うるさくてウザくて疲れた生徒
有寿輝のことをいつも見守って、向き合ってきた担任の先生の目線から、うるさくてウザくて疲れる生徒のその後を描いた物語です。
それがまさか、高校三年生になって有寿輝が過去に止まるなんて思わなかった。
高校三年生になり、やっと有寿輝の母親に彼に対しての理解がある程度できて病院に行った。
今まで以上に、症状が悪くて辛そうだったからだ。
そして、本人曰く「いろんな名前が、やっとついた」と、笑った。
彼は、たくさんの想いが言葉に出来ないぐらい表情に現れた。
この時、俺は何を伝えたのか覚えてない。有寿輝の表情が酷く頭に残っていたからだ。
奈月輝やしおりは受験生になって、今までのように有寿輝と一緒にいれなくなった。
高校受験みたいに、三人で行こうとは言えなかったのだろう。
有寿輝は、休みがちになっているから、卒業に必要な単位はギリギリで、それでも本人自身に余裕がなった。
季節が変わるにつれて、奈月輝としおりは受験に向けて塾に通う毎日だった。
有寿輝は、受験のことを考えらない状態で、未来よりも今を必死に向き合っていたのだ。
俺は今になっても、後悔をしている。それは、有寿輝と大切にした向き合う時間がめっきり減ってしまったことだ。
一年からずっと同じ受け持ちの生徒で見守って、時間を見つけては、向き合っていた。
しかし、受験生のクラスになると他の生徒や受験についてやることが重なり時間が作れなかった。
これは言い訳だ。そんなの分かっている。
有寿輝なりに、自分と向き合おうと学校のスクールカウンセリングに通い、病院で処方された薬を飲んでいた。
だか、気分が下がると言動が前よりも悪くなった。
「生きる希望が見えない」
そう言って、身体を引っかく自傷行為をしていた。奈月輝としおりは、苦しそうに教えてくれた。
夢がなく、周りに迷惑をかける自分が嫌だと、苦しむ有寿輝に寄り添うことが出来なかった。
有寿輝よりも、俺と同じように寄り添えなくなってしまった奈月輝たちに気をかけていた。
受験生は、メンタルが弱くなりやすく、本来の力が発揮できないことが多いから。
ある日、有寿輝と向き合う時間が、久しぶりにとれた放課後のことだ。
「僕、何度も言ってるでしょ」
「何を?」
有寿輝は、俺の言葉にイラつき声を荒らげた。
「先生、受験しない僕に構わなくていいよ! 」
「受験しないからって、関係ないよ」
最近の有寿輝は、己の感情をうまくコントロールが出来ないのか何かとイライラをすることが多かった。
「僕なんかに、時間を使うの無駄じゃん! 」
「自分なんかって言葉、先生嫌いだし、怒るよ」
有寿輝は、顔をそむけた。彼自身、言ってはいけない言葉とは頭では分かってるのに、口から出てしまうのだろう。
「有寿輝は、先生の大切な生徒だ。それに、時間を使うのは無駄じゃない」
「実際、忙しいじゃん」
「忙しいよ。でも、先生は有寿輝と話すの好きだよ」
「ふ~ん」
俺は、どんなに何度も有寿輝の目線を合わせて話そうとした。
しかし、有寿輝は意識して俺と視線を合わすことが少なくなっていた。
「奈月輝たちも、心配してるよ? 」
「知ってるけど。忙しいじゃん」
有寿輝は、本当は奈月輝たちとたくさん会いたいし、遊びたいのだろう。
でも、それが出来ないのが分かっているから、忙しいからと納得をしようとしていた。
「うん。そうだね」
「僕は迷惑をかけたくない。頑張っている人の枷になりたくないから、今は程よい距離感でいるんだ」
彼なりの大人の対応をしているようだった。一部の教師の間では、時々生徒と生徒の間に入り一方に的こう言う事がある。
「……さんは、大事な時で頑張ってるから。あなたは、一緒にいないで欲しい」
その言葉を投げられる方は、教師が思う生徒も学力や言動などが悪い人だ。言われた方の気持ちを考えずに、目をかけている生徒の為にしている。
