予感
今のオレは一人、夜の見張りをしていた。街道沿いとは言え、獣や魔物も徘徊している森の隣である。夜の間は誰かが警戒している必要があった。
幸いな事に、オレは夜勤にも慣れている。何なら、二徹、三徹で働く事もざらであった……。
更には、今の肉体は二十歳の頃より漲っている。多少の仮眠を取れば、数日は問題無くやって行けるだろう。
アトリとヘイパスさんは、焚火を囲む様に眠っている。マントに包まれているとはいえ、地面に直に寝ているのだ。焚火の熱が無ければ、あっという間に体が冷えるからね。
「さて、アトリのスキルを確認するか……」
オレは二人の寝息を確かめ、メニュー画面を開いた。そして、パーティー一覧に並ぶ、アトリの名前を確認する。
ちなみに、ヘイパスさんは一覧に名前が無い。プレアブルキャラで無かった為か、その理由までははっきりしていない。
そして、肝心のアトリはと言うと、スキルはまだ未取得である。今日はLv2に上がっており、スキルポイントは『2』となっている。
「手持ち装備がハンドアックス……。けど、この先を考えるとな……」
アトリのスキル一覧に、斧系のスキルも存在する。しかし、アトリの最強装備はハンマーであり、斧はいまいち使い勝手が良く無いのだ。
斧が弱い訳ではないのだが、剣士の劣化になる場合が多い。逆にハンマーは性能が被る事無く、剣士が苦手とする魔物に有利となる場合が多いのだ。
今後の仲間を考えても、やはり斧スキルを取るのは得策ではない。アトリはハンマーを使うからこそ、四勇者の中でも輝けるのだから。
「とすると、武器系スキルは後回しだな。今すぐ役立ち、この後も生きるのは……」
オレはアトリのスキル一覧から、とあるスキルにそっと触れる。すると、そのスキルの名前と効果が表示された。
《(固有スキル)大地の加護 [土属性の効果/全ステータスに25%の補正] 》
このスキルは、アトリだけが持つ固有スキル。アトリが四勇者の一人である証である。生まれた時から所持しており、スキルポイントによる取得は必要ない。
そして、この効果は覚醒イベントを経て強化される。全ステータスの補正が、2倍の50%へと上昇するのである。
この恩恵が多き過ぎて、四勇者はチート級の万能キャラとなる。なので、基本的にはこの固有スキルを前提に、スキルを選ぶ必要がある。
「とすると、これで問題無いな」
オレは画面を操作して、アトリのスキルを取得する。選択したスキルはこの二つである。
《 大地の心得Lv1 [土属性の効果にSLv×20%の補正] 》
《 アーススパイクLv1 [土属性:魔力×(50+SLv×50)%のダメージ] 》
『大地の心得』はアトリの必須スキル。実はこのスキル、『大地の加護』にも影響を及ぼすのだ。序盤は効果を感じにくいが、これでステータス補正も30%へとアップする。
オレは念の為にステータス画面を開き、アトリのスキル効果を確認した。
<[導師の弟子]アトリ(Lv2)>
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HP:30 (+9)、MP:10 (+3)
攻撃:6 (+2)、防御:6 (+2)
魔力:4 (+1)、魔法抵抗:4 (+1)
速さ:2 (+1)、器用さ:6 (+2)
==============
「うん、問題無く補正が掛かってるな」
攻撃や防御のステータスはわかりにくいが、HPとMPは効果がわかりやすい。きっちりと、30%分の能力が追加されている。
そして、もう一つの『アーススパイク』だが、こちらは遠距離攻撃魔法である。素早さの遅いアトリは、これがないと相手によっては詰む場合がある。
特に苦手なのは、素早く逃げつつ魔法を使う魔物だ。近付こうにも追い付けず、一方的に遠距離から攻撃され続ける事になる。
それに対抗する為にも、一つは遠距離攻撃を習得しておかねばならない。今は魔力が低くて使いにくいだろうが、それでも将来的にも腐る事が無いスキルである。
「さて、しばらくは『大地の心得』を伸ばすとするかな?」
単純に威力を上げるだけなら、『アーススパイク』のレベルを上げれば良い。しかし、レベルを上げると消費MPも増えてしまう。MPの少ないアトリでは、すぐにガス欠となってしまうだろう。
一応、覚醒イベントを終えた後は、魔力とMPが大幅に上がる。けど、それまでは『大地の心得』で、ステータスや土属性の威力強化を行うのがベターだ。
アトリの職業が『導師の弟子』になった時は焦ったが、予定通りにスキルを伸ばせそうだ。恐らくは覚醒イベント後も、『大地の勇者』になって更なる強化を果すのだろう。
「……ってか、オレがスキル操作出来るのってどうなんだろう? これって普通じゃないよな?」
ずっとゲーム感覚で操作してるが、これがヤバイのではと薄々は気付いている。アトリもヘイパスさんも、オレのメニュー画面操作を不審そうに見ていたしね。
というか、画面が見えていないないし、存在も理解出来ていなかった。これは所謂、転生者特典のチートスキルなのだろか?
