないからだ。そしてその計画は三日前に立てられて、この三人以外に知る人などいるはずもないのだから。彼らの結束が堅いが故に、夢見事のようだがイレインの言っている事の信憑性は高かった。
「それで、私たちが何故あなた達を犯行に及ぶ前に捕まえたかと言うと……」
得意気にふんぞり返るイレインを押しのけ、ユナは屈んで三人に語りかける。
「実はあなた達に悪い事されると困るし、捕まってもらっても困るのよ。色々事情があってね。だから今後一切、絶対に犯罪に手を染めないと誓ってくれないかしら?」
ユナは覆面から覗く真っ直ぐな瞳で三人と向き合う。
「無理だと……言ったら?」
真ん中の男が視線をそらしてゆっくりと口を開いた。
「……無理だと言ったらどうするんだ?」
ユナは目を伏せて深く息を吐いた後、立ち上がり再びゆっくり目を開ける。
「約束してくれないのなら……十五年後まで眠って貰う事になるわ」
二人の話にまるでついていけていないが、男達三人はきっと本当に眠らされるのだろうとユナの目を見て確信した。
「頼む! 金が……金が必要なんだ……!」
縛られたまま真ん中の男が勢い良く頭を下げる。
「残念ね……そんなに悪い人たちには見えないけど、仕方ないわね」
ユナはポケットから小瓶を取り出す。
「待ってくれ! 頼む! 今、眠らされたらガードンさんの娘が!」
「そ、そうだ! このままじゃガードンさんの娘が殺されちまう!」
俯く真ん中の男を庇うように両隣の男が叫んだ。ユナは小瓶を持ちながら怪訝そうな顔をして「何の話?」と問いつめる。右の男が歯を食いしばりながら目に涙を浮かべ、口を開く。
「本当は俺達だってこんな事はやりたくないよ……でもこうでもしなきゃ、攫われたガードンさんの娘が殺されちまうから……盗むしかなかったんだ! だって一億レントなんて大金を三日で作るなんて出来る訳無いだろう!」
「うーん。全く話が見えないわね」
ユナは腕を組んで首を傾げた。
「……俺の娘を助けるには一億レント必要なんだ!」
たまらず真ん中の男が顔を上げて叫ぶ。その目には強い力が宿っていたが、その奥に今にも心が崩れてしまいそうなほどの悲しみが溢れていた。
ユナはその目を見つめたまま傾げた首を戻して、ふむ。と頷いた。
「つまり。ガードンさん。あなたの娘が悪者に攫われて身代金として一億レントを要求されたと。ここまでいいかしら?」
「……その通りだ」
「それで、そんな大金を用意するにはあの銀行からお金を盗むしか方法が無かったと」
「……そうだ」
「浅はかね」
ユナのバカにしたような口ぶりにガードンはキッと睨みつける。
「浅はかだと! 娘を助けようとするのに浅はかも糞もあるか! 何より大切な娘なんだ! 命に代えても助けるんだ!」
ユナの目は冷静なまま変わらない。それでも尚、自身を睨みつけている三人に視線を滑らして口を開こうとしたユナを遮ってイレインが怒鳴った。
「バカかお前! 自分を助ける為に犯罪に手を染める父親を見て娘が喜ぶか? 自分の為に誰かを不幸にしてくれてありがとうって娘が感謝するってか? んなわけねーだろ! そんなの大切にしてるって言わねーよ! 娘が助かりゃ良いなんてお前のエゴだ! 他人はもちろん、その娘すらそんなもん望んじゃいないだろうぜ!」
イレインが最後にもう一度バカやろう! と吐き捨てたところでガードンの目から涙が溢れた。
「そんなもんはわかってるさ……でも、なら……なら、どうすればいいんだ……」
俯き、床に涙を落とすガードンを見て堪えきれず、両隣の男達も涙を流し俯いた。
イレインはそんな三人に金色の目を鋭く光らす。
「簡単だろ。そんなもん。その悪モン退治すりゃいーじゃねーか」
イレインの言葉に三人の男はハッと顔を上げる。ユナはイレインを見て目元を緩ませると小瓶をしまい、かわりにハンカチを取り出して三人の涙を拭いた。