教師は、特に問題になっていない友情に口を出して、互いを傷つけているのも知らずにする愚かな行為だ。
もしかしたら、今まで有寿輝は言われたことがあるのか、それとも自分でそう思ったのだろうか。
「今はさ、僕が待つ番なんだ」
「どうして、待つの? 」
「僕は、これからよりも今が大変だから」
「うん? 」
「なんて言ったら、分からないけど……」
「ゆっくりでいいよ」
「僕は」
この話の途中で、俺は他の教師たちに呼ばれてしまった。
「有寿輝、ごめんな。また、さっきの答えを教えてくれるか? 」
「いーよ」
有寿輝は、こっちを見てニコッと笑った。この向き合う時間で初めて彼と目があった。
俺は、すごく嬉しくて早くまた有寿輝と話したいと思った。
この二日後に、有寿輝の訃報を聞いた。その日は大事な会議があって、彼の危篤の連絡に気がつくのが遅かった。
何かあったときのために、彼の両親に俺個人の連絡先を教えていたが、その日は運悪くサイレントマナーにしていた。
危篤の連絡がスマホの留守電に入ってから、一時間以上たって連絡が学校の電話から鳴り響いた。
俺は急いで電話をとった。
「あっ。先生……」
彼の父親の声を聞いて、次に何を言うのかが分かった。
「すみません。会議で気が付かなくて……。今、留守電を聞いたところです」
「お疲れ様です。連絡がついて良かったです。学校の方がいいかなと思ってこちらに……」
お互いに本題を言いたくないのか、無意識で話を引きのばしていた。その声は、冷静を保たせようと必死だった。
「息子の有寿輝が……」
彼の父親は、声を詰まらせていた。
「息子の有寿輝が、先程亡くなりました。今は、家の方でいます。葬儀の日程はまた連絡します」
「……お悔やみ申し上げます。すぐに、行けなくてすみません。ご連絡をお待ちしています」
ブッと、通話は終わった。俺は、あとから自分で驚くぐらいにその場で泣き叫んだ。
周りにいた教師は、察してくれたようでティシュをポッンと机の上に置いてくれた。
同期は、俺の走り書きや会話などを元に有寿輝の訃報を変わり上司に報告してくれたと後で聞いた。
葬儀の連絡の前に、俺は嘘だと思いたくて、有寿輝との思い出の場所をいくつも巡った。
その何処かに、もしかしたらいるからもしれないと思ったからだ。
この日は、生徒が登校しないから、校内はガラッンとしていた。
有寿輝と過ごした一年の教室から三年生の教室、クールダウンをしていた理科系の教室に、そして奈津輝たちとお昼ご飯を食べていた屋上へと登っていった。
どこを探しても、やっぱり有寿輝はいなかった。
「先生! 」
そう言ってくれる、生徒を亡くしたのが辛かった。今までも、事故や病気で生徒を亡くすことがあっても、比べようにないぐらい辛かった。
これも後から聞いたが、俺を心配した同僚たちがバレないように尾行してくれたそうだ。職員室で泣き叫び、急に立ち上がって学校内を歩き周って、最後に屋上に行くから心配するだろう。
俺は、会議があるからと構わずにスマホをサイレントマナーにしなかったら、何度も通知が来てないか確認をしていたら、有寿輝の最期に立ち会えていたのかもしれないと後悔をした。
俺が後悔をしたところで有寿輝が死んだことは変わることのない事実で意味が無いだろう。
有寿輝の葬儀には、俺と校長や教頭に保健室の先生で参列した。
奈月輝としおりが、遺影を見て立ち止まっていた。俺はこの時、まだその意味を知らなかった。
彼らの大切な思い出で、最近になってから見ることが減った有寿輝の笑顔だった。それを見て彼らが何を想ったのか分からなかった。
俺は有寿輝が棺に入れられ、眠っている姿を見ても実感がなかった。
数日前まで、会って話して、笑顔で別れたのが最期だと思わなかった。
最後に会った次の日に、微熱で念のために休み、またその次の日に体調が良くなったけど、休みたいと連絡があった。
