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アーレの絵画を求めて トリスタンside


くだらん低脳無能な貴族職員からの妬み嫉み。

自身の不遜な態度と平民である事がそれをさらに助長させていると上に指摘され、貴族女性との結婚を勧められた。

(貴族の女と結婚したからといって性格が変わるわけがない。変わるものかと思ったが)


そうして何名かの貴族のご令嬢とかいう大層な肩書きを持つ娘と見合いをしたが、結果はどれも芳しくはなかった。


「俺が縁談相手に望む事はこれだけだ。俺には何も期待するな。そして俺の手を煩わせるような事はするな、以上だ」


最初に伝えておく方がいいだろうと思ってその言葉を告げると、それだけで怒って帰ってしまったり、直ぐには帰らなくてもいつの間にか姿を消していたり(歩調を合わせないから)、後ろから怒り出して文句を言ってくるから一言二言返せば鬼のような形相で「平民のくせに!」と言って帰って行ったりした。


あぁもう面倒くさい。

ただでさえ抱えている案件が多く、仕事で忙殺されているというのになぜ休日までこんな苦行を強いられるのか。


俺にだってそれなりに出世欲はある。

上層部()に上がった方が仕事がやりやすいが為にそこそこの役職名は欲しいところだ。


平民であるが故にそれが難しいと言われ、更に最短ルートで出世したいなら貴族籍に入る事だと言われて腑に落ちないまでも見合いに臨んだ。

そして結果は散々なもの。

これなら時間はかかっても己の実力で這い上がる方が俺の性には合っている……。

そう思った時に、数少ない信頼出来る上官の一人であるライブラ・ジリス次長に一人の令嬢を紹介された。

いや、父親が亡くなってすでに爵位を継いでいるのだから令嬢ではない。

だがまだ独身であるからそう呼ぶ方がしっくりくるのだ。

その年若き女性男爵と見合いをしてみないかとジリス次長は言うのだ。


俺は胡乱な目をジリス次長に向けた。


「ただのご令嬢とでさえ上手くいかないんですよ?それなのに既に襲爵した娘などと……また嫌な空気で終わるだけです」


するとジリス次長はしたり顔で俺に言う。


「多分、彼女とはそうはならないと思うよ。というかあの子を怒らせてダメになるなら、キミはもう一生独身でいた方がいい」


「どういう意味ですかっ、……そこまでその女性を推す根拠は?」


「まぁ会えばわかるよ」


ジリス次長にそう言われ、

どうせ今回もダメだろうとダメ元で見合いを受けた。


「こちらがアネット・シラー嬢だ。爵位は女性男爵を有している」


立ち会い人である上官にそう紹介されて、彼女は……アネットは柔らかな笑顔で挨拶をしてきた。


「はじめまして、アネット・シラーです。本日はよろしくお願いいたします」


「……トリスタン・ハイドです」


思えば本当の初対面時から、彼女の印象はどこか他の令嬢とは違っていた。


夢見がちな、地に足がついていないフワフワとした存在感の令嬢たちとは違って、彼女は…アネットは儚げながらも凛として咲く路傍の花のような佇まいを感じた。


最初に宣告しておくあの言葉を聞いても怒った様子も見せず、その後の会話も穏やかに続く。

逆に己のぶっきらぼうなもの言いが鼻につくくらい、アネットのまとう空気感は柔らかく不快な感じは一切しなかったのだ。


それに他の令嬢と違って並んで話が出来る。

それは彼女が急ぎ足になって俺に歩調を合わせてくれているからだと気付き、思わず舌打ちをしたくなった。

そうか。女性とでは歩幅が違うのだからこちらがゆっくり歩かねばならないのかと、そのとき理解した。


俺にとって女とは勝手に付き纏って来てはすぐに泣きすぐに怒る。

そんな到底理解し合えない摩訶不思議な生き物だと思っていたから、当然女性相手に気遣いなどした事がなかった。


それでも俺は警戒心を解く気にはなれず結局突き放すようなもの言いしか出来なかったにも関わらず、アネットは終始屈託のない笑顔を見せてくれた。

自然と彼女に合わせてゆっくりと歩いている自分に気が付いたときは我ながら少し驚いた。

そして彼女とならあるいは……と思い、上官を通して婚約の打診を入れたのであった。

アネットの返事はジリス次長を通して伝えられた。


“私でよろしければ謹んでお受けいたします”