「これは、そうするしかなさそうね。娘さんを助けるの協力させてちょうだい」
ユナとイレインの言葉に三人はまた溢れ出そうになる涙を堪えて頷いた。ユナがイレインに視線を投げるとイレインは「はいはい」と三人の縄を解き始めた————。
「さて、まずは事の顛末を詳しく聞かせてもらおうかしら」
ユナは縄を解かれ改めて座り直した三人の正面に立ち、問いかけた。
ガードンは「すまない」と頭を下げて話し始める。
「俺は、このローグタウンで修理屋をやってるガードンってもんだ。そんでこの右にいるのがジェス。そんで左がケイトだ。二人ともうちで働いてもらってる」
「俺もジェスもそれまでずっとどうしようもねぇ生活を送っててよ。今こうやってちゃんと働いて人並みの生活を送れてんのもガードンさんのおかげなんだ」
「ふーん、俺はイレイン・コートレッド。俺は今でもどうしようもねぇ生活を送ってるよ」
フフっと自嘲するイレインの頭をバシッと叩いてユナはガードンに「気にしないで続けて」と促す。
「あ、あぁ。それである日、店の前で見た事もねぇ男がうちの客に絡んでやがったんだ。それにジェスが気付いてそいつを追い払おうとしたらそいつがいきなりナイフを出してきて……」
「ふーん、刺されたの?」
イレインの言葉にガードンは首を振る。
「ジェスも昔はこのローグタウンじゃそれなりに有名な札付きだったからな。ナイフごときじゃ怯まねぇ……そのまま返り討ちにしてやったんだ。だが……」
クッと歯を食いしばり言葉を詰まらせ、自分の腿を殴るガードンを見てたまらずジェスが口を開いた。
「でも、その後がいけなかった……そいつはあの『ライドスネーク』の構成員だったんだ」
ユナはイレインに「知ってる?」と目線を送るが、イレインは首を横に振った。
「えげつねぇ事に、そいつら慰謝料払えって言ってきてよ。500万レントも要求してきやがった。もちろんガードンさんはそんなもん払うかって追い返したんだよ。そしたらどうだ、その夜に奴らガードンさんの娘を攫いやがったんだ! 自分らのメンツを汚されたと思ったんだろうな……要求は一億レントに跳ね上がった。見せしめだよ! 一億レントなんて三日で用意できる訳ねーんだ! やつらハナっからガードンさんの娘を……エマを殺す気なんだよ! それで、奴らの思い通りになってたまるかって今回の計画を立てたんだ」
全てを話し終えたジェスはクソッと吐き捨てる。ケイトもジッと床を睨んだまま握った拳がプルプルと震えていた。
「話はわかったわ。私たちにも名が届いてない所を見ると、そのライドスネークってグループは新興勢力のようね。規模はどれくらいかわかる?」
ユナは冷静に分析する。話を聞きながら、その頭の中ではいくつもの作戦を練っていた。
「あぁ。確かにライドスネークはここ最近ローグタウンで勢力を伸ばし出した集団だ。数は恐らく三十人前後ってとこだろう」
ガードンは額に手を当てて深く息を吐いた。
「イレインどう?」
ユナの問いかけにイレインはクスッと笑う。
「娘さんを助けられる確率は現状七十パーセントってとこだね。多分まだまだ上げられると思うけど。それにしても……ライドスネークってダッセー名前!」
イレインはひとしきり笑うと、ガードンに手を差し伸べる。
「まぁいいさ。さぁ、エマを助けにいこうぜ!」
ガードンは顔を上げてその手を取った。
「ありがとう。しかし、本当に何でも確率が分かるんだな」
ガードンの言葉にイレインはクスッと笑う。
「何でもってわけじゃねーし、コロコロ変動したり色々ややこしいんだけどな」
「そうそう。いまだに謎が多いのよこの能力。使い勝手悪いし、確率だから正解もありゃしないし」
ユナが呆れたように溜め息をつくとイレインは「何を!」と睨みつける。
