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あなたに、心をこめて

トリスタンへの最初で最後の贈り物を、円満な婚約解消と決めたアネット。


パーティーが開けてから何度かトリスタンから食事や映画のお誘いがあったがそれらは全て理由をつけてお断りした。


婚約を解消すると決めたのにこれ以上彼に散財をさせるわけにはいかないし、何よりこれ以上トリスタンのことを好きになるのが怖かったからだ。


次に会うのは彼の誕生日の日とアネットは決めていた。

その日に婚約解消を告げる。

だから誕生日まではトリスタンには会わない。


当日は内々でささやかな食事会があるという。

それにアネットも呼ばれているわけなのだが、見せたいものがあるから少し早めに来て欲しいとトリスタンに言われていた。

だから丁度良いと思ったのだ。

食事会の前に婚約解消を告げれば集まった家族にその報告がいち早く出来る。

晴れて自由となった彼がすぐにでも、オスライト伯爵令嬢と婚約を結び直すことも家族に報告が出来るはずだ。


アネットに親族はいないのだからこちら側としては何も問題はない。

アネットが感じる胸の痛みなど瑣末なこと。

そう、瑣末なことなのだ。


一切の交流を絶って一週間。

時々離れた位置に居るトリスタンと視線が合い、その度に彼は何やら複雑そうな顔でこちらを見ていたが、アネットはただ笑みを浮かべて会釈のみでその場を立ち去った。



そうこうしているうちにとうとう当日。

トリスタンの誕生日の日となった。


昼前近くの時間帯にトリスタンの実家であるハイド家の屋敷に来るように言われていたのだが……。


「まぁ、トリスタン様?」


支度も済んでそろそろを出ようかと思う時間に、何故かトリスタンの方からアネットのアパートへとやって来た。


彼は何やら思い詰めた顔をし、そして手には何やら大きな四角い物を携えていた。


「……迎えに来た。渡したい物もあったし……」


何やら元気がない気がする。一体どうしたのだろう。

と思いながらアネットは彼に告げる。


「せっかくいらしてくださったのですから……よろしければどうぞお上がりになってください。狭い部屋で恐縮ですが……」


「お邪魔する……」


トリスタンはそう言って四角い包みを持って部屋へと入って来た。


「どうぞ。テーブルの椅子にお座りになってください。今、お茶を淹れますわ」


トリスタンに椅子を勧め、アネットはお茶の支度に取り掛かった。

奇しくもライブラから薔薇のジャムを貰っていた。

安価な茶葉で淹れたお茶でもジャムを入れれば幾分か美味しくなるだろう。

アネットは一客だけある客用のティーカップにお茶を注ぎ、スプーンですくった薔薇のジャムをソーサーにのせてカップに添えた。

ジャムがのったスプーンをそのままティーカップに沈めて掻き回せば、香り高い薔薇ジャムのお茶になるはずだ。


カチャリとちいさな音をたててテーブルに茶器を置くと、トリスタンは「ありがとう」と小さく礼を言ってからお茶を口に含んだ。


「美味い……」


「良かったです」


「……」


「……」


沈黙が二人を包む。


やや重い口を開くようにしてトリスタンが言った。


「……パーティー以来、なかなか会えなかったから……久しぶりだな」


「そうですね……私がお断りばかりをして……ごめんなさい」


「いや、責めたいわけじゃない。ただ、」


「ただ?」


「何かあったのかと……いや、俺が……キミに嫌われるような事を何かしでかしたのかと……心配になった」


「トリスタン様が?」


「わ、わかっているんだ。俺の不遜な態度が人を不快にさせる事は。ただ今まではべつにそれで人に嫌われようが離れて行こうがべつに構わなかった。平気だった。……だけどキミに嫌われるのだけは、嫌だ……とそう感じた」


「トリスタン様……」


ああ……この人はなんて誠実な人だろう。


アネットはそう思った。


本当に望む相手ではないのに、それでも婚約者であるうちは良い関係性を築こうと努力してくれている。

いずれは婚約解消をするとしても、婚約者であるうちはと変わらずアネットを大切にしてくれる。


───私は、この人が……トリスタン様が本当に好きだわ。


だからこそ彼の幸せを願わずにはいられない。

トリスタンにはいつも、あの時ホテルのカフェで見たような心からの笑顔でいてほしい。


だけどアネットではあの笑顔を引き出すことは出来ない。

彼女でないと、トリスタンが真に愛するあのご令嬢でないとダメなのだ。


もうここでいいだろう。

この場で、彼に贈り物をしてこの関係を終わらせよう。

こんなに苦し気な表情をする彼を楽にしてあげよう。


アネットは居住まいを正し、トリスタンを真っ直ぐに見据えた。


「トリスタン様は何も悪くはありませんわ。私は何も怒ってはいませんし、トリスタン様を嫌いになるはずがありませんもの」


「そ、そうか……」


わかりやすい程にホッとした表情を浮かべるトリスタンが微笑ましく、アネットはその愛しく想う気持ちを込めて彼の名を呼んだ。


「トリスタン様」


「うん?」


返事を返してくれたトリスタンに、

アネットはゆったりとした口調で告げた。


「お誕生日おめでとうございますトリスタン様。私、今日はあなたに最初で最後の、そして最高のプレゼントをご用意しましたの」


「プレゼント?」


「はい。本当はトリスタン様のお屋敷に伺った際にお伝えしようと思っていたのですが、今この場で贈らせていただきますね」


アネットは彼の幸せを願う気持ちを込めて、トリスタンに告げる。


「トリスタン様。私との婚約を解消しましょう」


言えた……!

とうとう言った。

アネットはこの言葉を泣かずに言えた事に安堵した。


こんなにも胸が苦しくて息が上手くできないほど辛いのに、笑顔でこの言葉を贈れた事に安堵する。


それもこれも全て、トリスタンがアネットに心を砕いてくれたおかげだ。


対するトリスタンは大きく目を見開いてこちらを見ていた。


───きっと思いがけないサプライズなプレゼントに感動しているんだわ……


やはりトリスタンへの最初で最後の誕生日プレゼントはこれにして正解だったとアネットは思った。


アネットは泣きたい気持ちを抑えて精一杯の笑顔で告げた。



「あなたはどうか。本当に愛する女性と幸せになってください」



涙が一粒、アネットの瞳から零れ落ちた。


それは……そのくらいは許してほしい。


決して、決してこれ以上は泣いて縋って困らせるようなことはしないから。


アネットはそう思いながら俯いて、これ以上トリスタンに顔を見られないようにした。

膝の上に置いている自分の手に視線を落とす。

トリスタンに貰ったハンドクリームのおかげで手荒れが治った手を。


すると突然、トリスタンが座っていた椅子がガタンッと大きな音を立てて倒れたのが聞こえた。

そして自分の手に重なる大きな手が視界に入る。


「……っ!?」


アネットが驚いて顔を上げるとそこには、

目の前で膝をつき焦燥感を露にしてアネットに縋るトリスタンの姿があった。


「こ、こ、婚約解消なんてっ……い、嫌だっ!!」





泣いて縋って困らせるのお前だったなトリスタン。

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