文月
今年の天文部の合宿はお世辞にも充実しているとは言えないものとなってしまった。海辺の民宿に四泊五日の予定だったが、予想外の事態に陥ったため、一泊だけして翌日の朝早くに切り上げることになった。台風が直撃していたところの合宿決行というのも十分に無理があったのだが、この先簡単には忘れられそうにない目に、僕だけでなく、天文部全員が遭ってしまったのだった。
きっかけは、一日目の夜に女の子達が百物語を提案してきたことだった。部員五人と先生一人の六人しかいないのに百も語れるわけがないと、きっと全員がちらっと思ったはずなのだが、その夜は先ほど言った通り暴風雨の最中で、本来の目的である天体観測などできるはずもなく、暇にまかせて囲んでいたトランプにも飽きてしまったので、仕方なく一人十五話以上のキツいノルマに挑むことになったのだ。
女の子達は四泊五日のどこかでやるつもりでいたらしく、ちゃんとろうそく百本とろうそく立てを用意していた。民宿のおばちゃんは、ろうそくを使う百物語を快く了承してくれたそうだ。なんでも、『うちは古いから雰囲気出ていいでしょう』と嬉しそうだったらしい。先生は始終苦笑いで眺めていたが、案外乗り気なようであった。だいたい五十話くらいでネタが尽きて「あくまの人形」やら「きょうふのみそ汁」なんかでお開きになるか、みんなそのまま寝てしまうだろう。眠くなるまで暇がつぶせたらそれでかまわない。二年生の女子二人の合図から百物語が始まった。
「最初は、言い出しっぺの祥子からね」
「はい、じゃあ、始めます。
これは、私のお母さんの友達のいとこの先生が体験したんだけどね……」
「遠いな」
「うるさい。
……その先生は遅くまで一人で残ってお仕事してたんだって。テストの採点とか家でやればいいものを持ち帰りたくないからって言って九時過ぎくらいまでかけてやっと終わって。職員室の電気を消して、廊下に出た時に変だって思った。突き当りのトイレの電気がついてるの。
『誰かいるのか?』
声かけても返事はなし。でも誰かが調子を悪くして籠ってるなら助けないといけないでしょ?だから、個室一つ一つノックしてみた。個室は三つ。
一つ目。…コンコン……誰もいない。
二つ目。…コンコン……誰もいない。
三つ目。……コンコン…………
『誰もいないじゃないか』
先生が安心して振り返ると、トイレの入り口の前出青白い顔の女の人が先生を睨んでたんだって」
「……怖いね…」
「そんな感じでいいんだ…わかった……」
聞いたような話だな。そう思った。
祥子は満足気にろうそくを吹く。
先生は少し笑いながら団扇を動かす。
「次、遼くんね」
「…え、あの、俺、そんな怖い話持ってないッスよ……。先輩……助けて…」
残念、僕に助けを求めてもなにもできないんだ、権力者は二年女子なのだから。改めて言わなくても入部からの三ヶ月間でもうわかりすぎているくらいだとは思うけれど。
可哀想に、しぶしぶ話し始めた。
「俺、小学校にあがる前にじいちゃんが死んじゃって、もう声とか全然覚えてもいないんですけど、会うたびにおもちゃくれるから好きって言ってたらしくて、いま考えたらめちゃくちゃ現金なやつッスね、俺……。
……じゃなくて、その葬式のときに、火葬場でお骨拾いってあるじゃないですか、俺まだ小さかったし、じいちゃんにもよくなついてたから、気分が悪くなってきちゃって、母さんと葬儀場のロビーでみんなのこと待ってたんですよ。そしたら、俺の目の前にじいちゃんがきて、『遼、この間これが欲しいって言ってたよな、じいちゃんよくわかんないから間違ってたらごめんな』ってクリスマスプレゼントみたいなきらきらした袋を俺に渡して、どっか行っちゃったんですよ。
で、その袋っていうのが、じいちゃんが死ぬ前に、遼がきたら渡すからってばあちゃんに用意させておいたちっちゃい星座早見盤みたいなやつで、いまも使ってんですけど、ばあちゃんがそれ見てめちゃくちゃびっくりしてたんで、なんだったのかな、っていう……怖い話じゃないッスね、はい。終わりです」