「あんたがちゃんとその能力を使いこなしていたら最初からこの事件も未然に防げたんじゃないのかしら?」
ユナが睨み返すとイレインは「うっ」と目を逸らした。
「とにかく、時間がないわ。夜が明けるまでに実行しないと」
ユナは急ぐわよ。と扉を開ける。
「全く……どんな作戦を思いついたんだか」
イレインが楽しそうに笑うとユナが振り向いて「あら、どうしてわかったのかしら?」と微笑む。
「成功確率が九十パーセントまで上がったぜ……?」
イレインの金色の目が月の光で妖しく光った————。
夜のローグタウンを走り抜ける五人。石畳の道に古い洋館作りの家が並ぶ街並はこんな日じゃなければもっと美しく見えていたかも知れない。夜空に煌めく星々もまたこの町の名物なのだろう。
しかし、夜を駆ける五人はそれに目もくれず、ただライドスネークのアジトへ向かってその足を走らせた。
途中、ガードン達三人は資材屋に立てかけてあった鉄製の棒を拝借する。もともと銀行に忍び込む準備をしていたとは言え、武器らしい武器も用意していなかったので頼りない武器だったが、やむを得ない。ただ、ほとんど丸腰に見えるユナと腰に短剣を差しているだけのイレインがその棒を手に取らないのが少し不思議だった。
町を抜けて外れにある森の中へ入ると鬱蒼と茂る草木が更なる闇を作り出していた。ランタンを灯して進む足は少しペースが落ちたが、元々近づく者さえ居ないせいか罠も無く、一行は夜明けまでかなり時間を残してアジトの前に辿り着く。
「いやー、全くこれでもかってくらいわかりやすいアジトだねぇ」
イレインは両手を頭の後ろで組んでその屋敷を見上げた。
月に照らされた町外れの森にある不気味な屋敷は大きな四階建ての洋館で、明かりが漏れる窓の一つからは汚い笑い声が響いていた。
一通り外観を確認し終えて五人は近くの木の陰に身を隠し、作戦を再確認する。
「イレイン。エマは四階に監禁されてる。それは変わらないわね」
「あぁ、九十五パーセント。今は確実に四階にいるぜ」
ユナはイレインに確認を取ると洋館に向き直った。
「それなら、思った以上に簡単に出来そうだわ」
ユナの手にはお手製の爆弾が握られていた。そして洋館の右側を指差す。
「あの明かりが消えてる部屋の辺りをこれで爆破するわ。そしたらこれでもかって敵襲アピールに中のみなさんはもちろん迎撃態勢に入るでしょう。爆破された場所に集まるのは恐らく下っ端達。なるべく大勢来てくれたら助かるんだけど、それはジェスとケイトに任せていいわよね。腕っ節の強さ期待してるわよ?」
ジェスとケイトは力強く頷く。
「そしてガードンさんとイレインと私は反対から中に潜入。恐らく親玉を守る様に幹部たちが武装して守りを固めているはずだけど、それは私とイレインに任せてガードンさんは一目散に四階へ上がってエマを救出して。そして救出が済んだらあなたたちはそのまま家に戻って。私たちはやる事があるから残るけど気にしないで」
「もしかして、眠らせるのか?」
「必要とあらば、ね……」
ユナの言葉にガードンは首を振る。
「一体何なんだ? その十五年眠らせるってのは」
ガードンが詰め寄ると、さっきまでずっと冷静な目元だったユナが少し悲しそうに歪む。
「あなた達は……知る必要ないわ」
その言葉に納得いかなかったが、ガードンはユナのその目を見て、それ以上問いただす事をやめた。
「おら、そんな話をしてる場合じゃねーだろ。夜が明けちまうぞ」
イレインはガードンの背中を叩く。
「そうだな……行くぞ!」
「おう!」
洋館を挟んで二手に分かれる。ユナが爆弾をセットしてカウントを呟き、ゼロまで唱えると大きな爆発音が屋敷を包んだ。
破壊された一階部分に右側の上の階がどんどん崩れ落ち、また更なる轟音を響かせる。そして、中から様々な叫びが響き渡った。それを遠巻きに眺めながらイレインが呟く。