こうなるなら、お見舞いや様子を見に行けばよかったとまた後悔をした。
有寿輝の通夜の後に、彼の父親が声をかけてくれた。
「生前息子が、お世話になりました」
彼は喪主という立場もあって冷静に言ってるが、その目元は腫れていて、目は赤く充血をしていた。有寿輝の母親はショックで、とても話せる状態でなかった。
「お悔やみ申し上げます。有寿輝くんは……」
何て、彼の父親に言ったらいいのか分からなかった。いざ、口に出そうと詰まってしまう。
ここにいない有寿輝のことを話せば、彼が死んだと認めてしまう気がした。
言おうとしても、誰にも通用する言葉になってしまいそうで嫌だった。
「有寿輝は、とても難しい生徒だったと思います」
言葉を詰まらせる俺に、彼の父親は静かにそう言った。
「でも、高校はあれでも楽しそうに行ってました」
彼の父親は、嬉しそうに言った。
「奈月輝くんやしおりちゃんと同じ学校だったから、安心はしていました。でも、教員の方の反応が不安でした」
仲のいい二人がいても、教員次第で生徒の人生は大きく変わる。有寿輝の家族は、中学校までそれを痛感していたから、とても心配をしていたのだろう。
「担任の先生が、すごくいい人で僕のことを理解ってくれるだ。それが嬉しいとよく言ってました」
教師として、生徒に信頼をされるのはとても誇りに思う。
「突然、いなくなることになりました。でも、最期はとても穏やかでした」
有寿輝がどうして亡くなったのかを、彼の父親は途中言葉を詰まらせながらも教えてくれた。
彼が、薬を服用してふらついて階段から転落し、その時に頭をぶつけた。有寿輝は体調を崩してから、あまりご飯を食べれなくて、体力もいつもよりなかった。頭の打ちどころが悪かったのが死因になるらしい。
でも、体力の無い身体で余計に薬が効いてしまったのかもしれなかった。たまたま、ふらついたのかもしれない。
事の真相は、よくわからない。突き止めても、有寿輝がこの世からいないことには変わりない事実だ。
「有寿輝くんは……、本当に良い生徒です。自分よりも、たくさん相手のことを考えれる優しい子です」
「先生、ありがとうございます」
彼の父親は涙を流して、俺の手を握って何度もありがとうと言った。
有寿輝の火葬の日、何やらしおりが彼のご両親と話していた。
「お願いします。まだ、奈月輝くんが有寿輝くんとお別れが出来てません。少しだけでいいから、二人にしてくれませんか! 」
奈月輝は、みんなよりも少し離れたところで膝を抱えて座り込んでいた。
しおりの訴えを彼のご両親は、快く了承したようですぐに葬儀場の人に話していた。
「奈月くん! 」
しおりが、無理やり奈月輝の手を引いって行った。少しの時を、有寿輝と奈月輝の空間でいることが出来た。
その後の奈月輝の顔は、スッキリとしていた。
有寿輝の葬儀が、あっという間に終わった。俺にはかなりの孤独感が残った。
他の人からしたら、有寿輝を生意気や甘えと思う人もいるかもしれない。
でも、本人は至って真面目で一生懸命にもがいているだけだった。
彼からの目線での感じ方に、いつも驚かされてこっちが勉強になった。
もう、会えないんだと思っても、教室の空席になった場所を見る。何日、何週間、何ヶ月経っても、卒業まで誰も座らなかった。
みんなに、席替えをしようと言っても、このままがいいと言った。有寿輝の死に、クラスメイトの中にはショックを受けている子もいたし、気にしない子もいた。
だが、彼らの心には有寿輝がいたことを忘れないでくれると思った。
俺は今でもよく思い出す出来事があった。有寿輝が出れなかった卒業式のことを。
俺が担任として、生徒の名前を一人一人大切に呼んでいた。もうこの世にいない有寿輝の番になり、誰も返事をしないと思っていた。
でも、たくさんの『はい』という返事が体育館にこれでもかというぐらい響き渡った。