「結構怖いぞ……」
「どうしても自分で渡しに来たかったんでしょうね、じいちゃん……」
遼は懐かしむように呟いて、苦笑いでろうそくを吹いた。そのあと、実際にまだ現役だという例の星座早見盤を見せてもらった、畜光インクを使ったちょっといいやつで、大事にしてるのが垣間見えた。みんな心なしか羨んでいたのが面白かった。
「はい、次せんせい」
「え、俺もやるの?五人で話してた方がキリよく平等に終わるじゃん」
「抜け駆けはよくないッスよ」
先生はほんとうに聞き専でいるつもりらしかった。藍地に金魚と桜というなんだか変な柄のボロい団扇を動かしながら頭の引き出しを一生懸命ひっくり返して話せそうなのを探しているのが見てとれた。一瞬ハッと口を開きかけたが視線を泳がせて思いとどまり、また少し沈黙が漂った。
「……んじゃあ、これは俺が最近遭った実際の話、」
僕たちより何十年も長く生きているのだから全くネタがないわけがないのだ、2年女子が静かに歓喜していたのを僕は見逃さなかった。
「うん……これは考えすぎなだけかもしれないから気のせいって言われたらそれまでなんだけども、この間、家のトイレで本読んでたんだよ、明日までに倉橋せんせーに返さなきゃいけない分厚い本でさ。一ヶ月も前に借りてたのをすっかり忘れてて、その時点で怖い話だろ、」
倉橋先生というのは国語科の主任の先生で、結構おっかない、僕のクラスの担任だ。ただでさえ怖いのに、あの活字中毒者に借りた本を返すのを忘れるなんて、考えただけで身の毛もよだつ怖い話だ……、この場でわかるのは僕だけだろうけど。
「脱線したね、まあとにかく便座に座って一生懸命読んでたんだよ。それで、三割くらい読み進めた頃かな、ドアをノックされたんだよね。……あ、ずっと便座に座ってたわ俺、と思って、『いま出るからちょっと待ってなー』って外に声かけてドア開けたんだよ、そしたら、なんとびっくり、膝下だけの足がドアの前に立って待ってたんだ。
……それでゾッとして思い出したんだけども、俺、一人暮らしなんだよね」
先生がろうそくを吹いた。
「……で、その足は、どうしたんスか、」
「んー、俺と目があったらスッと消えちゃったよね」
「次は紗枝だよ」
「はいはーい、じゃあ、どうしようかな、そんなに怖くないんだけど、隣の家の軒先の風鈴の話するね。
お隣さんはお婆さんの一人暮らしで、ちょっと気難しいひとなんだけど、休みの日とかに洗濯物干すんでベランダに出ると結構会うんだよね。お隣からは一年中風鈴の音がして、冬場の北風に吹かれて休むことなく風鈴が鳴り続けてる音がするとなんかじわじわ込み上げてくるものがあってアタシはわりと好きで、どんな風鈴なのかなって気になってはいたんだけど、いつも忘れてて見たことなくってさ。
それで、この前って言っても二ヶ月くらい前なんだけど、『いつも風鈴のいい音がしますね、どんな風鈴なのか見せていただいてもいいですか』ってついに聞いてみたんだ。そしたら『風鈴なんかうちにはないよ、アンタのとこから聞こえてくるんだと思ってたから……それじゃあ、あの音はどこからするんだろうねぇ』って言われちゃって、うちの近所、田んぼばっかで家なんかうちとお隣しかないのになあ、不思議だなぁ、って、」
最後の上手い言い回しが思いつかなかったのか、照れるように笑ってろうそくを吹いた。
「次、莉緒ちゃん」
一年生の莉緒に順番がまわってきたとき、遼がその隣で息を飲んだのを僕は見逃さなかった。
「遼、」
「だって、入学してすぐの一年生合宿でも百物語やったんスけどなんか、こいつ女子何人か泣かせてんスよ、ヤバくないッスか」
泣きそうな顔で訴えてくる遼を横目に莉緒がフッと笑って、
「あれは私の話じゃなくて、実際出ちゃったんだよ、あの子たちはなんか声が聞こえるって泣いてたみたい、だから大丈夫」
と、諭すように言ったのでもなんだかおかしかったのに、