「ユナ……ちょっとやりすぎじゃない?」
「うーん、思ったより柔いわねこの屋敷。使われた材質と建築方法が気になるわ」
「おい二人とも! やっちまったもんは仕方ねぇ! とっとと行こうぜ!」
ガードンが立ち上がり手招く。そして反対側に居る二人に拳を向けた。
「ジェス! ケイト! 頼んだぞ!」
「任せろ! ガードンさん!」
お互いの声は届いていない。しかし、うっすらと見える互いの影は拳を向け合っているものだった。
「よっしゃ! 行くぜー!」
先頭を走るイレインは様々な確率を呟きながら駆け抜ける。左端、明かりの点いていない窓を叩き割る。素早い身のこなしで侵入するとガードンとユナが入る頃には部屋の扉に背中を預けて何かを呟いていた。
「今だ!」
勢い良く扉を開けて、脇目も振らず廊下を走っていく。そして曲がり角で止まり、二人に手をかざして人差し指を口に当てる。
「この先に敵が二人居る。進行方向は俺達と一緒。別れて一人きりになる確率は七十二パーセント。そうなったらユナ。頼むぞ」
「了解!」
ユナは肩から腰までを隠す中途半端な丈のローブの中で腰に手を回し、隠していた白銀の小さな銃を取り出す。
「何だその銃? 白銀の銃なんて見た事が無いぞ?」
「これは私専用の麻酔銃よ。効果はさっきガードンさんに食らわしたのより強力。だけど一発ずつしか打てないから複数相手には不向きね。ちなみに名前はスリーピングフォレスト!」
「だからその名前ダセーから変えろって。本当ネーミングセンスねーよな」
「何か言った?」
銃口をイレインに向けて睨みつける。
「ななな、何でも無いです! ————あ、来る来る! 来るぞ! もうすぐ別れそうだ!」
イレインは向き直り、呼吸を整えてまた数字を呟く。
「恐らく飛び出せば真正面に居る筈だ。距離はそれほど離れていないと思うから。ユナ頼んだぞ」
ユナが頷いて銃を構えるとイレインは合図を送る。
「今だ!」
瞬間にユナは飛び出して見事、真正面にいた敵に銃を撃ち放った。
ドサッと倒れる敵を確認してまたイレインが先頭に飛び出し、走る。
「おい! 上へ続く階段はどこらへんにあるんだ?」
「ごめん、それわっかんねーんだわ」
「っんな! なんだってー!」
ガードンは走りながら思わず叫んだ。ガードンと並んで走るユナはイレインの背中を指差す。
「彼の能力は確率を見れるってだけなの。つまりもう既に起こっている事や決まっていて絶対に変わらない事はわからないのよ。この一瞬で階段のある位置が変わる訳無いでしょう?」
イレインが器用に走りながら振り向く。
「つまり、百パーセントとゼロパーセントは見えないって訳。別れ道があったとすればそれが続いている場所はわかんねーけど、そこで何が起こるかは確率が見れる」
「そこに行くまでにかかりそうな時間は確率が出るけど、かかった時間は出ないって事」
「だから聞いた話が嘘かどうかはわかんねーけど、聞く前にそいつが嘘をつくかどうかは確率が出るって事」
「またまた……」
「あーもういい! 増々こんがらがっちまう! つまり俺はお前を信用してれば良いって事だろ!」
イレインはニコッと笑って前に向き直る。
「そーゆーこと!」
三人は廊下を走り続けた。敵に遭遇する確率の低い道を選んでいるとは言え、そこはやはり確率。時には思わぬ鉢合わせもあった。しかし、そうなっても慌てる事無く瞬時にユナはその白銀の銃「スリーピングフォレスト」で眠らして、またイレインが先頭を走り出す。背中からはやはりグチグチと能力に対して言われるが、無視。もう慣れっこだった。
ガードンはそんな二人の見事なコンビネーションに関心しながら並走していた。これなら
本当にエマを救える。半ば確信めいた希望が芽生えた時だった。
「……妙だな」
イレインは左に分岐がある所で足を止めた。ユナも同じ事を思っていた。