それは有寿輝のご両親も聞いていた。クラス全員が、返事をして立ち上がった姿を見て、俺たちは涙を流した。
有寿輝が実際にはいなくて、みんなの心には彼がいて一緒に卒業をしているんだと思うと、とても嬉しかった。
しおりと奈月輝は、高校の卒業式が少し経ってから同じ大学に見事合格をしたと報告をするために学校にきてくれた。
「先生!俺たち、有寿輝のおかげで合格したんです」
「ん? 」
「有寿くんが、予見してくれました」
「ん?? 」
「合格するだろうって、手袋とハンカチをくれたんです! 」
合格の報告に来た二人は、嬉しそうに有寿輝からの贈り物を見せてくれた。
「有寿輝がいないのは、寂しいです。もっと何か出来たんじゃないかって思って悔しいです」
奈月輝は、もらったハンカチを大事そうに握り締めた。
「でも、有寿輝がくれたこの二つは俺らにとって大切な宝です。有寿輝がそうやって、たくさんの想いをくれたから。見えないだけでいつも近くにいるんです」
「有寿くん、苦しい顔じゃなかった。とても、穏やかで幸せそうだった」
有寿輝の最期の表情は、本当に穏やかだった。彼の人生は苦しくて辛いこともあったと思うが、それ以上に良いことがあったんだ。俺だってそう思った、いや思いたいんだ。
「そうだったな」
「先生、有寿輝のことを何があっても忘れないですよね? 」
奈月輝は、俺の目をまっすぐと見て問いかけた。
「奈月輝? 」
「先生って、前に同級生の彼女と姪っ子さんの話をしてくれたことがありましたね」
「そうだな」
「それって、自分がその時のことを忘れないためにもしてるんだって思ったんです」
「あっ……」
俺は、今まで関わった生徒たちに、彼女と姪の話したのには理由があった。
彼女たちには、一つの共通点があった。一言で表すならイジメだ。
自分とあなたは違うからと相手を見下し、友達だと思った人も同じ目にあいたくないからと逃げて加害者になる。
教育関係者や大人は、被害者よりも加害者のことを考えたり、己の保身のために隠蔽工作をしたりするのがイジメだ。
守られるべき人を助けずに、危害を加えたり見捨てたりする人を守るのを優勢に考えて、前者に攻撃をする集団犯罪でもある。
これからの人生で、自分の生徒だけでも加害者にならず、手をさしのべる人間になって欲しいと思った。
彼女がこの世にいたことを忘れずに、しっかりと問題について自分で考えて言動に気をつけれる人なって欲しい。
俺と同じように、何か出来なかったのかとまだ後悔をしてほしくなかったのだ。
今を生きる人にはまだなにか出来ることがあっても、この世にいない人にはもうないことになるから。一番いいのは、どちらも後悔をしないことだ。
それらの中に隠れたもう一つの理由が、奈月輝の言った自分が忘れないためだった。
俺は、彼女や姪の過去を知っていて、もしも俺が忘れてしまえば、彼女たちの過去や存在が失くなるかもしれない。
俺が覚えていたら、彼女が生きていて、姪が今必死に前に進んでいることを証明するんじゃないかと思った。
確かに、彼女は俺が学生だった頃に亡くなった。たとえ、そうだとしてもどんな形でも、彼女には生きて欲しいと思ったんだ。
俺が、これからの人生で、もし何かの出来事で忘れてしまうかも知れない。
その時に彼女のことを覚えている人に教えてもらうと、また彼女は俺の中で生きると思う。
「先生、どうぞ」
しおりが、地面を見る俺の前で視界に入るように手を指し出した。
「……これ」
さっき見せてくれた、有寿輝がしおりに送ったハンカチだった。しおりにとって、大切なものを使うのに戸惑って、彼女の顔を見れずに下を向いていたままでいた。
「先生。涙、拭きなよ」
その声に顔をあげると、俺の目の前にしおりではなく有寿輝がいた。
いつもみたいに、生意気な言い方をしてニコリとした笑顔だった。
「先生? 」
