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予想外の反応



「こ、こ、婚約解消なんてっ……い、嫌だっ!!」


これが最善と考え、トリスタンに婚約解消の申し出をしたアネット。


それが自分に出来る精一杯のトリスタンへの感謝を込めた贈り物になると信じたからだ。


しかしその申し出(贈り物)を喜んで受け取ると思っていたトリスタンは焦りを露にしてアネットに縋りついてきた。


それはもう必死に。


「な、ななななな何故だっ?なぜ婚約解消が俺への贈り物になるっ?逆だろうっ?」


「………え?」


「やはり俺が何かやらかしたんだなっ?それでキミに愛想を尽かされた、そうなんだろっ?俺はいつも家族にも“お前がそんなだから…”とよく言われるんだっ!他の奴の事ならべつにどうでもいい!だけどキミはダメだアネットっ……頼む教えてくれっ、俺は何をやらかした?もう二度と同じ過ちは繰り返さないと誓うから怒っている原因を教えてくれっ!」


そのあまりにも必死な……予想外の態度に呆気に取られていたアネットがようやく我に返り、トリスタンに言う。


「お、落ち着いてくださいませトリスタン様っ……」


「これが落ち着いてなどいられるかっ!婚約解消!?絶対ダメだっ!!」


「ダメって、なぜなのです?これであなたは自由に……。あっ……わ、私の事なら心配いりませんっ、これまでも一人でやってきましたしこれからも一人で何とかやってゆきます。次の結婚相手もなんとか頑張って……」


「次の結婚相手って何だっ!?誰だっ!?そんな奴、俺が闇に葬ってくれるわっ!!」


「何を物騒なことを言っておられるのですか。それにトリスタン様が闇に葬るような人間はまだどこにもおりませんよ?それよりトリスタン様の方こそ……」


「そういえばさっき真に愛する女性と幸せにとか何とか言っていたなっ?何だそれはっ?真に愛する女性っ?それならキミしか居ないのになぜ婚約解消せねばならんのだっ!婚約解消したらキミと結婚できないではないかっ!!」


「え?」


「なんだっ?」


「え、だって……」


「だから何だっ!?」


「オスライト伯爵令嬢は……?トリスタン様は彼女こそを愛していらっしゃるのでしょう?」


「は?」


「え?」


「……なぜ……そうなる?」


「なぜ、って……」


「…………」


「…………」


アネットに捨てられまいと必死に縋るトリスタンと、思いもかけない展開に目を白黒させるアネット。

その騒然とした押し問答の末、互いの言葉に疑問を感じた二人は言葉を詰まらせる。


口火を切ったのはトリスタンの方からであった。


「俺がオスライト卿のご令嬢に恋情を抱いていると、キミはそう思っているのか……?」


アネットは小さく頷き、正直に答えた。


「はい。ご令嬢が魔法省にわざわざおいでなり、何度かトリスタン様とお見合いをされたと……そういった話を耳にしたものですから」


「見合いっ?違うぞ。オスライト卿のご令嬢は()()()()に関わりがあり、そのために何度か面会をした。だがそれは上官であるオスライト卿も立ち会いの上での面会だ。二人で会ったりなどしていないっ」


「ですからお父さま立ち会いの元でのお見合いだと……ホテルでも態々お会いになるほどに話が進んでいるのでしょう?いいのです。私、ちゃんとわかっていますから……」


「何をわかっているというんだっ!いや、全てはキミを誤解させるような行動を取り続け、それに気付かずにいた俺が悪いっ……お願いだアネット、弁明をさせてくれっ」


「弁明だなんてそんな……もうトリスタン様のお気持ちは全てわかっていますから……」


「嫌だ!わかってないっ!わかっているなら俺を捨てようとはしないはずだっ!」


「捨てるだなんてそんなっ……」


アネットは今にも泣き出しそうな表情でこちらを見上げるトリスタンを見る。

こんな、こんな顔をさせたいわけじゃない。

彼にはいつも笑っていて欲しいから、だから婚約解消を申し出たのに。


「だって……私ではトリスタン様にそんなお顔しかさせられないんですもの……あなたにはいつも幸せに笑っていて欲しいんです。あのホテルで見たような、オスライト伯爵令嬢に向けていた、あの幸せそうな顔で笑っていて欲しいんですっ……」


そう言ったアネットの瞳にまた涙が滲む。


「笑顔……?」


アネットの言葉を聞いたトリスタンはその意味が理解できなかったようで、しばし呆然としながらも考え込む様子を見せた。

が、ようやく思い当たる節を見つけたのか「あ……」と声を上げてふいにアネットから目を逸らした。


「トリスタン様……?」


トリスタンは気不味そうに、頬に朱を差してつぶやく。


「キ、キミはホテルのカフェで俺の様子を見ていたんだな……」


「ごめんなさい。他の職員の方に見かけたとお聞きしてどうしても気になって……」


「いや、いいんだ。キミは悪くない。あの時は随分待たせてしまったから気になるのは当然だ。……その……アレは、だな……」


「はい」


「キミが言う、あの時の俺が笑った理由なんだが、な……」


「よいのです。ご令嬢との縁談が調った瞬間だったのでしょう?それで嬉しくて思わず笑みが……」


「だからなんでそう解釈するっ!……いやすまん、そうさせたのも俺が悪い。偏に俺が暗愚だったからだ。先方に気遣ってキミに事情を話さずにいたから……俺が一番に優先すべきはアネット、キミなのに」


トリスタンはそう言って徐に立ち上がった。


「トリスタン様?」


きょとんとして見上げるアネットを残し、トリスタンは持参した四角い包みを手にする。

そしてそれをテーブルの上に置いた。


「あの時、俺が笑ったのは……これがキミの手元に戻せるとわかったからだったんだ。キミの喜ぶ顔を想像して、つい……」


そう言ったトリスタンの手がゆっくりと荷を解いてゆく。


梱包材の一つ一つを丁寧に外し、やがてそれらに包まれていた中身が姿を現した。


アネットはそれを見て、驚きのあまり思わず口元に手をやる。


「………うそっ………」


それは、借金返済のために泣く泣く手放した、亡き母の形見の品。

クリンギス・アーレ、初期の絵画であった。




次回、トリスタンsideです。

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