「確かに変よこれ。階段見つからないのもそうだけど、敵との遭遇率が低過ぎるわ……もしかして……ねぇイレイン」
「ん?」
「確率を見て欲しいの。敵が一カ所に『固まり続ける』可能性を」
「そうか! その手があったか! 流石ユナ! 頭良い! よーし……」
イレインはその金色の目で廊下の先を見つめる。ユナの考えは恐らく階段は一カ所にしか無く、敵のほとんどがそこの守りを固めているんではないかといったものだった。もちろん『固まっている』ならば、それは既に起きた出来事なので確率は見えない。しかし、『今後も固まり続ける』可能性ならば見える。そしてそれが高確率であるならば恐らく一カ所に固まっているだろうと予測出来た。
イレインの能力は事象を頭に思い浮かべないと見れなかった。もちろん例外もあるのだが。故にユナの発言が無ければイレインにその『固まり続ける』確率は見れなかったのだ。
イレインは不適に笑って二人に向き直る。
「ビンゴ。恐らく敵さんは固まってる。そして」
イレインは左の道を指差した。
「それは多分あっちだ」
「わかるのか?」
「ああ。ついでに『移動する可能性』も見たからな。真っ直ぐに行くと当たる部屋に行く可能性はかなり低かった。そして左の方に移動する可能性は見れなかった」
見れない。つまりそれは既にそこに居ると言う事を示していた。
「そんでな……」
イレインが説明する前に、ユナが口を挟む。
「そっちに行けばトラップが作動する確率が高いと」
「……そう。恐らく故障はなさそうだ。高確率で発動する。完全にいばらの道だぜ。でも」
「行くしかないだろう!」
ガードンが自分を鼓舞するように声を荒げた。それを見たイレインは胸の前で拳を握る。
「もちろん! それしかねーからな。タイミングは俺が計るから二人は指示どうりに動いてくれ。いいな?」
ガードンとユナは同時に頷く。
「いくぞ!」
合図と同時に左の道へ走り出すイレイン。そこから一歩分離れてユナとガードンは続いた。
「よし! 伏せろ!」
イレインの指示どうり床に伏せる。ノコギリ状の刃をまとった円盤が両側の壁から飛び出し、瞬時に頭上を走っていった。
「次! 左の壁にくっつけ!」
右側から無数の槍が飛び出す。鼻先ギリギリの所でその刃は止まった。
「ここで前へ飛べ!」
床が開き、中から針だらけの地面が覗く。
「……何よ、この古典的なトラップ。やっぱりこの洋館古いんだわ」
ユナは呆れた口調で襲ってきたトラップ達に文句を吐いた。もっと、とんでもないトラップをかいくぐった事もある身としては、かなり拍子抜けだった。それでも気付かずに進めば命を失っていただろうが、イレインとコンビを組んでいる以上、それはない。気を引き締めて損をしたと心の中で舌打ちをした。
それからも幾度となく襲ってきたユナ曰く古典的なトラップを難なく、くぐり抜けて三人は他の部屋の扉二枚分もある入り口の前に辿り着く。
「イレイン。この中にいる敵は何人になる確率が見えない?」
「全く、頭が働くね。俺にその頭脳があったら最強なのに。中には十五人。どうやら爆発現場に結構流れてくれたみたいだな。大丈夫か? あの二人」
「なめてもらっちゃ困る。言っただろ? あいつらは札付きだって。大丈夫だ。心配はいらない」
ガードンの言葉に肩をすくめるとイレインは腰に差してある短剣を抜いた。
「おい。お前もまた変わった武器を使うんだな。今時、短剣なんて。まるでどっかの英雄みたいじゃねーか」
「死んだ人と同じにしないで欲しいね。別に真似してる訳じゃないよ。確かに有名だけどさ」
「イレイン。ここはあんたに任せていいのね?」
イレインは器用に短剣をくるくると回して笑う。その動作は正に素人ではなく熟練の腕を思わせた。
「ユナはその銃で後方からサポートしてくれ。ガードンは扉を開けたら階段めがけて猛ダッシュ。脇目も振らずに走れよ。道は俺とユナで作るから」