「あっ、しおり。ありがとうな」
俺の前には、しおりがいた。そして、俺はそのハンカチで涙を拭き取って返した。
「奈月輝としおりにお願いがあるんだ」
二人は首を傾げた。
有寿輝の死から何年も経った。俺は未だに教壇に立ち、生徒と向き合っていた。
「先生が、受け持ったある生徒の話だ」
どんな時代になっても、いじめがあった。
「彼は、二人の心友となんやかんやあっても、必死に生きていたんだ」
人の心に悪がある限り、いじめは無くならない。生徒を守る存在の教育関係者は、未だに被害者よりも加害者対応や己の保身、隠蔽をすることがニュースで多く取り上げられる。
時代と共に、様々な技術の進歩により簡単にネットでの録画に拡散とデジタルタトゥーとなり、目に見える形で永遠と残ってしまう。
それは、被害者を貶めたり守ったりする。
それは、加害者を楽しませたり、貶めたりする。
被害者の声を深刻に考えずに、イジメだと認識をしてなかったと教育関係者の偉い人が言う。
被害者の命が手遅れになることも、とても多い。
被害者になってしまった人の想いや周りの協力をなかったかのように扱われて、誹謗中傷になっていく。
「彼は、自分が出来ないことを責めることもあった。それを助けてくれる人がいるのを当たり前には思わなかったんだよ 」
俺は、彼……有寿輝や心友の二人である奈月輝としおりについてを生徒たちに話していた。彼らを参考してほしいとかじゃない。
「彼は、事故で亡くなったよ」
現役の高校生たちにも、有寿輝のことを知ってほしい。
人それぞれ、思い悩むことがある。これをどう立ち向かうか考えて必死にもがいた。
でも、どうしても自分一人では駄目だと思った。その時は、前じゃなくて横や後ろを周りを見て欲しい。
目の前に、安心する手や笑顔があるはずだから。互いが、不器用なこともあったり、ぶつかったりもあるけど。
最後には、笑い声になっているはずだから。
「先生は、みんなの味方だ。自分や誰かのことで思い悩むことがあるなら、コッソリ先生に教えてくれ。先生は力になるよ」
有寿輝が「先生は、みんなの味方だ」って聞いたらきっと言うだろう。
「先生、まだそれ言ってるんだ」
この言葉を言うたび、俺は有寿輝のことがそう言っているのを想い浮かぶ。
「彼は、たくさんの人から向けられる悪意の中にいた。信頼を寄せる周りの人に頼るのを怖がっていた。でも、周りは彼のそばから離れなかった。なぜだか、分かるか? 」
俺の問に、悩む生徒やつまらなそうに窓の向こう側を見つめる生徒がいた。
「彼がどんなに悪意の中にいてもな。そんなの関係ないし、自分たちの隣には、彼が必要だって人たちがいたからだ」
悪意の外側にいる人には、ほとんど大きく二つのグループが囲っている。
加害者の方に自分はこうはなりたくないからと、去っていくグループ。
被害者の隣が居心地が良いというグループ。その中に有寿輝の二人の心友がいる。
「彼は、出来ないことを出来ないからと諦めずに前に向いていた」
今、助けを求めれない人が、このクラスの中にいるかもしれない。有寿輝の話を聞いてきっかけにして求めて欲しい。俺が出来る限りのことは全力でするから。
チャイムが鳴り響き、放課後になった。 生徒は思い思いに教室から飛び出していった。二人の生徒が残った。
「「先生、助けて」」
「おう!」
生徒たちは、安心た表情で涙を流した。
奈月輝としおりが大学合格を報告してくれていたところまで、時は遡る。
「奈月輝としおりにお願いがあるんだ」
二人は首を傾げた。
「俺がこれから出会う生徒たちに、有寿輝と奈月輝としおりの話をしていいだろうか? 」
二人は顔を見合わせてから、こちらを向いて言った。
「「もちろんです! 」」
「ありがとう! 」
「先生。有寿輝のことで、何か後悔がありますか? 」
「なんで? 」
「俺たちに、他に聞きたそうな顔をしてるから」
