隠し部屋
ビスマルク司教の捕縛はあっさりと完了した。騎士団の準備も万全であったし、逃げられない様に大聖堂全体の包囲網も完ぺきだったしね。
そして、唯一の不安要素だったエリック司祭も何とかなった。地味にLv20もある暗殺者で、魔力耐性を高める装備まで身に付けていた。全力でライトニングを放って正解だったと思う。
ただ、ソフィア助祭の問い掛けには焦らされた。信者の導き方なんて聞かれても、そんな答えをオレが持っているはずがない。
その為、自分の心の声に聞いてみろと言ってみた。漫画かアニメか忘れたが、そんなシーンがあった気がしたからだ。
その結果、なんとソフィアさんは理解を示した。本当に誤魔化せた事に安堵しつつ、オレはやり切った気持ちで一杯となった。
「――それで、次はこっちですね」
オレはビスマルク司教の私室を探っていた。壁に手を当てて、隠し部屋の扉を難なく開ける事に成功した。
というのも、マップ機能で謎の空間を把握していたのだ。そして、開け方に関しては、『鑑定Lv3』が役立ってくれた。秘密のスイッチも、隠しプロフィール扱いだったのだろうか?
壁が開いた先に、小さな空間が存在していた。そして、そこから地下に向かって階段が伸びていた。オレは警戒してマップを確認し、先行して階段を下りて行く。
ちらっと背後を振り返ると、緊張した面持ちのカタリナさんが続いていた。その背後には、アルフレッドと護衛の騎士達の姿も見える。
危険があるかもと伝えたが、それでも付いて行くと聞かなかった。アルフレッドはこの件を、どうしても自分の目で確かめたいらしい。
ビスマルク司教がどんな計画を立て、これまでに何をして来たのか。その目的と手段を、確認せずにはいられないみたいだった。
「――お? 書斎ですかね?」
階段を下りた先には、少し狭い部屋が現れた。魔法のランプが灯されており、地下でありながら明かりに困る事は無かった。
部屋の奥には木製の書斎机。その上には、いくつかの手紙が置かれている。軽く鑑定してみると、ミズガル合衆国からの指示書みたいであった。
次に部屋の右側に目を向ける。そちらには棚が並んでおり、各種文献や資料が並べられている。古い時代の物が多く、ガラクタらしき物が多い。
次に部屋の左側に目を向ける。こちらは本棚が並んでおり、古そうな本がぎっしり詰まっている。オレは気になって、それらの本に鑑定をかけて行く。
「精霊の神格化……。火神ヴァルマ教の成り立ち……。宗教とは何か……。神の証明……」
鑑定の結果として、本のタイトルや概要が表示されている。いずれも、神学者の考察が纏められた本ばかりであった。
ビスマルク司教も教会の上に立つ人間である。一応はその職務を果たす為に、自らの宗派について学習していたのだろう。
そう考えていたのだが、どうもそんな簡単な話ではないらしい……。
「ば、馬鹿な……。これは、神への冒涜ではないか!」
カタリナさんが慌てて本棚に駆け寄る。そして、本を手に取ると、その中身を目にして絶句する。
アルフレッドも同様に本を手に取る。その結果、軽く息を吐いて、こちらに対して苦々しい表情を向けてきた。
「よもや司教ともあろう者が、神の神秘を暴こうとするとはな……。経典以外を信じるなど、神の教えを疑っていたとしか思えん……」
お付の騎士二名も、顔に動揺が浮かんでいた。どうも、ここにある本は、彼等からしたら禁書に相当する物らしかった。
つまり、ビスマルク司教は教義を疑っていた? 火神ヴァルマ教の敬虔な信徒では無かったというのか?
