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エピローグ 心をこめてあなたに

アーレの絵画を見せ、

そして徐にトリスタンはアネットの目の前で膝をついた。


「トリスタン様何を……?お膝が汚れます、どうか立ってくださいませ」


「嫌だ。アネット、どうか俺の話を聞いてほしい。頼む、この通りだっ……」


そう言ってトリスタンは膝だけでなく両手も床について、アネットにアーレの絵を取り戻すまでの経緯を話し始めた。


寡黙ではないが普段から決して饒舌ではないトリスタンが懸命になって、そして言葉を尽くして説明する(さま)を見て、アネットは素直に彼の言葉を信じる事が出来た。


元より嘘を吐くような人ではないと、まだ短い付き合いだがわかっている。


彼は少々融通が利かないと思うほど本音を口にする正直な性質(たち)だ。

嘘を吐いてまで誤魔化そうとするのではなく、言えない事があるなら素直に言えないといい、そして口を噤むタイプだ。


そんな彼がこんなにも必死に言葉を並べて、アネットに釈明をしている。

無駄な事は嫌いだと言っていたのに、俺の手を煩わせるなと言っていたのに、そのトリスタンがアネットのためにこんなにも必死になってくれているのだ。


そんな彼をどうして信じずにいられるだろうか。


───トリスタン様……。


アネットはゆっくりとトリスタンの前に自身も膝をついて座った。

その様子を見てトリスタンが慌てる。


「アネット?な、なにをいきなりっ……立つんだ、膝が汚れるだろうっ」


「ふふ。トリスタン様だって、お膝が汚れるのも厭わずにそうしてらっしゃるわ」


「俺はいいんだっ、キミに懺悔をしているのだから」


「では私だってトリスタン様に懺悔をしなくてはなりません」


「キミが?一体何を?そんな必要はない」


「いいえ。トリスタン様が話さなかった事で私を傷つけたと謝罪されるなら、私だって勝手に誤解をして自己完結で終わらせようとしてしまいました。お忙しいトリスタン様がお仕事を抱えながらも懸命に母の形見を探し出し、そして取り戻せるように尽力してくれていたというのに……」


「アネット……」


アネットはそっと両手でトリスタンの頬に触れる。

そして彼の目をまっすぐに見据えた。


「トリスタン様。本当にごめんなさい。そして、アーレの絵を取り戻してくれて本当にありがとう」


アネットのその言葉を聞き、トリスタンの顔がくしゃりと歪む。


「アネットぉ……っ」


「あなたへの贈りものに婚約解消と告げましたがどうか撤回させていただけますか?もっと贈りたいものができたから……」


「もちろんだっ……婚約解消なんて絶対に嫌だ、そんなものは絶対に受け取らんぞっ……」


「はい。では改めてお誕生日のプレゼントを、心を込めてあなたに贈ります」


「……そ、それは何か、訊ねても……?」


「それはね、トリスタン様」


アネットはそう言って、ゆっくりとトリスタンの顔を引き寄せた。

そして、


「えっ」


彼の額にキスをした。


驚きのあまり言葉を失い、目を丸くしてアネットを見るトリスタンに言う。


「どうか、あなたの側で一生、あなたを大切に慈しみ、そしてあなたが辛い時も苦しい時も必ず側であなたを支える。その約束を贈らせてください」


「アネット……それって……」


「ふふふ。でもこれじゃ私が贈りものを貰う立場になってしまいますわね。あなたの奥さんになる権利を、あなたが欲しいと希っているのですから」


アネットの言葉を呆然として聞いていたトリスタンだが、やがて彼もゆっくりと(手の平をズボンで拭いてから)アネットの頬に触れた。


「いや、最高の贈りものだよ。だって……だってそれってつまり……キミの人生を俺にくれるという事だろう?俺の妻になって、一生側に居てくれる約束をしてくれたという事だろう?」


トリスタンがそう言うとアネットはこくんと小さく頷いた。


「はい、トリスタン様。私からの初めての贈りものを受け取っていただけますか?」


その言葉を聞いたトリスタンの瞳にどんどん涙が浮かんでゆく。

そして頭が取れるのではないかと思うほど何度も頷いた。


「~~~っ……もちろんだっ……もちろんだよアネットっ!ありがとう!本当にありがとうっ……!」


「私の方こそありがとう。そして本当にごめんなさい。アーレの絵、嬉しかった……絵を取り戻せたのはもちろん嬉しいけれど、それ以上にトリスタン様が私の事を思って一生懸命になってくれた事が本当に嬉しいんですっ……」


