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クローゼットの中身が……

「……これが本当に私のクローゼットの中なのかしら……?」


アネットはアパートの自室のクローゼットを見ながらそうつぶやいた。


これまでワンピースが三着しか掛かっていなかったのに今ではどうだ、

新しいワンピースが三着にミモレ丈のフレアスカートが二着。

そしてフリルのスタンド(カラー)とリボンタイ(カラー)とカットワークレース(カラー)のブラウス(色は白とアイボリーとネイビー)が三枚。

それにローヒールのパンプスが二足に流行のエナメルのハンドバッグとショルダーバッグがクローゼットに収められているのだ。


「いくらなんでも……貰いすぎだわ……」


アネットは賑やかになったクローゼットを見て、ため息を吐いた。


先日の美術館デートの後に連れて行かれたドレスメーカーで、ガーデンパーティー用のティードレスの他にこれらの服をトリスタンから贈られたのであった。


ティードレスをプレゼントして貰うだけでも大それた事であるのに普段着までなんてとても貰えないと固辞すると、全て購入済みで今さら返品などしたら店に迷惑だと言われて受け取らざるを得なかったのだ。


「腐るわけでもなし、服なんてものはいくらあっても困らんはずだっ……キミはただそれらの服を黙って着ていればいいんだっ」


そして、全て既製品なので気後れする必要のないものばかりだとトリスタンは言っていた。

既製品なのに、お胸が少々ふくよかなアネットにピッタリサイズなのが驚きである。

なんでも事前にアネットの写真を店員に見せて、

「今度店に連れて行くから、それまでにこの女性に合うものを数着見繕っておいてくれ」

と伝えてあったらしい。

アネットが遠慮するのを見越しての、トリスタンの配慮だった。


ライブラはトリスタンの対人スキルが恐ろしく残念だと言っていたが、

こんな気遣いが出来る人間の対人スキルが残念なわけがない。


そう思ったアネットが、ライブラのオフィスで報告がてらにそう告げると、彼女は困り顔で肩を竦めた。


「それはアネットだから言える事だよ。キミだから()()トリスタン・ハイドの良心を引き出せるんだ。他の者ではそうはいかない。……まぁ今度のガーデンパーティーで否が応でも目の当たりにするだろうよ」


「想像がつきませんわ」


確かに初顔合わせのお見合いではトリスタンのもの言いはキツく、他者を寄せ付けない厳冬のアデリオール山脈の如く切り立った岩壁とブリザードを感じたが、それも直ぐに気にならなくなったのだ。


「まぁくれると言うんだ、婚約者の特権として貰っておけばいいさ」


「そうは言っても多すぎます」


「そうかい?内容を聞けば一般的な量じゃないかな?年頃の娘なら、普通はそのくらいの量の衣服や装飾品は所持しているものさ」


「そうなのですか?」


その一般的な年頃の娘とは規格が違うアネットにはわからない。


「そのワンピースも贈られた一着なんだろ?よく似合ってるじゃないか」


そう。今日アネットが着ているギンガムチェック柄のミントグリーンワンピースもトリスタンが買ってくれたもので、爽やかな色味の細やかなチェックがとても素敵なのだ。


「似合いますか?私、服に着られていないでしょうか?」


少し心配そうなアネットがそう訊ねると、ライブラは大いに相好を崩して答えた。


「とても素晴らしいよアネット。キミはもともと美人なのだから自信を持って堂々と着こなせばいいんだ」


「そう言っていただけると……本当に嬉しいです」


「あの朴念仁を褒めてやらねばな。それでティードレスはどんかものにしたんだい?」


「朴念仁だなんて……」


アネットは困った顔で笑みを浮かべてライブラの質問に答えた。


「ティードレスはレースやパールで飾られた優しいピンクベージュのタフタで、同じくピンクベージュのレースのハイカットのホルターネックになっているものです。丈は近頃流行のミモレ丈で……」


「いいじゃないか。当日のヘアやメイクは?」


「それはトリスタン様のお母さまが懇意にされている美容院(サロン)から一人、うちのアパートに来てくれる事になっているんです」


「うーん、何もかも完璧だ、トリスタン・ハイド!そうだ、アイツはもともと優秀で仕事の出来る奴なんだ。今まで如何に人間に興味がなくその実力が発揮されるのは魔術関連のみだったかが如実にわかるな」


珍しくライブラがトリスタンを褒めたのを聞いて、アネットはなんだか嬉しくなった。


「ええ本当に!トリスタン様は素晴らしい方です……!」


そんなアネットをライブラは黙って見つめていた。

そして柔らかな口調で言う。


「……見合いは、キミにとっても良いものだったようで、安心したよ」


‘’惚れたんだね、トリスタン・ハイドに”


と、言葉の最後にそう告げられ、アネットはしばし唖然としてライブラを見つめた。


「………惚れた?……あの……惚れる、とは……」


「決まってる。惚れた腫れたの惚れただよ。恋だよ、恋」


「恋……」


「おや?無自覚かい?ハイドの話をする時のアネットは頬をほんの少し上気させてとても愛らしい笑顔を見せてくれるよ?これを恋する乙女と言わずして何と言う?」


「恋する……オトメ……」


「そう。アネット、キミのことだ」


「え……ええっ……!?」


他者に言われて初めて気付く己の気持ちもあるのだと、


この時アネットは知ったのであった。





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