「もう、余計に怖いから早く終わらせて……」
と、予防注射を待つ子供のように言うのでみんな吹き出してしまった。
「そうですね、可愛いのがでてくる話から始めましょうか。ペットショップ店員さんの話なんですけど」
ここで遼がホッとため息をついたのをみんな聞いていて、また笑ってしまった。
「その人は、ちょっと視やすい人だったらしくて、お店で死んじゃった猫が鳴いてるのとか、半透明のハムスターが転がってるのとか、日常的に視てたみたいなんです。その日は開店作業の前にひとりでお店のなかを掃除していたらしいんですね。
その人は鳥の担当だったから、二日前に亡くなった売れ残りのひよこのことを考えながらモップかけをしていました。そのひよこっていうのが、もう大人になりかけで、これはもう売れないだろうなあ、ってわかるような状況で、ひよこと名乗らせておくのもどうなのかなって感じで、半にわとりって呼ばれてたひよこさんだったそうです。『あいつ、にわとりになっちゃったら、引き取って育てようとおもってたのにな……』って呟いたそのとき、目線の先に、っていっても床上三十センチくらいですよ、そのひよこさんの、足が見えたんです。
だから、浮いてるんですよね、三十センチ浮いたところを、生きていたときと同じ格好で、歩いてる。ギョッとして声も出ないまま見てるしかできない、とりあえずどこまで空中を歩いていくのか、見守っていると、どうやら餌が置いてある部屋を目指しているらしい。あまりの食い意地に面食らってしまって、思わず、『おい、ひよ、ごはん食べたいのか』って声かけたら、こっちをチラッとみて、『なにいってんだ当たり前だろ』と言わんばかりに羽をバタバタさせてそのまま消えてしまったそうなんです。
気の強い子だったから、なんか最期までめちゃくちゃ偉そうだったなぁ、死んでも偉そうだなぁ、って改めて思ったそうです。いまでもときどき歩き回っているらしいですよ、ひよちゃん」
話が終わってふうっとため息をついたのは莉緒じゃなくてやっぱり遼だった。
「よかった、ほんとに可愛い話だった……」
「こいつ私のこと信用してなさすぎじゃないっすか、先輩……」
呆れ返った表情で彼女がろうそくを吹いた。
そして最後に僕だった。
「じゃあ、友達から聞いたのでもいいかな、」
「誰から?」
「泉です」
「へぇー、ずみさんから、意外だな、仲良かったんだ?」
先生は情報源のほうが気になるようだ。三年間同じ学校なんだから繋がりくらいあったっておかしくないだろうと僕は思うのだが、
「埒あかないんでもういいッスか……、休みに入る前に聞いたんで、わりと新しい話ですよ」
その話はわりと長いのでここでは割愛するが、僕はそうしてすっかり友人から仕入れたばかりの話を話してしまうとそういえば雨の日に因縁がある話なんだったと思って雰囲気を作ってくれた台風の暴風雨にここで初めて感謝した。
わりと皆ネタを持っていて、案外スムーズにろうそくは消されていった。僕たち以外に人がいない古い民宿と、台風の大きな風の音なんかもあって、軽い肌寒さを感じるようになってきた、夏の風物詩になっていたのもわかる。
先生は日本史の先生なのだけれど、怪談とか、神話とかに興味があって、天文部の顧問になってくれたのも、星座に、というか、逸話とかそういうのに誰よりもくわしくて、僕の二代前の先輩が軽く話を持ちかけたら食いぎみに了承してくれたそうである。以前、なにかの話の流れで百物語の話になったときに、怪談は魔除けの意味があったとかどうとか話してくれたけれど、詳しいことは忘れてしまった。合宿で百物語は三年前の愛好会発足以来はじめてのことのはずだから先生は内心、結構楽しんでいるはずである。
「タケちゃん、ちょっと怖い話してもいいかな、」
先生があいかわらず団扇を動かしながら小さい声で僕に話しかけてきた、いま話しているのは莉緒、心霊写真にまつわる実体験を淡々と話している。他の三人は枕を抱き締めて息を殺して聞き入っていた。
