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かくして婚約は結ばれた

「では顔合わせも済んだことだし、後は若い者同士で……庭園でも散歩してきたらどうだい?」


見合いの立ち会い人として同席したトリスタン・ハイドの上官がそんなお決まりな言葉を吐き、アネットとトリスタンは二人だけで見合いの席となったホテルの庭園を歩くことになった。


見合いなのだから会話をしながら仲良く並んで歩く……という事はなく、トリスタンはずんずんとアネットに構わず歩いて行く。


女性の歩幅に合わせて歩く……という概念はトリスタンにはないらしい。


アネットは前を歩くトリスタンをじっと見つめた。


『とても背が高くて足が長いのね。これは普通に歩いていたら少しも追いつけないわ』


それなら自分がトリスタンのペースに合わせれば良いこと。


どんな面においても、アネットは他者に何かを求めるという考えは持ち合わせてはいない。

相手の行動や考えを変えさせたり合わさせたりするよりも、自分がそれに合わせる方が簡単でストレスがない。

アネットはそうやってこれまで一人で生きてきたのだ。


それとは真逆にトリスタンは他者に合わせるという考えはないらしい。

初っ端に手を煩わせるなと言っていたくらいだ、自分のペースを崩されるのが嫌いなのだろう。


ライブラが言っていた通り、人付き合いが下手というかなんというか。

これではかなり生き辛かろうとアネットは思った。


それなら……


「よし、」


アネットが一緒に居るときはアネットがトリスタンに合わせればいい。


アネットはトリスタンに駆け寄り、さり気なく隣に並んだ。

歩幅が違うのでトリスタンが普通に歩いてもアネットはアップペースな早歩きになるが、これならトリスタンと会話をしながら歩ける。


アネットはにっこりと微笑んでトリスタンを見上げた。

が、


『まぁ』


反対にアネットを見下ろすトリスタンは眉間に皺を寄せ、胡散臭そうな顔をしている。

その眼差しは懐疑的でどこか俯瞰した、なんとも言えないものだった。


そしてすぐにアネットから視線を外し、前を見据えてまたずんずんと歩いて行く。


アネットはそれについて行きながらトリスタンに話しかけた。


「ハイド様。改めて自己紹介させていただきますね、私はアネット・シラー。亡き父から男爵位を受け継ぎ、現在はシラー女性男爵と名乗っております……ふふふ」


ふいに小さく笑いだしたアネットを、トリスタンは歩みを止めること無くチラリと視線だけを向けて訊ねる。


「……何がおかいしんだ」


「だって、女性男爵って、考えみればなんだかおかしくないですか?女性なのか男性なのか。ふふふふ」


ころころと笑うアネットを胡乱げに見ながらトリスタンは言った。


「それの何が面白いのかさっぱりわからん。俺は意味の無い会話は嫌いだ。生産性がない」


「あら、意味が無くはありませんわ。だって自己紹介をしているんですもの。その中でふと女性男爵という言葉は面白いなと思って笑ってしまいましたの」


「ならさっさと続きを話したらどうなんだ。キミの名前と爵位はわかっている。貴族女性と結婚するために組まれた縁談なのだからな。俺は知っている事を何度も聞かされるのも嫌いだ。とくに女は同じことを何度言うから気に食わん」


「女性だから同じ事ばかり話すのかどうかはわかりませんが……でも確かにそれはそうですね。私もあなたが魔法省にお勤めのトリスタン・ハイド様ということはすでにわかっておりますもの。これは失礼いたしました」


アネットが笑みを浮かべながら小さく肩を竦めると、トリスタンは不思議そうにアネットを凝視した。

その視線に気付いたアネットがトリスタンに訊く。


「どうしたのですか?」


「……いや、キミは怒らんのだなと思って。今までの見合い相手なら、ひと言ふた言交わしただけで気分を害したとか言って帰ったぞ。手前勝手に機嫌が悪くなってこちらに文句を言うんだ、まったく堪ったもんじゃない」


まぁこれまでのもの言いを他の貴族女性にもしていたのなら、そういう結果になるだろう。

とくに貴族女性は辛辣な言葉に対し免疫というか耐性がない。

特権階級の娘に生まれた彼女たちはそういったものから守られ、隔絶されて生きてきたから。

ここに例外アネットがいるが……。


「それは残念でしたわね」


アネットが眉尻を下げてそう言うとトリスタンは怪訝そうな表情を浮かべる。


「……残念?なぜだ?」


「だって、ハイド様も結婚する意思を持ってお見合いの席に挑んだのでしょう?それなのに親交を深める前に怒られて拒絶されたのでは堪ったものではありませんものね」


「お、俺は拒絶されたわけじゃないっ。その言い方ではまるで俺が結婚したくて堪らないのに女に相手にされない男みたいではないかっ。俺はべつに結婚などっ……」


女性不信であるのに関わらず女性に相手にされないと思われるのは嫌らしい。

トリスタンはムキになってアネットにそう言った。


対するアネットはまるで意に介した様子もなく平然として答える。


「まぁ私ったらとんだ勘違いを。それではハイド様はご結婚される意思はないのにお見合いを?」


「結婚する意思もないのに見合いをするわけがないだろう」


「そうでしたね。ハイド様は無意味な事はお嫌いだとおっしゃいましたものね。では私とのお見合いはこのまま続行でよろしいのでしょうか?」


「無論のこと。俺は意味の無い行動はしないし、意味の無い事に時間を費やす事はしない」


「それは私が見合い相手としてハイド様のお時間を戴いても良いと判断してよろしいのですか?」


「当然だ。そのための見合いだからな」


「ありがとうございます。ふふ、嬉しいです」


アネットは穏やかに微笑んでトリスタンにそう告げた。


「…………」


結果、アネットに言質を取られた形になったのをトリスタンが気付いたのか気付いていないのかは定かではないが、その後のトリスタンの歩く歩幅は少しだけ緩やかになり、自然とアネットに合わせたものになっていた。


そしてその後もアネットは持ち前のポジティブさで不遜な態度のトリスタンを上手くいなしながら楽しく庭園の散歩を、引いては見合いを終わらせた。


それからすぐにトリスタン側から婚約を結ぶ打診があり、

アネット側も断る理由もなくそれを受けた。


かくして婚約は結ばれ、


二人は婚約者同士となったのである。







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