魔鋼鍛冶師
オレは魚を木の枝で差し、焚火側の地面に差す。今日のランチは、川魚がメインである。ライトニングを川に撃って捕獲した魚だ。
調味料があればなお良いのだが、そこはもうしばらくの辛抱である。森ではハーブ以外の調味料が調達出来そうになかったからだ。
ヘイパスさんの荷物があれば、多少の調味料はあったらしいんだけどね。残念な事に彼等の荷物は、彼等を見捨てた馬車の中だそうだ……。
「それでは、待ち時間にお茶でもどうぞ」
「すみません。お世話になりっぱなしで」
オレは淹れたハーブティーをヘイパスさん、アトリの二人へと手渡す。マナガン親子は恐縮しながら、オレからカップを受け取った。
得意不得意もあるし、そこまで恐縮しなくてもとは思うんだけどね……。
今の彼等は手ぶらであり、森で役立つスキルも所持していない。出来る事が限られるのは仕方が無い事である。
とはいえ、気にするなと言っても無理だろう。なのでオレは、魚が焼けるまでの時間、他の話題で場を繋げることにした。
「そういえば、ヘイパスさん。ラナエール王国に着いたら、どうするおつもりですか?」
「うーん、どうしたもんですかね……」
オレの問い掛けに、ヘイパスさんが肩を落とす。途方に暮れた表情で、何とも言えない笑みを浮かべていた。
「本当なら、得意な鍛治仕事で稼ぐつもりだったんですがね。仕事道具も失くしちまって、それも難しくなっちまいましたしね……」
「父ちゃん……」
ヘイパスさんのボヤキに、アトリがハッとした表情を浮かべる。この先の食い扶持を稼げないと、彼女も初めて気付いたのだろう。
そして、ズボンのポケットに手を添え、義父をじっと見つめ続ける。そこには魔石が納められており、少しでも足しにと考えているのだろう。
だけど、その稼ぎではランチを食べるのも難しい。親子二人が生活するには、到底足りるとは言えない額でしかなかった。
なのでオレは、ヘイパスさんへと提案を行う事にした。
「ラナエール王国についたら、王宮に腕を売り込みませんか? ヘイパスさんの技術を知れば、王家も好待遇で迎え入れてくれるはずですよ?」
「王宮に売り込みですか……。だが、そうなるとワシ等は……」
ヘイパスさんが言い澱む。そして、オレはその理由は察している。彼等は自らの素性を知られることを恐れているのだ。
ヘイパスさんとアトリは、親子として五年間の旅を続けて来た。その中で人間社会で揉まれ、様々な仕打ちを受けて来たのである。
勿論、ヘイパスさんは世の中を良く知っている。全ての人間が悪人ではなく、善人がいる事も知っているだろう。
とはいえ、人の醜さを多く目にして来たのも事実だ。知らない人間に対して、全ての手の内を晒すのは、躊躇って当然だと思う。
しかし、その警戒心のままでは、悪い方向へと向かってしまう。王家と接触を避け、早期に活動出来なくなるのだ。
それは双方にとって、大きなデメリットである。彼の腕が早くから振るわれれば、それだけ国の兵力強化に繋がるのだから。
「ラナエール王国は信用して大丈夫ですよ。あの国はミズガル合衆国の様に、人間至上主義ではありません。隣国の獣人国とも上手く付き合っています。思い切って素性を説明してみましょう」
ラナエール王国は穏やかな国なのだ。比較的温暖で作物が豊富。それでいて、険しい山に囲まれた立地のお陰で、他国がわざわざ攻め込もうとしない。
それ故に、ガラパゴス化している国なのである。多人種がやって来る事は少ないが、珍しくは思っても迫害なんて思い付きもしない。アトリでも安心して暮らせる国なのである。
だが、逆に他国よりも兵力は劣っている。小国であり、戦争への備えも無い。凶悪な魔物も国内におらず、強い冒険者も育ってはいない。
魔王が復活した際に、それが原因で大きな被害を受ける。たまたま、アトリともう一人の勇者が居合わせた事で、壊滅的な状況までは行かずに済むのだが……。
「それでも不安なら、私も交渉に立ち会いましょうか? 少しは役立つと……」
「ほ、本当に良いんですかっ?! アキラ様に口添え頂けるなら間違いねぇ!」
ヘイパスさんはバッと顔を上げ、目を爛々と輝かせていた。顔も上気しており、その興奮具合にオレは思わず口を閉ざす。
――オレの信頼度が高すぎじゃない?