「莉緒ちゃんの後ろ、障子ちょっと開いてるんだけど、さっきピッタリしめなかったっけ」
「……やめてくださいよ、そういうのがいちばんヤバいですって……、」
莉緒は窓の前に座って話している、襖と違って外から誰かが開けられるわけではなかった。百物語が始まってから一時間はとうに過ぎているが、誰も立ち上がることはなく、ましてこの暴風雨に窓を開けようなどと狂気の沙汰だ。部屋のなかに『誰か』がいるのだ。ふたりでゾッとして先生は団扇を止めた。
なんだかんだで七十五くらい来てネタが尽きてきた。僕たちはあれからずっと窓の障子から目を離さないようにしてきたけれど特になにもなかった。一年生の二人はときどき空を見つめて突然目を逸らしたり、じっと動きをとめてなにかを聞いたりしているのが見てとれたけど、主催の二年女子ふたりは鈍感らしく、とくになんの動きも見せず楽しんでいるようだった。
ここで先生の番が回ってきた。
「もうネタ切れになってきてるみたいだし、先生のいちばんえげつないのを出してお開きにしようか。内容が内容だからいままで誰かに話したことはなかったけれど、もう時効だろうから」
少なくなったろうそくの灯りがゆれて、なんとなく不気味に室内をぼうっと照らしている。少し沈黙があった。みんな固唾をのんで先生を見ている。
「じゃあ、話すよ。
先生が高校生の時。高校3年の夏のはなし。」
「それって何百年前?」
「たった20年前」
紗枝の合いの手で少し空気が軽くなった。
「あのときは、文化部だったし、部活なんかもう引退しちゃって、毎日図書館で午前中勉強して、午後は昼寝をする生活をしてたんだよ。親は帰り遅いし、家にはひとりぼっちでいたから三時間くらい寝てたってなんにも言われなかったんだよね。
八月に入ってからかな、俺んちの隣に、ひとりの女の人が引っ越してきたんだよ。狭いアパートだったから一人暮らしは珍しくなかったけど、単身女性ってのはちょっと心配かなって思ったからよく覚えてる。やせ細って、背が高くって、あんまり魅力的じゃないな、ってのが第一印象。
その人が入ってきてから三日後くらいかな。昼寝してたら変な夢を見てね、
氷を食べようと思って冷凍庫を開けて製氷皿に手を伸ばすと……って、製氷皿って知ってるか?最近はあまり使わないらしいね。
その冷凍庫の入り口のとこに長い髪の毛が数本落ちてて。なんでこんなものが……と思ってごみ箱に捨てて、製氷皿を持ち上げると結構な量の髪の束がズルっと出てくるんだよ。うっわ、気持ち悪っ……って手を引っ込めて製氷皿を足の上に落としてしまったところで目が覚めたんだ。
それから毎日昼寝の度に夢をみて、それはどんどんエスカレートしてった。
毎日同じところから始まって、髪の毛束を発見したあとから変わってくんだ。あるとき、冷凍庫の奥に髪の根本があるらしいってことに気付いてね。……つまり冷凍庫に生首がしまってあるんだよ。
怖くなって寝られなくなってきたところで、外に出ると、毎回隣人を見かけるようになった。その、例の女の人だよ。改めてよく見るとなんだか変な人だったんだよね。胸元が強調されるようなヤツとか、ひらひらの女の子のお洋服着てるのに、格好は可愛いんだけど…、なんか、その……あの、胸がない、」
「下心全開で胸のサイズなんかチェックしてたの?」
祥子が引き気味に聞く。
「違うね、」
苦い顔で先生が即答した。
「最初はそういう人かと思ってたんだけど、どう見ても男なんだよね。まあでもいろんな人がいるし、自由だからもうそこは気にしないようにしたよ、性別不明の、フェミニンなファッションの人なんだって。あとちょっと生臭かった。体臭なのかなって思うようにした。顔は見なかったよ。なんか怖くてね。
ある暑い日に、ずっと昼寝しないように頑張ってたんだけどつい寝落ちしてさ、みちゃったんだよね、その、夢の続きみたいなやつ。