そう返して貰えた時、不思議と脳裏に彼女の笑顔が浮かんだ。

そしてまた会いたいなと、そう思った。


思ったのに、急ぎの案件が重なりなかなか時間が取れない。

縁談が調い婚約者同士となったものの一向に彼女に会えずにいたのだ。


──次の休日は時間が取れるか?残業で詰めて片付けてしまえば何とか……


と考えていた俺に、ジリス次長が声を掛けてきた。


「トリスタン・ハイド。人生は皿回しだよ」


「サラマワシ?なんですかそれは」


「東方の国の芸の一つさ。何枚もの皿を同時に回し続けるんだ。我々の仕事は尽きる事はない。一つを片付けてもすぐにまた別の仕事が飛び込んでくる。時間が出来るのを待っていたら、いつまで経っても婚約者をデートに誘うことなんて出来ないよ?」


「……なんの話かと思えばそういう事ですか。俺だってなんとか休みをもぎ取りたいと思ってるんです」


「なぜ休日に拘る?せっかく同じ魔法省に勤めているんだ。終業後に食事に誘うくらい、簡単だろう」


「………」


「ぶはっ!その考えには至らなかったと、正直に顔に出てるよ。今夜にでもアネットを食事に連れて行ってやってくれ。仕事の差配くらい、君なら簡単に出来るだろう?それともキミは、婚約者を食事にも連れて行かないような薄情で狭量な男だったのかい?」


「断っっじて違います」


「そう?それなら頼んだよ。……見合いの前に事情を説明していたように、アネット(あの子)の経済状況はあまりよろしくないんだ。それでも慎ましやかに清く生活してる彼女を私は心の底から尊敬している。だが謂れない施しをアネットは是とはしていない。だけどキミなら、婚約者なら彼女を多方面から支える立場にあるだろう?」


「確かに」


「ちなみに、アネットはTPOを弁えた娘だ。食事に行くなら職場に着てくる普段着でも気軽に入れる店が好ましいだろうね」


「なるほど」


なんだかジリス次長の手の平の上でいいように転がされている気もするが、もともと敬愛する上官の意見だ。

参考にさせてもらう事にしよう。


そうして俺はその足で直ぐにアネットに会いに行き、その夜の食事に誘った。


レストランまで行く道すがら、アネットがしきりに菓子店を気にしている。

どうやら気になる菓子があるらしい。

女性というのは甘いものが好きらしいからな。(よく知らんが)

どれ、婚約者としてさっそく何か買ってやろう。

そう思い店に誘うもアネットはなかなか首を縦に振らない。

遠慮して香りだけで充分だと、それだけでパンが食べられるなどと訳の分からない事を言う。

埒があかんと無理やり連れて入った店内で、目を輝かせて菓子を見る彼女は……ひと言で言えば本当に可愛かった。

これまで出会った女たちは一体何だったのだ?と問い正したくなるほどに、アネットは純粋で素直で心根の美しい娘だ。

そして手渡したガレットを口にして綻んだ笑顔を見て、この笑顔をいつも見ていたいとそう思った。


幸せにしてやりたい。

一人で苦労してきたという彼女がもう二度と辛い思いをしないで済むように、これからは俺が彼女を守るのだと、その時心に誓ったのだった。

まぁそんなキザな事は絶対に言えないし、アネットには俺もただガレットを舌鼓を打っているように見えただろうが。


その後も俺たちの交際は順調だった。


ある時、たまたま通りがかった廊下で横柄な態度の職員のせいで書類を落としたアネットを見かけた。


アネットにぶつかったあの職員()、しかと顔を覚えたぞ。

他部署だが、必ず嫌な仕事を回して報復してやる。

そう思いながら一緒に書類を拾った。

だがその時にふと、アネットは自分の手を不自然に隠した。

どうやら彼女は自分の手が酷く荒れている事を気に病んでいるようなのだ。

秋も深くなり、その手はますます痛々しくなっている。

もしやアネットは手のケアを何もしていないのでは?