ガードンは鉄の棒を握り締め直して唾を飲み込んだ。
「もし、階段がなかったら……?」
「おいおいガードン。つまらない事言うなよ。そしたらまた別の作戦をとるまでさ。いいか。余計な事は考えるな。その一瞬の遅れが確率を大きく変えるんだ」
イレインが軽くガードンの胸を殴る。言葉にはしなかったが、イレインの俺を信頼しろという気持ちは確かにガードンに伝わった。
ユナはまた腰から同じ銃を取り出す。
「それ、一つじゃなかったのか?」
「あら? 誰が一つって言った?」
ガードンはユナの笑顔の奥に底知れない何かを見た気がした。少しの時間だが、こうして共に行動する中で、おかしな能力を持つイレインよりも彼女の方がよっぽど計り知れなくなっていた。
「んじゃ行きますか! ユナ頼んだぞ! ガードンも準備は良いな? せーの!」
鍵がかかっているかも確認せずに扉を蹴破り部屋の中へ飛び出す。ガードンは言われた通り、全速力で真正面にある大きな階段を目指したが、イレインはそれよりも早く目の前で階段を封鎖しているライドスネークの群衆へと飛び込んでいた。
後ろから小さな銃声が響く。群衆の真ん中二人が倒れるとイレインはそのまま真正面へと突っ込み、短剣を走らせる。武器を持つ手だけを斬りつけると怯んだ敵が後退し、ガードンが走る正面に道が開けた。
「よっしゃ行け! エマは四階だ!」
駆け上がっていくその背中にイレインが叫ぶが、ガードンは振り返る事無くただ拳をあげた。
「おーっと! あんたらはこっち!」
ガードンの背中に銃口を向ける手を切り裂き、後ろから襲いかかる者に振り返り様の蹴りを飛ばす。そしてバク転で距離を取ると素早くまた飛び出し、左右を斬りつけた。
その動きは見た事も無いほど俊敏で、誰もついていけない。また、群衆を目にも留まらぬ速さで走る短剣の軌跡は致命傷を負わせるどころか武器を持つ手だけしか斬りつけなかった。
そして大した傷を負っていない筈の敵はユナのスリーピングフォレストによってどんどん眠りについていく。イレインの動きにばかり目を奪われていたライドスネークの者達はバタバタと倒れていく仲間に一体何が起こっているのか気付けなかった。
り付ける。
「何だか肩すかし食らっちゃった」
ユナは縛り付けられた連中を見ながら肩をすくめた。麻酔銃によって眠りについているライドスネークの手にはしっかりと包帯が巻かれている。ユナが処置したものだった。
「あんまり大した集団じゃなかったみたいで良かったわ。これならきっと親玉も恐るるに足らずね」
イレインは大きく伸びをしながら階段を見上げた。
「まぁな。名前からして小物臭がひどかったからな。ま、後はガードンがエマを救って帰るのを待ってって……ん? んん?」
「な、何よ。どうしたの?」
イレインはゆっくりとユナに振り返る。
「が、ガードンが死ぬ確率……どんどん上がってんですけど」
「はーーー!?」
ユナは目を真ん丸に見開く。イレインは「マズいマズいマズい!」と頭を抱えた。
「と、とにかく助けにいかないと! イレイン! パニックになってる暇あったら走って!」
「ははは、はい!」
ユナとイレインは階段を駆け上がる。ガードンが死ぬ確率はこの時、既に七十パーセントを超えていた。
「イレイン! どー言う事よ!」
「わかんねーよ! とにかく今も上がり続けてる! 急げ急げ急げ急げ!」
ユナは唇を噛み締める。事態は切迫していた。これでガードンが死んでしまったら作戦が全て台無しになってしまう。
ユナとイレインは全速力で四階へと駆け上がった。
「ガードン!」
四階はただ一本道の廊下が伸びていた。そして奥の突き当たりにある扉の前で銃を構えている男は恐らくライドスネークの頭であろう。そのもう片方の手にはナイフが握られ、そして小さな子供を抱えていた。エマだ。
