光明(アトリ視点)
私の名前はアルトリア=ピースクラフト。ドワーフ王国の姫として生まれ、大地神ドルーガ様より加護を与えられた存在。
お父様は勇敢な王様で、お母様は優しい王妃様。幼かったあの頃は、とても穏やかな日々でした。
しかし、私に物心が付いた頃から、ドワーフ王国は変わり始めました。隣国が次々にミズガル合衆国に併合され、私達の国も他人事では済まなくなった為です。
『時代の流れなのだろうな……。ワシ等も受け入れねばなるまい……』
『あなた、大丈夫なの? 彼の国は良く無い噂も多いですわよ……?』
お父様とお母様の会話を耳にし、私も不安に思った事があります。ただ、その時はお母様が不安を察知し、大丈夫と私を抱きしめてくれました。それで、私も安心してしまったのです。
けれど、変化はあっという間でした。ドワーフ王国はミズガル合衆国に併合され、次々と実権が奪われていったのです。
ミズガル合衆国は民主主義の国。市民の多数決により全てが決まる。気がついた頃には、国民の大半が人間に入れ替わっていました。多くの同胞が国から追放されていたのです。
真綿で首を締めるようにジワジワと、ドワーフ族はその地位を奪われていったのです。その卑劣な手口に、ドワーフ族は成す術無く敗北したのです。
『我が愛しい娘よ。お前はこの国を離れるのだ。そして、ドワーフ族の希望となるのだ』
『貴女の成長を待ち望んでいます。何もしてやれない私達を、どうか許して下さい……』
悔しそうに拳を握るお父様。涙を堪えて私を抱きしめるお母様。私は涙を堪えて、笑顔で両親に別れを告げました。
私には王女としての責務があります。同胞の未来を守る責任があるのです。両親と別れたく無い等と、泣きわめく事は許されない立場なのです。
そして、私はヘイパス叔父様に手を引かれ、祖国を旅立ちました。あれは私が8歳の時です。私は素性を隠し、『アトリ=マナガン』となったのです。
『心配せんで良い。お主の事は、ワシが必ず守ってやるからな』
ヘイパス叔父様は、私の養父となりました。そして、私の事を実の娘の様に、可愛がってくれたのです。
しかし、その旅は険しいものでした。祖国を離れれば、そこは全て人間の支配下。大陸西部は全て人間至上主義で、亜人は差別の対象だったのです。
ヘイパス叔父様は、真っ当な仕事を得る事が出来ません。僅かな食料を得る為に、酷使される事が日常。時には報酬が払われず、ただ働きをさせられた事すらありました。
そして、ヘイパス叔父様は僅かな食料を私に与え、いつも私にこう言うのです。
『すまんな、アトリ。ワシは先に喰ってしまった。後はお前さんが食べてくれ』
それが嘘だと知っていました。痩せて行く叔父様の姿を見て、まともに食事を取っていないと理解していたのです。
だけど、私にはその嘘を指摘出来なかった。私が食事を食べると嬉しそうな顔を浮かべる。逆に受け取らないと、ヘイパス叔父様は悲しい表情を浮かべるのです。
だから、私はヘイパス叔父様の前では、常に笑顔でいると決めていました。悲しみで泣き叫びたい夜も、いつだって歯を食いしばって声を殺しました。
『海を渡れば、きっと楽になる。今よりも良い暮らしが出来るからな』
ヘイパス叔父様はそう言って、私をいつも慰めてくれました。海の向こうには差別の無い、楽園の様な国があると言うのです。
ですが、それも嘘だとわかっていました。大陸の殆どが人間の支配下なのです。私達を差別せず、受け入れてくれる国なんて有るはずがありません。
それは旅の間に嫌と言う程に思い知らされました。ドワーフ族、エルフ族、獣人族……。様々な種族が亜人と呼ばれ、鎖に繋がれ家畜の如く扱われていたのです。
人間は私達を同じ『人』として見ていない。便利な動物程度にしか思っていない。あいつらが居る限り、私達は幸せになんて成れないのです。
そして、その考えが間違いで無いと、私は海を渡ってすぐに思い知らされた。港町から馬車に乗り、森の中であの出来事が起きたからです。
『ちっ、グレイウルフの群れに囲まれてるな。襲って来るのも時間の問題だぞ』
『はあっ? 何だって街道沿いに群れがいやがる! 運が悪いにも程がある!』
馬車を操る御者と、護衛の剣士が騒いでいました。十名程の乗客全員が、その会話に不安な表情となりました。
護衛なのだから、追い払ってくれるのだろうか? 皆が縋る思いで見つめていると、護衛の剣士はニヤリと笑いました。
『一人でやるのは無理だ。なら、全滅するよりも、犠牲は最小にするべきだよな?』
『…………』
護衛の意図をくみ取ったらしく、御者の男は無言となります。それを了承の意と判断し、護衛の男が動き出しました。
ニヤニヤと笑みを浮かべ、私の元へと歩いて来ます。そして、その手が私の襟首を掴み――私は馬車から放り出されました。
『ア、アトリ……?!』
ヘイパス叔父様の叫び声が聞こえました。地面に転がり、痛む体を起こすと、私は更に驚きの光景を目にします。
馬車から顔を出すヘイパス叔父様を、護衛の男が蹴り落とす姿が見えたのです。その護衛の男は高笑いし、私達へとこう吐き捨てました。
『はははっ! せいぜい時間を稼いでくれ! 人間様の役に立てて良かったな!』