冷凍庫の奥の生首がこっちを向いて、男とも女ともつかない青白い顔で、しわしわの唇が裂けるほどニィッと嗤った。その時点で俺は声も出ないくらい怖かったんだけど、それで終わらないで、首は宙に浮いて高笑いしながら追いかけてきたんだよ。……もう死にもの狂いで駆けまわっって、足が縺れるんだけど一生懸命這って走って、あと数センチで追いつかれるってとこで目が覚めた。
汗びっしょりだったよ。ひと夏分の汗はかきました、ってくらいに。
とりあえずシャワーを浴びようと思って服脱いで。……アパートのお風呂場は玄関の隣で、人がギリギリ覗き込めないくらいの高さで明かり取りの磨りガラスの窓が付いてたんだよね。だけど、窓開けっ放しで入っちゃったんだ。
なんとなく嫌な予感がして、窓の方を見た、いや、見てしまった。
覗き込めないはずの窓から覗いてたんだよね、隣の人が。……夢でみた生首と同じ顔で。」
ここで先生がたばこを取り出して火をつけかけたが、生徒が目の前にいるのを思い出して、ライターをまたポケットに突っ込んだ。
想像以上に気味の悪い話だった…。女の子達は声も出せない。
「それで、これには後日談があってね」
ゆっくり団扇を動かしながら先生がまた話し始めた。こころなしか顔色が悪い。
「それからすぐに隣の部屋で小火騒ぎがあったみたいでね。それの注意するんで大家さんが部屋に入ったときに、なにかに気づいたらしい。すぐ捜査が入ってさ。
……何が見つかったと思う?
冷凍庫から女性のバラバラ死体が出てきたんだよ。ほぼすべてのパーツが見つかったんだけど、腰部だけがなかったらしいんだよね。腰から足の付け根まで。だいたい察しがつくかな、
犯人はもちろん隣の人だった、それと、その人はやっぱり男性だったよ。
俺はあの直後気を失って、そのはずみで浴室の椅子に頭をぶつけて三針縫うケガをしたからその事件が発覚したときは病院のベッドの上だった。
動機は痴情の縺れとか言ってたかな。でもたぶん付き合ってなんかいなくて、男の人の一方的ストーカー恋慕だったんじゃないかって俺は思うんだけど。
衝撃的だったのはあの女装の理由で、
『恋人を殺してしまったので自分が彼女にならなければいけないと思った』って言うんだよね。あの頃はサイコパスなんて言葉を知らなかったけど、今思うとそれなんじゃないかなって。
ごめん、話すにはよくない話だったね。他の先生には俺がこんな話をしたっていうのは黙っててね」
先生はろうそくを吹きかけてもう一度みんなの顔をみた。
「あとごめん、もう一個怖いこと言っていい?……窓になんかついてる」
みんながザッと後ろを振り返って窓を見ると、さっきまで数センチしか開いていなかった障子が開け放たれて、窓ガラスには小さめの手形のようなものが二、三見てとれた。もちろん今までなかったものだった。誰も声を出せなかった、全員の顔から一斉に血の気が引いて、先生が残りのろうそくを消した。
「とりあえず、もう寝ようか、あんな話したから夢見は悪くなりそうだけど」
本当は男女別室にしていたのだが、百物語をやっていたこの部屋で寝るのは流石に気味が悪く、八畳の部屋に六人で雑魚寝することになった。みんな嫌な夢を気にしてはいたが、それでも寝ておかないと、もうかなり深い時間になっていた。
けれど嫌な予感というのはいつも当たってしまうもので、始めに書いた気持ちの悪い現象とはまさにそれだった。
みんながみんな同じ夢を見たのだ。
殺され、切断された女の躰と、血に塗れて屍姦に耽る男。それから、嗤いながら追いかけてくる女の生首。
合宿を切り上げ、すぐに家に帰ることになったのは当然の結果だった。
今日は夏休みが明けてから初めての部活があったけれど、だれも合宿のことは口にしなかった。いつものように軽口を叩く先生と、莉緒をパンケーキ屋に一生懸命誘う二年生と、星座早見盤と天気図とにらめっこする遼が部室にいた。
そして僕は来年の新入生に向けてこの詳しすぎる活動報告をそろそろ書き終えるところだ。
来年、百物語をしようと言い出す生徒がいないことを願いたい。