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事後処理

 ビスマルク司教の捕縛から一日が経った。目覚めたばかりの私室で、何故かオレはメイド服のアトリを凝視している。


 どうしてアトリはメイド服なのだろう? そして、どうして目覚めたら、部屋の掃除をしているのだろう?


 状況がわからず、ベッドの上でアトリを眺め続ける。そんなオレに対して、アトリは楽しそうに笑い掛けて来た。


「おはようございます、お師匠様。けど、もうすぐお昼ですよ?」


「え? もう、そんな時間なのか……」


 カーテンの隙間からは、明るい光が差し込んでいる。お日様は既に、高く昇っているのだろう。


 つまり、オレは盛大に寝坊をしてしまったらしい。昨日は遅くまで捕縛やら、尋問やらの手伝いをしていた。その疲れもあったのだろうね。


 服も昨夜まで着ていたものである。部屋に戻ると、そのまま眠ってしまったのだろう。オレはばつの悪い思いで、ベッドから降りて靴を履く。


 すると、アトリが気を利かせて、カップに紅茶を入れてくれた。


「保温効果のあるポットらしいです。昼食前なので軽めにどうぞ!」


「ああ、済まないね。助かるよ」


 テーブルに着くと、バスケットが置かれていた。掛かっていた布をアトリが取ると、その中身はクッキーであった。


 オレは紅茶を一口飲む。アツアツでは無く、程良い熱さが今は丁度良い。そして、クッキーを一つ頬張る。甘過ぎない上品さで、大人向けの味だなと思った。


「どうでしょうか? 朝から焼いてみたのですが……」


「アトリが焼いたのかい? 凄く美味しくて驚いたよ!」


 オレは素直に驚きを表現する。普通に美味しかったので、城のメイドさんが焼いたのかと思った。


 ……いや、アトリはメイド服を着ている。彼女も城のメイドか?


 いやいや、オレは何を錯乱している。アトリはオレの弟子であり、元ドワーフ族の姫だ。決してメイドでは無い。


 むしろ、こんな格好で掃除させて良い相手ではないのだ。オレは困惑気味にアトリに尋ねる。


「それで、どうしてメイドの恰好で掃除を?」


「私は弟子ですので。身の回りのお世話です」


 なるほど――わからん……。


 弟子とメイドは別物だよね? どうしてそこがイコールになったのだろう?


 ここ数日放置したせいだろうか? どこかで変な意見を吹き込まれたのか? 


 オレは心配になって、アトリに優しく問い掛けた。


「ここ数日は相手を出来ずに済まない。その、今日までどう過ごしてたんだい?」


「えっと、お師匠様のお部屋のお掃除。それに、お料理の勉強もしていました。城のメイドさん達が、親切に教えてくれたんですよ!」



 ――城のメイドさん達に吹き込まれてた!



 そりゃ、こんな女の子が掃除や料理をしようとしたら、メイドさん達も放っておく訳がないよね。


 健気な姿に引き寄せられ、構ってあげたくもなるだろう。それで、メイド服まで着せるのは、どうなのかとは思うんだけど……。


 ただまあ、アトリが楽しそうなのは良かった。寂しい想いはせずに済んだみたいだ。その点に関しては、城のメイドさん達にも感謝だな。


 オレは黙々とクッキーを食べ続ける。そして、最後にグイっと紅茶を飲み干す。その締めとして、パンっと手を合わせてこう告げた。


「ごちそうさまでした!」


「はい、お粗末様でした」


 この日本式のやり取りも、オレ達の中では慣れたものだ。旅の道中にオレがやっているのを見て、アトリも真似をするようになったのだ。


 ただ、「お粗末様でした」は、いつもオレの台詞だった。道中では常に、オレが調理を行っていたからね。


 一息ついたオレを、アトリはニコニコと見つめていた。ただ、どうしたのかと問おうとした所で、ノックの音が割り込んで来た。


「導師様、起きていらっしゃいますか?」


「カタリナさん? 入って大丈夫ですよ」


 カタリナさんも、昨晩は遅くまで働いていたはず。けれど彼女は、普段通りに起きて、仕事をしていたのだろう。


 扉を開いて入る姿は、いつもの見慣れた鎧姿だった。そして、仕事モードの真面目な表情で、オレに対して用件を告げた。


「亡くなられた馬車の乗客ですが、身元の特定が完了しました。この街にも遺族がおりまして、その件でご報告とご相談が……」


「――っ、聞きましょう」


 オレが椅子を勧め、カタリナさんが向かいに座る。そして、オレはチラッと横を見ると、アトリが硬い表情で立っていた。


 この話を聞かせるべきだろうか? それとも、部屋から出ていて貰うべきだろうか?


