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立ち聞き

ガーデンパーティーもいよいよ次の休日と差し迫った週の中頃のこと、

アネットは偶然にもとある噂を耳にしてしまった。


いつもの様に各部署から依頼を受け、細々とした雑用を片付けていると、給湯室で立ち話に花を咲かせている女性職員の声が聞こえてきたのだ。


「ねぇ聞いて!少し前に法務部のトリスタン・ハイド様が笑っているのを初めて見たの!その笑顔が本当に素敵で……冷たくて怖い人だと思っていたけど、あんな顔も出来るなんてズキュンとキタわ!」


「あぁ、婚約してから少し人間が丸くなったとかやっぱりなってないとか……この頃言われているらしいわね」


「思えばあの方、平民だけど幹部候補だし長身だし顔はイイしかなり優良物件なのよね~」


「なによアンタ狙ってるの?」


「だって婚約者が出来たっていっても単なる見合いでしょ?それも一応貴族だからってだけの話じゃない?それなら、同格の家の娘の私でもチャンスはあるかな~なんて」


─── まぁ………。



立ち聞き……そして盗み聞きなんていけないとわかっていても、アネットは耳を傾けてしまう。

給湯室の中の様子は見えないが声はばっちり聞こえてくるのだから。

中にいる女性職員たちは聞かれているとも知らずに話し続ける。


「貴族の娘である事()()が条件だというなら、ね」


───貴族の娘である事()()が条件なんです……。


「でしょでしょ?アプローチしてみようかな~?」


「でも、それだけで勝算があるかも?なんて思うならやめておいた方がいいわ」


「え、どうして?」


「私はハイドさんと同じ部署でしょ?だからこの頃よく見かけるのよね」


「何を見かけるというの?」


「法務部の部長令嬢が度々法務部を訪れて、ハイドさんとよく面会されているのよ。父親である法務部長が同席の上で……ね」


───え……?


「え、なにそれ!それって見合いっ?なんで今さらっ?」


「さぁ?でも部長立ち会いで面会なんて、縁談絡みだとしか考えられないでしょ?きっと婚約者が出来たとこにより部長が見直されたのよ。婚約を継続できるなら我が娘と……とか考えたんじゃない?法務部長は伯爵位をお持ちだもの。ハイド様にとってはご令嬢(そっち)の方が条件がよくて逆玉じゃない」


「あ~あ……伯爵令嬢だなんて……勝ち目がないわぁ~……」


「そ、だから諦めた方がいいわ。きっと近々時期を見て、今の婚約者とは婚約を解消して部長令嬢と婚約を結び直すわよ」


「ショックぅ~!っていうか世知辛い~」


「ホントにショックよね」



そう、ショックだった。


今の話は……本当だろうか。


───トリスタン様が、部長令嬢と面会?


相手は伯爵家で、縁談……?

“時期を見て”婚約解消……?


それらの言葉がアネットの頭の中をぐるぐると駆け巡る。


まさかそんな。と思う気持ちと、

新しい相手の家格が上ならあるいは。という考え。


もともとトリスタンの将来を見越して、貴族職員との軋轢を無くすための縁談だ。

より立場が磐石な相手との結婚の方がいいに決まっている。


───でも、あくまでも第三者の話を立ち聞きしただけにすぎないわ。トリスタン様から何も言われていないのに、邪推するのはやめましょう。



トリスタンに、彼に会いたいなとアネットは思った。


会って、ぶっきらぼうな言動の中に感じるあの温かさに触れたいと、アネットはそう思った。


先日ライブラに言われてようやく自覚した自分の恋心。

自覚した途端にどんどん大きく、それはアネットの中で膨らんでいった。


「お顔が見たい……声が聞きたいわ……」


良かった。

ちょうど今日はトリスタンと夕食に行く約束をしている日だ。

彼に会える。

トリスタンに。


だけど、



「……え?今日、食事に行けなくなった……?」


「すまない。急用が出来て、そちらを優先させなければならなくなったんだ」


ランチタイムも終わろうとしていた頃、トリスタンが突然アネットに会いに来て、今夜のキャンセルを告げた。


「……急用……が何かお聞きしても……?」


「そ、それは、すまない。まだ話せる段階じゃないんだ」


「話せる段階ではない……」


“時期を見て”婚約解消、と言っていた女性職員の声が生々しくリフレインされる。


珍しく、というか初めて見る少し困ったような表情を浮かべるトリスタン。

それを見てアネットはこれ以上彼を困らせてはいけないと思った。


だからアネットは笑みを浮かべてトリスタンに言う。


「わかりましたわ。残念ですが仕方ありませんもの。……次にお会い出来るのはガーデンパーティーでしょうか?」


そんなアネットを見て、トリスタンはホッとした様子で答えた。


「あぁ、そうだな。当日は迎えに行く」


「はい。ありがとうございます、よろしくお願いします」


アネットがそう礼を告げると、トリスタンはまた忙しそうに自分の部署へと戻って行った。

アネットはその背中を黙って見送る。


もしかして今日、

彼は部長令嬢と会うのだろうか……。



そして胸の中に小さな不安を抱え、


ガーデンパーティー当日を迎えた。

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