そう思うと居ても立ってもいられず、生暖かい目を向けられるとわかっていても義姉に良いハンドクリームはないかと訊ねていた。


そして義姉の「なぁぜなぁぜ」攻撃に耐えて手に入れたクリームをアネットの手に塗ってやった時、不思議と心の底から素直な言葉を口にしていた。


「……キミの手は働き者の良い手だ。その手を見れば今までキミがどれほど頑張ってきたのかが鈍感な俺でもわかる。だから恥じることなんて何一つないんだぞ。……だけど荒れてあかぎれが出来た手が痛々しくて(かな)わん。毎日これを塗って手を労わってやれ」


不思議だ。

本当に不思議だ。

アネットを前にすると俺はまるで善人のようになれる。


自分の性格が難アリな事は昔から知っていた。

それにより変人だの残念なイケメンだのと言われてきたが別にどうでもよかったのだ。

嫌われようが敵を作ろうが、自分を無理に人に合わせて取り繕う事が無駄に思えて、人間関係なんてどうでもいいとさえ思っていたんだ。


だけど、アネットと居ると不思議と優しい気持ちになれる。

優しい彼女を、もっと大きな優しさで包んでやりたくなる。


だけどそれをどうすれば出来るのか皆目見当もつかない。

美味いものを食わせ、服や装飾品を贈る。そんな物理的な事しか思いつかない自分が嫌になる。


そしてそんな中、クリンギス・アーレの絵画の事を知る。

母親の形見の品であるその絵画を借金返済の為にアネットが泣く泣く手放した事を、ジリス次長から聞かされたのだ。


「……その絵画の行方、わかりますか?」


俺がジリス次長にそう訊ねると、次長は残念そうに首を横に振った。


「私にはわからない。だが男爵位の家の借金返済として売却された物だ。法に基づく手続きとしてその後の売買の記録が残っていると私は推測している。その上アーレの絵画ともなると、信用性のある魔法契約書を用いられている可能性は高いと思う。そしてそれは法務部であるキミなら、簡単に突き止められるんじゃないかな」


「なるほど」


「なんだい?見つけてどうするつもりだい?」


わかっているくせにニヤけ顔で訊いてくるのが癪に障るが気にしてなどいられない。

俺はその日から仕事の傍ら、シラー男爵家が手放したアーレの絵画の行方を探した。


アネットが絵画を売却して凡そ二年。

その間、現在の持ち主に辿り着くまでかなりの人間の手に渡ってきたようだ。


現在の持ち主は……なんという偶然か、俺の直属の上官である法務部長のオスライト卿が所有している事がわかった。


俺はすぐにオスライト卿にアーレの絵画について訊ねた。


すると絵画の正式な持ち主はオスライト卿のご令嬢であるというではないか。


なんでもご令嬢の母方の叔父から成人の祝いとして贈られたとの事。


ふむ、そういえばオスライト家に渡るまで、絵画の所在が不明瞭であった時期がある。

その間はオスライト伯爵夫人の弟君が所有していたという事か?

アーレの絵画ともなるとそれなりに高額な品となる。

それを夫人の実家である地方の子爵家の後継が手に入れた……?