 オレが逡巡していると、カタリナさんは何も気にせず話し出した。


「殆どの者はガーランド王国の国民でした。お預かりした遺品は、あちらの国に送り届け、国側で遺族に届けられる予定です。ただ、一名の商人だけは、この王都の住民でした。どうやら、導師様の着ている服の持ち主みたいですね」


「この服の持ち主……?」


 オレの来ている白いシャツ。元の世界のシャツより肌触りでは劣る。けれど、デザインも似ており、柔らかな素材で気に入っていたのだ。


 実は殆どの遺品は事情を話し、王宮に預けていた。出来れば遺族を探して、その遺品を渡して欲しいとお願いしていたのである。


 その中で唯一手元に残ったのが、この白シャツである。高い物でも無いし大丈夫だろうと、王宮側からも私物化を勧めて貰ったのだ。


「それで、持ち主の商人には奥様がおりまして、その方は未亡人となられました。旦那様が居ないと商売が続けられないとの事でしたので、私の判断で孤児院の院長をお願いしようかと考えています」


「孤児院の院長を? それは、どうしてまた……」


 孤児院の院長も捕縛対象の一人である。寄付金の着服や横流し、孤児達の実質的な人身売買により。この国では、大罪として裁かれるだろうとの事だ。


 院長が不在となり、代わりが必要なのは理解出来る。しかし、どうしてその未亡人にお願いするのだろうか?


「彼女は過去に病気で子供を失くし、独り身の状態となっております。そして、商人として店を切り盛りしていたので、読み書き計算はもちろん、お金の扱いにも長けています。我がグレイス家としては、教会とは無縁の者で、子供達を任せられる人物を起用したいと考えているのです」


「グレイス家として……?」


 そういえば、孤児院に訪問した際に、多額の寄付がどうのって話があったな。もしかすると、グレイス家って、筆頭株主みたいな存在なのだろうか?


 だとすると、孤児院の経営にも口を出せる立場ではある。その状況の中で、オレからの調査依頼の中で適任者を見つける事が出来た。


 ……いや、それだけではないな。きっと、その未亡人とオレに、多少なりとも縁があったからだ。


 だから気を遣って、遺族の方に仕事を斡旋したいのだ。オレが遺族に心を痛めぬ様に、カタリナさんなりに配慮してくれたのだろう。


 オレはその気遣いに感謝する。そして、カタリナさんに笑みを向け、彼女に対してお願いをする。


「その方に、この服をお返ししたいと思います。直接会って、手渡す事は出来ませんか?」


「承知しました。その様に手配致しましょう。きっと、その方も喜んでくれるはずですよ」


 オレがそう願うとわかっていたのだろう。カタリナさんは驚く事もなく、すんなりと願いを聞き入れてくれた。


 しかし、オレとカタリナさんが見つめ合っていると、急にオレの腕が掴まれた。何だろうと思って見ると、アトリが真剣な表情で見上げていた。


「お師匠様、お願いします。その方とお会いする時に、私も連れて行って下さい」


「いや……。それは、どうだろうな……」


 アトリを遺族と合わせるのは不味くないだろうか? 夫の死因に少なからず、アトリの存在が関わっているのだから……。


 アトリからしても、そんな事はわかっているはずである。下手をしたら罵倒される。それなのに、どうして付いて行きたいのだろうか?


 やはり、ここは断るべきだろう。そう考えた所で、思わぬ横槍が入った。


「アトリは意思の強い子です。決して導師様の期待を裏切る事は無いでしょう」


「カタリナさん……?」


 カタリナさんは、真っ直ぐにオレを見つめていた。そして、その瞳には揺らぎない信頼が込められていた。


 何故だかカタリナさんは、アトリを高く評価しているらしい。ダンジョンでの一件だけで、ここまでの信頼を勝ち得るとは思えない。二人の間には、それ以上の何かがあるのだろう。


 オレは再びアトリに視線を戻す。そして、曇りない瞳を見て、オレはゆっくりと息を吐いた。


「覚悟はあるんだね?」


「はい、もちろんです」


 アトリは力強く頷いた。彼女がここまで意思を固めているなら、オレがどうこう言うべきではないのだろう。


 オレは彼女の頭をそっと撫でる。そして、彼女の同行を許可するのであった。

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