リコリス=アイシオン
ガーランド城では何やかんやあった。実に厄介なお願いを引き受ける事になってしまった。
だが、すぐに開放してくれて、長居せずに済んだのは良かった。向こうからすると、オレとリューク王子との接触を避ける意図もあったのだろうが……。
とはいえ、一旦はそちらの厄介ごとは忘れるとしよう。何せ今のオレ達は、アイシオン家に訪問してるのだ。
案内されたのは豪華な応接室。公爵家に相応しい内装で、気品に溢れて実に上品である。以前の孤児院とは比べるべくもない。
そして、オレを中心にソファーに腰を下ろす。右はアル、左はアトリ、背後にはカタリナさんが控えていた。
向かいに座る白銀の髪を持つ30半ばの紳士。彼は柔らかな笑みを浮かべて口を開く。
「お初にお目にかかります。私はアイシオン家の当主フローレンスです。そして、こちらが娘のリコリスとなります」
「は、初めまして、導師様。お会い出来て光栄に存じます」
ペコリと頭を下げたのは、腰まで届く銀髪を持つ少女。彼女が頭を上げると、その整った顔立ちに思わず息を飲む。
まだ13歳の少女の為、子供らしい幼さも残している。しかしながら、芸術作品の様に整った顔立ちは、そうお目に掛かれるものではない。
ゲームでは美少女だと知っていたが、実物を見るとまったく別物だ。オレは惹き寄せられる視線を誤魔化し、二人に対して笑顔を返す。
「本日はお時間を頂き、ありがとうございます。こうして話す機会を得られて、とても助かっています」
「話の内容は想像が付きます。一つは暗躍する魔王軍の対策。そして、もう一つがリコリスの持つ『水の加護』についてですね?」
こちらが切り出すより早く、いきなり本題から入って来た。こちらの意図が伝わっている事に、少なからず驚かされる。
一応、ラナエール王国側はこの情報を隠している。魔王軍の件は、デリケートな内容なのだ。下手に民衆に広まると、不安から治安に影響が出かねない。
その為、ガーランド王にも正確な話は、直接口頭で伝えたくらいだ。その後、すぐにこちらに移動したので、フローレンスさんは独自に情報を掴んでいた可能性が高い。
「話が早くて助かります。二年後に復活する魔王への備えとして、未来の勇者を育てておきたいと考えております」
「やはり、そういうことですか。……そして、そちらの二人も、未来の勇者なのですね?」
フローレンスさん、リコリスの二人が視線を動かす。見つめる先は、オレの左右に座る二人だ。
そして、状況を読んで先にアルが一礼する。それに倣う形で、アトリもそれに続く。
「初めまして、アイシオン卿。私はアルフレッド=フォン=ラナエール。『火の加護』を持ち、導師様に指導を受ける身です」
「は、初めまして、アイシオン卿。私はアトリ――いえ、アルトリア=ピースクラフト。元ドワーフ族の姫にして、『大地の加護』を持つ、導師様の一番弟子です」
二人の挨拶にフローレンスさんは静かに頷く。そして、隣のリコリスは小さく目を見開いていた。
恐らく、二人はアルとアトリの素性を知っていた。ただ、それが事実と確認出来ての反応なのだろう。それ程までに、二人の反応は微かなものでしかなかった。
フローレンスさんは軽く二人に挨拶を返す。そして、オレへと再び視線を戻した。
「それで、王家からは何かご依頼を受けたのではないですか? 主にリューク殿下のことで」
「ははは、そこまで把握されているのですね。確かにリューク殿下の件で依頼を受けました」
フローレンスさんは、全てを把握している。情報をとても大切にし、その情報から正確に状況を読み取っているのだ。
ならば、下手に隠し事をするべきではない。こちらも情報を公開して、相手からの信頼を得ておくべきだろう。
「リコリスさんを指導するなら、リューク殿下にも同様の扱いを。周囲には対しては、リコリスさんを優遇している様に、決して見せないで欲しいと頼まれています」
「やはりそうでしたか。まあ、今回は身内の恥を隠さなかっただけ、マシと思うべきでしょうか……」
フローレンスさんは苦々し気に表情を歪めた。どうやら、この件では彼も苦労しており、普段はもっと酷い状況だったみたいだ。
更に隣のリコリスは、肩を落として顔を伏せた。リュート王子の婚約者として、肩身の狭い思いをしているのだろうね。
何となくだが、オレはこの国の現状が見えて来た。内在する問題と、それによって未来で起きる出来事が、少しだが見えた気がする。
少し考え込んだオレを、じっとフローレンスさんが見つめていた。しかし、オレが視線に気付いて顔を上げると、彼は真剣な表情で頭を下げた。
「リコリスの事はお願いします。リューク殿下の件でご迷惑をお掛けしますが、こちらでもフォローは行わせて頂きます」
「よろしくお願いします、師匠! この国とリューク殿下の為にも、私はどんな修行にも耐えてみせます!」
フローレンスさんはともかく、リコリスの真摯な態度にオレは驚かされる。ゲーム内の彼女は、もっと傲慢な態度のツンデレではなかっただろうか?
そう思いはしたが、素直なリコリスもまた良いものだ。真剣な眼差しを向ける彼女に、オレは微笑みで答えた。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。この国、この世界を守る為に、私も尽力致しましょう」
こうして、リコリスが正式にオレの弟子となった。三番目の主人公キャラまで、順調に仲間に加える事が出来た。
そして、少し後にはなるが、リコリスのステータスも確認した。何故だか彼女は、仲間に加わってすぐにメニュー画面に表示されたのだ。
この辺りの仕様も不明だが、ひとまずは順調と思っておこう。何事も順調に進む分には、良い事だと思うからね……。