ああ、やはり人間と言うやつは……。どこまでも傲慢な生き物なのだろう……。
悔しさに涙が溢れました。私一人なら我慢も出来る。けれど、ヘイパス叔父様まで巻き込んで、魔物の餌食にされてしまうなんて……。
『まだだっ! まだ諦めるな、アトリ!』
ヘイパス叔父様は私に駆け寄り、私の身を引き起こします。そして、腰に下げていた手斧を掴み、ゆっくり森へと移動します。
広い場所ではすぐに囲まれてしまうからでしょう。少しでも木を盾にして、魔物の攻撃を防ごうとしているみたいでした。
『くそっ……! どうにかしねぇと! アトリだけでも、何とかしねぇと……!』
こんな状況でも、やはり私を助けようとしてくれる。けれど今の私には、それはただ悲しみでしかありませんでした。
もし助かったとして、それでどうしろと言うのでしょう? 私が一人で生き残った所で、もはや生きる術も、生きる意味も無いと言うのに……。
そして、私を庇うヘイパス叔父様は、ジワジワと傷を増やして行きます。手斧を警戒しているらしく、魔物は少しずつ弱らせようとしているみたいでした。
『はあ……。はあ……。うぐっ……!』
ヘイパス叔父様の右腕に、魔物が噛み付いてしまいました。それを好機と見て、魔物群れが一斉にヘイパス叔父様へと向かいます。
ヘイパス叔父様は必死に拳を振りますが、魔物はそれでも気にせず全身に噛み付いてしまいました。ヘイパス叔父様の死を目前にして、私は無駄と知りつつも叫んでいました。
『誰か……! 誰か助けて下さい……!!!』
誰に対して叫んだのでしょう? 助けを求めても無駄だと言うのに。これまで何度祈っても、その声が届く事なんて無かったと言うのに……。
こんな終わり方なんて、あんまりではないか。最後まで私を守ってくれた人が、私を庇って死に行く姿を見せられるなんて……。
――しかし、絶望する私の前に、眩い光が飛び込んで来たのです。
『ライトニング!』
離れて様子を見ていた魔物が、一条の光に貫かれました。そして、焦げ臭い臭いを漂わせ、その場にドサリと崩れ落ちます。
それを見た残りの魔物達は、一斉にヘイパス叔父様から離れました。新たに現れた人物を警戒し、そちらに向かって唸り声を上げ始めたのです。
『『『ぐるるるぅぅぅ……!!!』』』
現れた人物は黒目黒髪で、上質な黒マントを纏った人物。颯爽と現れると、杖で殴りつけ、魔法で打ち抜き、あっという間に魔物を追い払ってしまいます。
一瞬の出来事に私は唖然とします。何が起きたのか、すぐに理解出来ませんでした。しかし、ドサリと言う音を聞き、私はさっと血の気が引いてしまいました。
『――父ちゃん、しっかり!』
ヘイパス叔父様は、全身が血塗れでした。どう考えても助からない程の傷です。このまますぐに、亡くなるのだと理解してしまいました。
――ああ、やはり奇跡なんて起こらないんだ……。
私の心が絶望で染まります。そして、私が諦めた直後に、その声が耳に届きました。
『――ヒール』
目の前の光景に、私は再び呆然となります。ヘイパス叔父様の傷が、みるみるうちに塞がってしまったのです。
これ程の傷を瞬時に癒せるのは、かなり高位の神官様だけです。そんな人物が偶々この場に居合わせたと言うのでしょうか?
それだけでなく、神官様は攻撃魔法まで使っていた。回復魔法の習得には、長く厳しい修行が必要と聞きます。その上で攻撃魔法まで扱えるなんて……。
彼が何者かはわかりません。けれど、こんな奇跡が起こり得るものなのでしょうか?
私が不思議に思っていると、ヘイパス叔父様が頭を下げた。お礼を告げ、謝礼を払えない事を謝っていた。
――ああ、そうだった……。
神官様に治療を頼むには、高額の費用が必要になる。かなりの額を求められると聞いていました。
今の私達には、そんな持ち合わせはありません。代わりに差し出せる物だって無いのです。しかし、苦々しく思う私の耳に、想定外の言葉が飛び込んで来ました。
『いえいえ、謝礼は結構ですよ。困っている人を助けるなんて、当たり前の事ですから』
私もヘイパス叔父様も驚かされました。神職にありながら、お金を求めない人間が居るなんて……。
最初は戸惑い、言動の裏を勘繰りもしました。後から裏切られるのではと、その優しさに怯えもしたのです。
けれど行動を共にし、その優しさが本物だってすぐに気付かされます。その眼差しも、その声色も、大好きだった両親とそっくりだったのです。
「大丈夫だよ。オレが守るから。だから、今はゆっくりお休み……」
耳に届くその言葉が心地よい。この人の側なら、私は心安らぐ事が出来る。この人の隣こそが、私の居場所なんだって思えました。
ずっと側に居て欲しい。私に触れて、その温もりを分けて欲しい。例え人間だとしても、私はこの人なら信じられました。
「うん……。どこにも行かないで……」
思わず言葉が口から零れました。これは恐らく夢の中。それでも、この想いが伝わって欲しいと、私はそう願いました。
そう、これが私とお師匠様との出会い。私が誰よりも信頼し、誰よりも憧れる――自慢のお師匠様との出会いなのです。
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