……それが何を意味するかはわからない。或いは、ミズガル合衆国では、より学問が進んだ結果なのかもしれないしね。
オレは本棚に集まる皆を他所に、書斎机に近寄った。そして、微かに開いた袖机が気になり、引き出しをすっと引いた。
「……導師の証跡?」
これまた古い本である。革張りの表紙で、年期を感じさせる代物であった。
オレはその本を手に取り、パラパラとめくる。幸いな事に鑑定スキルのお陰で、知らない文字でも読む事が出来た。
『世界各地に存在する導師の痕跡。その存在失くして、歴史の転換は起こらなかっただろう』
『導師は実在したのか? その疑念はわかる。しかし、実在しなければ人類は衰退していた』
『導師の目的は何か? 人類の歴史をより良い流れへと導く事。それが神の意志なのだろう』
『その後、導師はどうなった? それは誰にもわからない。その消息は残されていないのだ』
歴史学者が書いたのだろうか? 自らの調査結果をまとめ、考察を書き連ねていた。
興味深い内容ではあったが、その全てが憶測でしかなかった。その為、これが真実であるかは、イマイチ信用しかねる内容である。
オレは最後に著者の名前を確認する。そこには、こう記載されていた。
――マルコ=バシリウス
ゲームには登場しない名前である。著書自体も古い物であるし、この先に出会う事があるかはわからない。
ただ、出会う事が出来たなら、少し話を聞いてみたい気がする。彼にとっての導師が何なのか。そして、オレが歴史上の導師と、同じ存在と思うのかを。
オレはそっと本を袖机に戻した。すると、アルフレッドがこちらに近寄り、真剣な表情で告げて来た。
「これらはどれも、扱いに注意が必要な物ばかりです。一時的にこの部屋は封鎖し、改めて専門知識の有る者達を派遣したいと思います」
「承知しました。それでは、我々は戻るとしましょうか」
古い書物という事もあるが、人目に触れるのが不味いのだろう。今回は手ぶらで終わらせ、落ち着いた頃に回収となるのだろう。
まあ、ミズガル合衆国との手紙だけは、カタリナさんが回収している。後はビスマルク司教達の尋問と合わせ、その背後関係を洗っておしまいかな?
いずれにしても、オレに出来る事はもう無いだろう。この場に残っても仕方が無い。後は城に戻って、本来の魔王対策に取り組むだけである。
オレは階段に向かって歩き出す。しかし、階段に足を掛けた所で、アルフレッドからの声が掛かった。
「――せ、先生!」
「え? 何です?」
唐突な叫び声に驚かされる。しかし、振り返った所で、オレは再び驚かされた。
アルフレッドが深々と頭を下げていたのだ。何事かと見守っていると、彼は姿勢を変えずに声を張り上げた。
「この度は、ご助力ありがとう御座いました! 先生のお陰で、この国を守る事が出来ました!」
「ははは、大げさですね」
確かに国にとって良い事だったのだろう。しかし、国を救ったは言い過ぎじゃないだろうか?
しかし、オレの返答にもアルフレッドは頭を下げたままだった。違う言葉を待っているみたいなので、困ったオレはとりあえずこう尋ねた。
「えっと……。それで、少しはスッキリしましたか?」
「すっきりって、そんな個人的な感情の話等では……」
アルフレッドは頭を上げると、困った表情を浮かべていた。どうもこれも、彼の望んだ言葉では無かったらしかった。
しかし、アルフレッドはカタリナの視線に気付く。優しく見つめるその瞳に、彼は頬を赤らめると。そして、視線を彷徨させた後にこう告げた。
「いえ、そうですね……。はい、とてもスッキリしました!」
「そうですか。それなら良かったです」
アルフレッドは、とても良い笑顔で言い切った。晴れ晴れとしたその表情は、少年らしくて好感が持てた。
そして、これこそが本来のアルフレッドだと思った。周囲を引き付けるカリスマ。それを持つからこそ、彼は『救世のラナエール』の主人公なのだから。
オレは満足して頷くと、アルフレッドに背を向ける。そして、彼と共に先へと進むのであった。