職業柄か、妙に引っ掛かるものを感じた。


気の所為で終わればよいのだが、もしその絵画が盗品、もしくは何らかの犯罪に関わって流れ着いたのだとしたら……

思い出の絵がそんな事になったのだと知ったら、きっとアネットは悲しむだろう。


人の良いオスライト卿の経歴にも傷がつく。

彼のような真面な人間に上に上がって貰わなくては魔法省の今後が危ぶまれるのだ。


なので俺は慎重に、秘密裏に調査を進めた。

捜査協力として何度かオスライト卿のご令嬢にも話を聞かせて貰った。

もちろんその際はご令嬢の父親であるオスライト卿にご同席願った。

俺もご令嬢も婚約者が居る身、二人きりになるわけにはいかないからだ。

それでも人の目は穿った物の見方をし、人の口に戸は付けられぬという事を、俺は失念していたのだが。


そしてその答えが白黒はっきりするまでは勿論アネットには話せない。


有力な情報が入り、証人と会う事になり彼女との食事をキャンセルせざるを得なくなったとしてもまだ今の段階では何を話す事など出来ないのだ。


結果、アーレの絵画は盗品ではなかった。

ただ、賭け事で出来た借金のカタとしてオスライト夫人の弟が手に入れたものであった。


ギャンブルに手を染めている事をオスライト伯爵家には知られたくなかった夫人の弟の目論見は俺の調査により露見したが、もともと借金のカタに取り上げた絵画を姪の成人祝いとして贈る神経がどうかしているんだ。

そこは一族から白い目で見られるという制裁を食らえばいいと思う。


さて、残るはご令嬢の手に渡ったそのアーレの絵画を譲って貰えるかどうかだ。

勿論ただでとは言わない。 


俺の父親から生前贈与された個人資産を当てて支払うつもりだが、如何せんご令嬢もアーレのファンなのだという。

しかも彼女の愛する婚約者もその絵画をとても気に入っているのだとか。

金額の問題ではなくその絵には愛着が有り手放したくはないと、ご令嬢に言われた。


が、俺は粘着質なのだ。

加えて諦めが悪い。

愛着云々だけで断られて、はいそうですかとは引き下がれるわけがない。


王立美術館でアーレの初期の絵を見て懐かしげに目を細めていたアネットの顔が脳裏に浮かぶ。


俺はシラー男爵家がその絵画を手放すに至った事情を話し、情に訴えかけた。

そしてその絵の代わりに、もっと資産価値があるとされるアーレの別の絵を贈る事を提案した。

アネットにとっては資産価値などどうでもいい。

アーレのあの絵その物が家族の記憶そのものなのだから。


ご令嬢は婚約者と相談した上で返事をするから少し待って欲しいと言ってきた。


そしてその返事を、あのガーデンパーティーの日に呼び出されて聞かされたのだ。

どうして突然、こんな性急にと思ったが、聞けばご令嬢の婚約者が事業を立ち上げるためにまとまった金銭が急に必要になったというのだ。

そのため一日でも早く資産価値のある方のアーレの絵を手に入れ、それを資金源にしたいらしい。


まぁそんな向こうの事情はどうでもいい。

要は“あの”アーレの絵画を取り戻せればいいのだ。

そしてそれが叶うとわかった瞬間、俺は思わず笑みを浮かべていた。

アネットに、彼女に母親の絵を買い戻してやれる。

彼女は喜んでくれるだろうか。

きっと驚くだろう。とても貰えないと遠慮するだろう。

だけど俺たちは結婚するんだ。二人の共通の財産として新居に飾れればこんな幸せなことはないだろう。

そう思った瞬間、多幸感が溢れて止まらなくなった。


まさかそれをアネットに見られ、誤解されるなんて思いもしなかったが。


それに完全に絵が手に入るまではまだアネットには話せない。

ぬか喜びをさせたくはないし、ご令嬢の婚約者の投資の事情が複雑とやらで外部に漏れるのを恐れて口止めをされたからだ。

何をしち面倒くさい……と思ったが、絵を手に入れるまでは辛抱だ。


しかしまさかその事情もアネットに更なる誤解をさせてしまうとは……。


その所為で俺はアネットに辛い思いをさせ、彼女に要らぬ決断を強いるまで追い込んでしまったのだ。


すまない、アネット。


オスライト家(向こう)の事情なんざクソ喰らえで、せめてキミにだけは話しておけば良かったんだ。

いやでもやはりぬか喜びに終わるという最悪の事態も想定しておかねばならない。

いやでもやはりしかし……


ダメだ何をどう考えても後悔ばかりが押し寄せる。


もうただただ必死に謝って、なんなら土下座でも何でもするから許しを請おう。


俺はアーレの絵画とアネットの前にゆっくりと跪いた。








次回、最終話です

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