「アネット……」


「ありがとう、トリスタン様。……大好き」


「俺だって!いや俺の方がもっと大好きだっ!!」


そう言ってトリスタンはアネットを勢いよく掻き抱いた。

力は強かったけれど、アネットに触れる腕はとても優しい。


トリスタンの大きな手がアネットの背を包んだ。

その手が優しく、そして温かい事をアネットは知っている。


アネットの瞳からとめどなく涙が溢れ出た。

この手を一生離したくない、離さないでほしい。

もう大切な人を失いたくはない。

彼を愛してる。心から、心から。


そんな人に出会えた尊さと、そして生涯を共にできる喜びを感じ、アネットは心を震わせた。






その後は少し遅れてしまったが予定通りトリスタンの実家へと行き、誕生日の食事会に参加した。


トリスタンの家族はとても賑やかで楽しく、婚約者として初顔合わせとなるアネットを大歓迎してくれた。


とくにトリスタンの母親と兄の妻である義姉はトリスタンを押し退けてアネットを歓待してくれたのだった。


「アネットちゃん!やっと会えたわね!あ、もう最初からアネットちゃんと呼ばせて貰ってもいいわよね?懇意にしている美容スタッフから貴女の事を聞いて、会えるのを本当に楽しみにしていたのよ。ヤダ本当に可愛らしいお嬢さんだわ!でも……ねぇいいの?トリスタンみたいな頭と顔以外は何の取り柄もない男と結婚して。アネットちゃんならもっと良い人がいるでしょう?なんなら私が人脈の全てを駆使して良縁を結んであげるわよ?うーんでも、アネットちゃんのような可愛いお嫁さんは欲しいわ……だけどトリスタン坊やなんて残念な男だし……困ってしまうわね」


実の母のあんまりな言い様にトリスタンが憤慨する。


「なんてこと言うんだっ!アネットは俺の婚約者だぞ!変なことを吹き込まないでくれっ彼女は誰にも渡さないからなっ!それに坊やと呼ぶな!」


「まぁ~?あなた、本当にトリスタンなの?あの偏屈で百年生きた頑固ジジィみたいな頭でっかちな義弟なのっ?信じられないくらい人が変わって惚気ちゃってぇ~♡まぁ?ハンドクリームのことを聞いてきた時から?アネットちゃんがあなたにとって大切な存在である事はわかっていたけどぉ~?」


義姉(ねえ)さん!余計な事は一切言うなよ?言えば社会的制裁を与えてやるからなっ」


「まぁぁ~聞いた?アネットちゃん、ホントにこんな怖くて無愛想な男でいいの?」


「え、えっと……その……?」


と、母親と義姉のパワフルな洗礼を受けながらも、アネットはすぐにハイド家の家族みんなと打ち解けて楽しい時間を過ごすことが出来た。


トリスタンとは違い、ハイド家の家族はとてもフレンドリーな性格なようだ。


食事会が終わる頃にはアネットは“息子(弟)の婚約者”ではなく、

“我が家の可愛い()”となっていた。


皆がアネットにべったりで一向に自分の元へと彼女を返してくれない事に腹を立てたトリスタンが終いには、

「アネットは俺のアネットだ!それに今日は俺の誕生日だろーっ!」と叫んだ。

まぁそれでも家族たちはそれを笑い飛ばした上に一蹴して、トリスタンに構わずアネットをちやほやし続けたのだが。


両親を失い領地領民を失い天涯孤独の身となったアネットに、また温かな家族が出来たのであった。



そしてそれからすぐにトリスタンはアネットと入籍をし、彼はトリスタン・シラーとなった。

シラー家の入婿となったわけである。

(挙式は入籍の後にした)


それにより彼も貴族籍を持つ人間となり、選民意識の高い貴族職員たちとの軋轢もほとんど解消されたという。


「俺が魔法省のトップになった暁には、くだらん選民意識を持つ職員なんざ一掃してくれるわ。もしくは閑職へ追い込んでやる」


と、相変わらず尊大なもの言いをしていたが、様々な人種の集まる魔法省には必要な改革だと思う。

アネットは結婚を機に魔法省を退職しているが、そんなトリスタンを陰ながら支え、応援することを決めた。



そうして夫婦となって早いものでもうすぐ一年。

月日はあっという間に過ぎ、またトリスタンの誕生日を迎える季節が巡ってきた。


アネットにとっては二度目のお祝いだ。


今年のトリスタンの誕生日は平日なので、終業後に二人だけでレストランで食事をする事になった。


アネットとトリスタンが初めて会った見合いの場となったあのレストランだ。


そしてあの時のように二人で、今回は夜の庭園をゆっくりと散歩する。

大きな丸いカボチャのようなランタンが秋の草花を優しく照らす幻想的な夜の庭。


アネットはトリスタンと共に静かにその風景を楽しみながら歩く。


去年の誕生日には婚約解消を贈ろうと思っていたが今年は違うものを用意した。


婚約解消と同じく形のないものだが、彼は今度こそ喜んでくれるとアネットは確信している。


だってアネットも本当に嬉しくて幸せな贈りものだから。


二人で暮らす小さな家の居間に飾ってあるアーレの絵画を、

来年は家族()()()で眺めることが出来るのだろう。


今ではすっかりアネットの歩幅に合わせてゆっくりと隣を歩くトリスタンを見上げた。


夫となった彼は相変わらずぶっきらぼうなもの言いの時もあるがとても優しく、アネットを大切にしてくれる。


アネットは穏やかな声で夫の名を呼んだ。


「トリスタン」


「ん?どうした?」


淡く美しいアメジストの瞳が優しげな弧を描いてアネットに向けられる。


アネットは彼の腕にそっと手を絡ませて身を寄せた。


「今年のお誕生日の贈りものを受け取ってくれる?」


「もちろんだ。キミから貰えるものは何だって嬉しい。……婚約解消以外は」


「ふふふ。もうそんな贈りものはしないわ。……あのね、」


アネットはそっと彼に耳打ちをして、贈りものを告げる。


そして静かな夜の庭園に、

トリスタンの「やったー!」と喜び雄叫ぶ声が響くのは、この後すぐである。






──・──・──・──・──・───お終い




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