「ちょっと! ガードンさん大丈夫!」
そこから距離をとった位置に右腕から血を流し跪くガードンの背中があった。ユナは直ぐさま駆け寄り、自分の覆面の端を千切って止血帯を作った。ユナが止血の処置をする横にイレインが並ぶ。
「……そう言う事か。おいガードン大丈夫か?」
「あぁ……俺なら……大丈夫だ」
イレインはガードンと視線を合わせると腰から短剣を抜いた。
「ユナ。ガードンを連れて階段の陰に隠れてろ。エマは俺が助ける」
ユナは頷いてガードンの左腕を肩に回し後ろへ下がる。
イレインは金色の目を鋭く光らせ、そして短剣を持つ手をだらんと下げたままゆっくりと男に近づいていく。
「と、止まれー! 近寄るんじゃねぇ! 近づいたらこいつを殺すぞ!」
男はナイフをエマの頬に突き立てた。イレインは歩を止める。
「ったく本当に汚ねーな。まぁ悪党ってのはそういうもんなんだけどよ。おいおっさん。俺達はその子を返して欲しいんだが、どうしたらいいんだ?」
イレインは短剣で男を指す。
「ま、まずその剣を捨てろ!」
「こうか?」
伸ばした手から床に剣が落ちていく。
「よーしいいぞ! 後はおとなしくこの銃の的になれ! そしたらこいつの命は助けてやる!」
「わっかりやすい奴だなー。ま、嫌いじゃねーけどよそういうの。でも、流石に避けようとするくらいは良いだろ?」
「ふふん! 良いだろう! 避けれるもんなら避けやがれ!」
イレインはその言葉を聞いてニヤッと笑う。そして『切り替えた』。
「はい。じゃあどうぞ。ご自由に」
イレインは軽く手を広げて挑発する。興奮状態の男はいとも簡単にそれに乗り、引き金を引いた。
響き渡る銃声。しかし、イレインは見事に男が引き金を直前に首を捻って躱した。
「へー。なかなか狙い良いじゃん」
「な、何ぃ!」
イレインは、事態が飲み込めず戸惑っている男の元へまた歩み始めた。
「さぁ距離を近くしてやるぜ。どんどん撃って来いよ」
「ひ、ひぃぃー!」
男は興奮状態だったのと、目の前で起きた信じられない光景が混ざり、ほとんど錯乱しながらイレインに向けて銃を乱射した。デタラメに撃った弾は外れが多かったものの、何発かは確実にイレインへ放たれた筈だったしかし、イレインは銃の弾道を初めから知ってるような動きでヒラヒラとそれを躱すと遂に男の目の前に立つ。
「一つ、良い事教えてやるよ。俺な、確率が見えるんだ。あ、後、ごめん」
「は……はい?」
「俺やっぱてめーみてーなの大っ嫌いだわーーーーー!」
「ぐふぉーーーー!」
イレインに思いっきり殴り飛ばされた男は後ろのドアに体を叩き付けてその場に崩れた。
殴り様に攫ったエマを抱えてイレインは殴った手をブラブラと振りながらフンと鼻を鳴らし、踵を返す————。
————一階の階段がある部屋に下りるとジェスとケイトが既に到着していて、作戦通り気を失わせたライドスネーク達をまとめて縛り上げていた。その数、総勢三十二人。
「ガードンさん! エマ! 無事だったか!」
「あぁ」
エマを抱きかかえるガードンの腕を見て、ケイトが「その腕……」と心配そうに声をかける。
「これなら大丈夫だ。ユナが手当てしてくれたからな」
ガードンが笑うと、ようやくエマも笑顔を取り戻した。
「さぁ、イレイン。彼らが再犯してしまう確率は?」
ユナが破れかけほつれた覆面から覗かせた鋭い眼差しを向ける。
「残念ながら九十七パーセントだ。見た感じ、変動の可能性も低そうだし、改心させてる時間もねえな」
イレインは首を振って深い溜め息をつく。
「仕方ないわね……」
ユナはポケットから小瓶を取り出し、ライドスネークに中身を吸わせ始めた。
「ーーーーこれで十五年後まで目を覚ます事はないわ。ガードンさん、申し訳ないけど彼らを後で病院に運んであげて下さい。命に別状はないけれど、このまま放っておけば死んでしまいますから。あ、それとご自身の腕の治療も忘れずに」
