三人目
教会のごたごたも片付いて、ようやく落ち着きを取り戻した城内。しかし、アトリの給仕によるティータイムを堪能していたら、部屋に飛び込んで来る者が居た。
「せ、先生! ガーランド王国へ向かうとは本当なのですかっ?!」
余程慌てていたのか、ノックも無く飛び込んで来た。視線を向けると、そこには焦った様子のアルフレッドが居る。
鋭い視線で睨むアトリを手で制し、オレはアルフレッドへと苦笑を向けた。
「ええ、その通りです。準備が整いましたので、そろそろ向かうべきだと判断しました」
「わ、私の修行はどうなるのです! ようやく、魔鋼製の装備が完成したと言うのに!」
どうやらアルフレッドは、自らの修行を心配しているみたいだ。アルフレッドは自分がアトリに後れを取っていることを気にしてた。
なお、修行の催促を受けた事もあるが、ヘイパスさんの武具完成を待つ様に伝えていた。アルフレッドはオレの言葉に、今日まで渋々待っていたのである。
そして、その武具が完成したのが今日である。アルフレッドからすると、ようやく修行が開始されると楽しみにしていたのだろう。
「その事は心配ありません。ガーランド王国のダンジョンに向かうつもりです。あそこであれば、アルの剣技も通りが良いですからね」
ちなみに、アルフレッドからは弟子入りに合わせ、アルと呼んで欲しいと頼まれている。当初の殿下呼びには、激しく反対を受けてしまった。
そして、アルも愛称呼びに、嬉しそうな表情を浮かべている。ただ、本題を思い出したらしく、すぐに真剣な表情へと戻ってしまったが。
「修行が行われるなら良いのです。ただ、どうして遠いガーランド王国へ? 修行を行うなら、我が国にもダンジョンはあると思うのですが」
アルの修行だけなら、確かにこの国でも出来る。しかし、ガーランド王国へ向かうには、別の理由があるのだ。
その説明をしようとした所で、開いた扉からこちらを覗く存在に気付く。アルを追い掛けて来たカタリナさんが、入って良いか躊躇っているみたいだった。
来てくれたなら、説明が二度手間にならずに済む。オレはカタリナさんに手招きし、彼女が入って来ると説明を始めた。
「あの国に向かう目的は、三人目の勇者です。『水の加護』の持ち主と接触する為となります」
「ほう、三人目の勇者ですか……。先生、それはもしかして、リューク王子の事でしょうか?」
アルは納得顔で頷いていた。どうやら、あの国の第一王子が、自分と同じ勇者だと考えたらしい。
オレはその名が出た事に軽く驚く。しかし、すぐに首を振って否定した。
「いえ、違いますよ。どうしてリューク王子が勇者だと思ったのですか?」
「え、いや……。優秀な水魔法の使い手として、名が知られていますよね? アトリも私も王族ですし、その流れでは、リューク王子なのかなと……」
リューク王子が優秀? どちらかというと、ダメな方の印象が強いんだけど?
オレは内心で首を傾げつつ、カタリナさんに視線を向ける。すると、カタリナさんは頷きつつも、簡単に説明を行ってくれる。
「優秀な使い手と噂には聞いています。宮廷魔術師の手ほどきを受け、着実にその実力を伸ばしているそうです。あの国の未来は安泰だろうと、周囲の国々に名が広まっていますね」
「ふむ、なるほど……」
……それはアレだな。周辺国への印象操作だ。ミズガル合衆国を警戒してのことだろう。
資源に乏しく、貿易で成り立つガーランド王国。あの国は周辺国に舐められる訳にいかない。国家が盤石であると思わせたいのだ。
その為に、わざわざ噂を流している。そして、そんな事をしている時点で、リューク王子の実力は底がしれてしまう。
実際、2年後の魔王復活時に、リューク王子は早々にリタイアしてしまう。序盤の防衛線で命を落とす、良い所の無いキャラなのである。
何となく事情が知れたオレは、その話題を忘れる事にした。そして、本題である三番目の勇者の話へと移る。
「『水の加護』を持つのは、リコリス=アイシオン。アイシオン家の長女が三番目の勇者だよ」
「導師様、それは本当ですか? アイシオン家と言えば公爵家。そして、リューク王子の婚約者ではないですか。どうしてその様な人物が、神の加護を持つと知られていないのですか?」
リコリス姫がリューク王子の婚約者? どうして、噂が知れ渡っていないか?
いや、婚約者の話なんて初耳なんだけど。それに、アイシオン家が侯爵家っての知らない。
ゲーム上では重要じゃないから語られなかったのか? 逆にわざと情報が隠されていた?
「……詳しくはわかりません。ただ、その辺りの事情は確かめておきたいですね」
「むむ……。つまり、あの国には何か事情がある。そういうことですね、先生?」
アルはキラッと目を光らせていた。何かに気付いたという雰囲気を醸し出している。
いや、本当に何かあるかは、オレにだってわからない。もしかしたら、とんでもなく下らない理由があるのかもしれないし。
ただ、アトリもカタリナさんも、キラキラした目でオレを見ている。何故だか知らないが、皆の期待がとても爆上がりしている気がする。
オレは内心で冷や汗を流しながらも、何となく雰囲気を察した回答を行う。
「それは、行ってみなければわかりません。その為にも、あの国に行く必要があるのです」
「ふっ、そういうことですか。ならば、向かわねばなりませんね。ガーランド王国へと!」
アルが何やらやる気に燃えている。少しすれ違いもあったが、修行に対する不満が消えたなら良かった。
オレは手元のカップを口へと運ぶ。アトリの入れてくれた紅茶は、少し冷えたが十分に美味しかった。
「……あ、あの、お師匠様?」
「どうしたんだい、アトリ?」
様子を伺っていたアトリが、すぐ隣で小さく手を挙げていた。オレに対して質問があるみたいだ。
彼女の質問を待っていると、少し恥ずかしそうにしながら、アトリはオレへと問い掛けて来た。
「その、リコリスさんという方は、どんな人でしょうか? 私とも仲良くして下さいますか?」
「ああ、リコリスか……」
リコリスは人気が高いキャラだったな。『救世のラナエール』のファンの中で、熱狂的なファンが多く居た気がする。
オレも決して嫌いなキャラでは無い。ただ、アトリの問いに対しては、何と言うべきか悩ましい所だ。
「……そうだね。とても真面目で、根は優しい子だよ」
「そうなんですね。それなら、すぐ仲良くなれますね」
アトリは嬉しそうに、無邪気な笑みを浮かべていた。オレの答えを、良い風に受け止めてくれたらしい。
オレは再び紅茶を口にする。そして、窓の外を眺めながら、そっと小さく呟いた。
「そうだね……。そうなると良いね……」
「え……? いま、何か言いましたか?」
その声は、アトリの耳にハッキリ届かなかったみたいだ。それならそれで良いかと、オレはゆっくりと首を振った。
そして、オレは遠い目をしながら、ゲーム内でのリコリスを思い出していた。
――彼女、ツンデレなんだよな……。
周囲からメチャクチャ誤解されるし、何なら結構なトラブルメーカーだったりする。それでもどこか憎めない。それが、リコリス=アイシオンなのだ。
モニター越しなら良かった。ただ、現実に居たら大迷惑なのだろう。オレは内心で息を吐き、どうしたものかと途方に暮れるのだった。
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