やはり、大っぴらには言わない方が良いのだろう。それとなく誤魔化せる言い訳を、考えておかないとな……。
「――やめて……。やめてよ……」
「うん?」
唐突な呟きに、オレはドキリとする。考えている側から、メニュー操作を見られたのかと思った。
しかし、それが勘違いだとはすぐに気付く。先程の言葉はアトリの寝言であった。彼女は寝苦しそうに、もぞもぞと動いていた。
「どうして……? 酷いよ……」
どうも悪夢にうなされているらしい。近寄って覗き込むと、その幼い顔が涙で濡れていた。
オレはポケットからハンカチを取り出し、そっとその涙を拭いとる。そして、ブラウンの癖毛を優しく撫でた。
「辛い思いをして来たんだろうな……」
アトリの実年齢は13歳だ。30歳のオレからすると、娘と間違えられかねない年の差である。
そんな少女が長旅で迫害を受け続けて来た。そう思うと、オレは胸が締め付けられる思いがした。
「酷い世界だよな……。――いや、オレの世界も変わりはなかったか……」
人種差別は何処にでもある。この世界で無くても、オレの元居た日本でさえも過去には存在した。
世界規模で見れば、未だに差別は無くなっていない。それどころか、人種すら関係なく、人間は他人の心を平然と傷付ける。
元の世界でオレは無力だったが、この世界ではどうなのだろう? あの世界では出来なかった何かを、オレは成す事が出来るのだろうか?
それともやはり、何も変わらないのだろうか? 世界を変える事は出来なくても、せめてアトリの心だけは救ってあげたい所だが……。
「お父様……。お母様……」
髪を撫でるオレの手に、アトリの手が伸びて来た。そして、握った手を胸元へ持って行き、ぎゅっと抱きしめた。
本当の両親を思い出したのだろうか? そして、悪夢は収まったのだろうか?
穏やかな表情に変わったアトリを見つめ、オレはほっと胸を撫で下ろす。そして、彼女に対してそっと囁く。
「大丈夫だよ。オレが守るから。だから、今はゆっくりお休み……」
「うん……。どこにも行かないで……」
その返事ドキリとさせられる。アトリが起きているのかと錯覚してしまった。
しかし、それは偶々だったらしい。彼女はそれから寝言も無くなり、静かに眠り続けた。
オレはアトリの寝顔を見つめる。そして、アトリの願いに対して、答えを出せずにいた。
「……オレは、ずっと一緒に居られるのか?」
今のレベルはそれなりに高い。中盤までは、アトリの面倒を見る事が出来るだろう。そして、『導師』という職も、アトリの育成に向いている。
しかし、オレは並ぶスキルを思い出す。そして、その欠点を直視せずにはいられなかった。
――『導師』は基本スキルしか取得できない。
汎用性が高いスキルは多く取得出来る。しかし、終盤で活躍できる、強力な固有スキルが存在していないのだ。
アトリのレベルが上がり、オレと同じレベルとなったら。恐らく、そこでオレの役目は終わるのだろう……。
「……いや、望まれる限りはやってみよう」
恐らくオレは、終盤には役立たずとなる。いずれ四勇者と肩を並べる事が出来なくなるだろう。
だが、オレはそれでも構わないと思う。アトリの役に立てるなら、それで良いと思う事にした。
「うん、踏み台だって構わない。アトリ達の役に立てるならね……」
――この薄幸の少女が、どうか幸せでありますように……。
オレは星空を見上げながら、居るかわからない神にそっと祈るのだった。