「あ、あぁ……」
ガードンが複雑な顔をしていると抱えられたエマがユナの顔に手を伸ばす。
「ん? どうしたの? あっダメ!」
顔を近づけたユナからエマはふざけて覆面をとってしまった。
露になる美麗な顔立ち。みんなの目がユナに集中する。
途端にガードンとジェス、ケイトが声を上げた。
「お、お前は……ユユ、ユナ・セレスティ!?」
イレインは驚く三人を見て「あーぁ」と溜め息をつき、頭を掻いた。
「そ、そんな! 半年前に世界滅亡論なんて馬鹿げた嘘を発表して失踪した奴が何で!?」
ガードンは声を荒げて詰め寄った。ジェスとケイトもユナに罵声を浴びせる。
「世界を混乱させようとした大罪人がこんなとこまで来て何する気だ!」
「さては! またみんなを騙そうとして……」
「はーい! ストーップ! そこまで! もうここまで来たら教えるしかねえな」
イレインは俯いたまま小刻みに震えるユナを見て顔を曇らせる。
「ご存知の通り。このユナ・セレスティは世界で度々起こる異常現象を人間の負の感情が起こしていて、それが十五年後にピークを迎え未曾有の大災害が起きると警鐘を鳴らした。だが世界はそれを真っ向から全て否定し、ユナは研究所から即刻除名。世界中から非難を受け、行方をくらました」
「あぁ。そんな冗談みてーな話を、さも現実のように話して世界を混乱の渦に陥れようとしやがったペテン師には当然の結末だ」
ユナを睨みつけるケイト。金色の目が鋭く光る。
「しかし、それが本当だとしたら?」
「なっ……! そんなこと!」
「あるわけねえ! って思うよな。でもそんな馬鹿な話を一人だけ信じた奴がいたんだよ……それが俺。何故だか分かるか?」
「……確率か?」
ガードンが答えると、イレインは指を指し「ご名答」と笑う。
「俺にはそれが真実だってわかったんだよ。十五年後に世界が滅亡する。しかも九十九パーセントの確率でだ」
ジェスとケイトは口を開けたまま声とも言えない声を出す。ガードンは歯を食いしばってイレインを見つめていた。。
「だが、九十九パーセントでも確率が出るって事はそれを変えられるってことだ。だから俺達はその確率を下げる為にこうして旅をしている」
ユナは拳を握りしめて顔を上げ、ガードン達を真っ直ぐ見つめた。
「そう。もう自分たちでやるしかないの……だからあなた達が捕まるのも犯罪を犯すのもダメなのよ。負の感情は連鎖してしまうから。出来るだけ全てを穏便に済ませなきゃいけないの……でも、時間は限られているからどうしてもって時はその時が終わるまで眠ってもらう事にしているの。死人を出すのもダメよ。それだと負の連鎖は……断ち切れないから……」
震えるユナの肩に手を添えてイレインは力強く頷く。
「俺はこの運命論みたいな結末を覆す為にこの能力があると思ってる。確率の神様は気まぐれだからな。きっと違う結末に出来る筈だ。だからよ、ガードン達もそれまでこのローグタウンの平穏な日常を守ってくれねーか。 あんた達になら任せられる」
「……それも確率か?」
目つきを鋭くするガードンにイレインは笑った。
「いや、あんた達の目で信じるって決めた。確率よりよっぽど信頼できる直感てやつだ!」
「ふ、はははは! そう来たか! よし! 俺も信じよう! 助けてくれてありがとうなユナ! イレイン! ローグタウンは任せろ! 絶対に俺達の手で守ってみせる! みんなと協力してな! 約束だ!」
イレインはガードンと固い握手を交わすと、ユナの覆面を拾って被せて屋敷を後にした。
耐えかねたケイトがその背中に疑問を投げる。
「今の……今の滅亡の確率は何パーセントなんだ!」
「……九十二パーセント……」
イレインは不適に笑ってユナと夜の闇に消えていった————。