出会ってまだ一日だったよね? 命を助けたり、食事の面倒を見たりしたから?
ヘイパスさんの反応には驚いたが、それが悪いという事は無いか。まあ良いだろうと考えて、オレはヘイパスさんへと話を続ける。
「上手く雇って貰えたら、兵装の強化をお願いします。今のまま魔王が復活したら、ラナエール王国は大きな被害を受けます。けれど、魔鋼製の武具があれば、その被害を大きく減らす事が出来るはずなのです」
「な、なるほど……! アキラ様の本当の狙いは、そこなんですね……?」
ヘイパスさんは表情を引き締め、こちらへと問い掛けて来た。オレはにこりと笑って頷き返す。理解が早くて非常に助かる。
ヘイパスさんの理解した通り、一番の狙いはラナエール王国の兵力強化である。魔王軍対策として、人類側の兵力は高ければ高い程有利になる。
勿論、ヘイパスさんの苦しい現状を考えた結果でもある。荷物も無くして無一文。これで働き口まで見つからないなら、生活すらままならないだろう。
ちなみに、ゲーム上のヘイパスさんは、ラナエール王国で小さな店を開いていた。自力で何とかしたのだろうが、そこには大変な苦労もあったはずだ。
しかし、そんな無駄は省くべきである。ヘイパスさんには一日でも早く、その腕を振るって貰うべきなのだ。
オレがその様に考えていると、何故かヘイパスさんの表情が曇ってゆく。その変化を不思議に思っていると、彼は言い難そうに口を開いた。
「その、申し訳ねえ……。腕を振るいたいのは山々なんですが、ちと難しいと言うか……。ラナエール王国で、魔鋼が集まるかっていう問題が……」
「ああ、なるほど。魔鋼の採取についてですか」
ヘイパスさんの言いたい事はわかった。何せ魔鋼はドワーフ族だけが扱える鉱石。ドワーフ王国以外では、採掘がされていないという設定である。
そして、その魔鋼を使わねば、ヘイパスさんも魔鋼武器――いや、魔剣製造を行う事は出来ないのだ。
「けれど、問題はありません。ラナエール王国にも、採掘地に当てがありますので」
「――って、マジですかい?! 魔鋼の存在自体が、ドワーフ族の秘伝なんですよ!」
何故、知っているかと言われると困る。ゲーム知識とは言えないからね。なのでオレは、笑って誤魔化す事にした。
そして、彼は言えない事情があると察してくれたらしい。ヘイパスさんは落ち着きを取り戻し、困った様子で頭をガリガリと掻きだした。
「まあ、今更アキラ様を疑ったりしませんよ。ワシはただ信じて、その通りに動くだけでさぁ」
ヘイパスさんのは二っと笑う。オレの事を信じていると、その眼差しが語っていた。
オレはただ静かに頷く。多くを語れない以上は、こちらも信じてくれとしか言えないのだから。
「……さて、そろそろ食べ頃みたいですね」
オレは焼き魚の串を引き抜く。十分に焼けた事を確認すると、それをアトリへと差し出した。
オレ達のやり取りを呆然と見ていたアトリは、慌てた様子で串を受け取る。そして、美味しそうな魚の姿に、ごくりと喉を鳴らして来た。
「熱いから気を付けてね?」
「ありがとうございます!」
アトリは礼を告げると、ゆっくりと魚に齧りつく。そして、熱そうにしながらも、その美味しさは顔を見るだけで理解する事が出来た。
オレは二本の串を引き抜き、一本をヘイパスさんへと手渡す。オレとヘイパスさんは、アトリの様子に笑みを零し、揃って焼き魚を口にした。
……うん、旨い! 調味料が無くても、これなら十分に美味しく頂ける!
オレ達三人は笑みを浮かべ、夢中になって魚へとかぶりつく。色々と難しい話もしたが、ランチタイムからは穏やかな空気で過ごすのだった。