しおりも同調するように頷いた。
「っ……」
図星だった。彼らなら、有寿輝があの時言いかけたことが分かると思ったからだ。
「有寿輝が前に言ってたんだ。『今は僕が待つ番だ』って。先生は「どうして」って聞いたんだが、その応えの途中で他の教員に呼ばれて聞けないままになってな」
『僕が待つ番』は言葉通りの意味かもしれないが、有寿輝なりにその応えを教えてくれようとした。それが聞けないままになっていて気になった。
「そういことか〜 」
奈月輝は、笑った。俺が、ずっとその応えを探してることを、いとも簡単にわかったというように。
「えっ? 」
「先生。有寿くん語、まだまだマスター出来てないですね」
しおりは、得意気に笑った。
「どういうこと? 」
俺は、しおりの言葉の意図が分からなかった。
「有寿くんがいう待つ番って、たぶん居場所だと思うんです」
「やっぱり、そうだよな。有寿輝は、いつもしおりや俺と先生が待ってくれてるって思ってる。それって、お互いが信用してるから出来るはずで。誰かにとって、信用してる人がいるってことは、その人の居場所だ」
「有寿くんが、私たちが忙しいのを分かってて。今度は自分が待って、私たちが疲れたときに話を聞いてくれようとしたんじゃないかと思うんです。次は、自分が居場所になろうとしたんです」
「しおりと同じことをいってるかもしれません。俺たちはいつも有寿輝の居場所になろうとした。有寿輝は、次こそ自分が待つ番だから。俺たちの居場所になるって思ったのかも……」
「有寿くんのことだから。きっと、そうだと思う」
二人の言葉に、俺は腑に落ちた。そっか、有寿輝は俺たちを信用してる。
そして今は頑張って待って、居場所になろうとしてくれたんだ。
俺たちがそうしてきたように、有寿輝もしようと思ってたんだ。
誰かに強制をされたのでなく、自分で考えてしていたんだ。
俺はそう思うと、嬉しかった。それを俺たちが指摘をすると、有寿輝の表情が想像できる。
「もう目の前で、有寿輝に会えないのは、寂しくて辛くてたまらない」
奈月輝は、いつも自分の隣にいた有寿輝の場所を見た。そこには、しおりだけがいた。
「俺は、たくさん生きて……。天国で有寿輝と会ったら、たくさん話すんです。有寿輝が途中で出来なくなってしまったことや俺の人生について、うるさいとかウザいとか疲れるって言われるぐらいに! 」
奈月輝は、普段隠していた悲しみを吐き出すように、どこかふっきれたように言った。
「俺たちより先に早く逝ってしまったから。もう、今それができないから。きっと有寿輝も寂しがってるし、楽しみに待ってくれると思う。ツンツンしながら……」
奈月輝のその言葉に、有寿輝ならありえるなと、想像したら笑えた。
「奈月くん、私ね」
「しおり? 」
「私ね。奈月くんの、話に賛成する! 」
「賛成って? 」
「私たちよりも早くに急にいなくなったから、有寿くんに仕返しをするの! 」
「仕返しって、言い方悪くない? 」
「私たちがどれだけ辛かったか悲しかったかを、有寿くんは知らない。だから、普段のやり取りをしまくってやるの」
「共感できるけど。発想斜め上にいってない? 」
「そう? 」
しおりは、笑った。
「それ、先生も参加していいか? 」
「「もちろん! 」」
俺たちは笑った。この世にいない有寿輝を想って。
『うるさくてウザくて疲れるトモダチは何を想ったのか』も合せて読むと彼らのことがよく分かるとおもいます。
僕自身、気持ちが落ち着くお薬を服用してます。お薬は、飲むことは生きるために必要です。否定はしておりません。
有寿輝の死は、薬の副作用かたまたまふらついて頭をぶつけたかの原因はわかりません。
ただ、有寿輝はもうこの世から去ってしまったのは変わらない事実で、彼の周りにいる遺された生きている人たちの物語を描きました。
読んでいただき、ありがとうございました。