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神の意志(ソフィア視点)

 私の名前はソフィア=カルデナール。15歳より火神ヴァルマ教の修道女となり、5年前より助祭を務めている。


 両親ともに敬虔な信徒であり、私が教会へ務める事に反対は無かった。家が裕福な商家であり、兄弟が多かったのも理由だろう。何にしても、私はすんなりとこの道へ進む事が出来た。


 そして、読み書きが出来て、頭の回転も速かった為だろう。北地であるグレイシス領で務めていたが、助祭の任命と共に王都へと移動となった。それ自体は非常に名誉な事である。


 けれど、王都の教会に務めてから、日々懸念が強くなって行った。富と名声を集める在り方が、神に仕える者に相応しい行為なのかと疑問に思うのだ。


 勿論、グレイシス領でも神官は敬われる存在だ。お布施も多く集まるし、治療には高額の費用を必要とする。それは神の教えを広める為に、必要な費用だと教わって来た。


 しかし、王都の考えは異質過ぎる。信者を見下しているし、同じ人として見ていない。教会の権威を強める為の、道具としか考えていないのだ。


 ビスマルク司教の教えには、これはで従順に従って来た。その右腕であるエリック司祭に逆らう真似もしていない。彼等の考えを知る為にも、ただただ役に立ち続けて来た。


 そして、私は結論付けた。ビスマルク司教に正義は無い。エリック司祭にも自らの意思が無い。私はこの道を続ける意義を、既に失い掛けていたのだ。



 ――そんな状況で、あの導師様が現れたのだった。



 大聖堂には多くの信者が詰めかけている。彼等の視線が集まる中で、二人の人物が向かい合っていた。


「ようこそ、おいで下さいました。信徒の皆が、導師様のお言葉をお待ちしておりますよ」


「お待たせして申し訳ございません。これ以上待たせても悪いので、始めるとしましょう」


 時間通りに現れた導師様。清潔な白シャツに黒のパンツ姿。その上に、高価そうなマントを羽織っている。


 高位の聖職者とわかる姿ではある。他の聖職者同様に、柔和な笑みも浮かべている。彼の存在を疑う者は居ないだろう。


 ただ、伝説に謳われる導師様にしては、地味な姿だとは感じていた。ビスマルク司教よりも質素な姿。毒気を感じさせない顔に、どこか腰も低そうな感じである。


 普通ではない空気を纏う導師様は、壇上に上がって信徒の皆を見回していた。そして、柔らかな表情で、優しく皆に語り掛けた。


「皆さん、初めまして。既に紹介されている通り、私が導師のアキラと言います。今日は皆様に対し、とても大切な話をさせて頂きます」


 昨日、私は城へと伺い、今日の段取りを相談していた。導師様には魔王復活の予言を語り、既に魔王軍の一群を撃退したと説明して貰う手筈になっている。


 これにより民衆の不安を煽り、教会は更なる求心力を得る。ビスマルク司教の描くシナリオを、導師様は何も疑わずに了承して下さった。


 仕事がすんなりと片付き、私としては楽ではある。しかし、この方も期待出来ないのだと、私の中では諦めの気持ちが強まった。


 私は壇上の導師様を静かに見守る。このまま何事も無く終わる。そう思っていた私は、導師様の発言に驚かされる事となる。


「ここに居る皆様は、火神ヴァルマ教の信徒ですよね? ならば、その教義はご存じのはず。今の教会の在り方が、正しい物だとお考えでしょうか?」


「「「――っ……?!?!?!」」」


 大聖堂の中にどよめきが広がる。教会の教えに疑問を持つ等、あってはならない事である。それを教会のど真ん中で、導師様自身が口にしているのだ。


 教会関係者は皆が口を開いて硬直していた。何が起きているか理解出来ず、ただ導師様の姿を凝視し続けるだけであった。


「1つ、火の恩恵が人々を照らす。火の恩恵に感謝すべし。1つ、火の恩恵を隣人へ分け与えよ。火の恩恵は更に強まるだろう。1つ、火の恩恵を絶やす事なかれ。絶やそうとする者を許してはならない」


 火神ヴァルマ教の最も基本となる三大教義である。この国に住まう者ならば、誰もが当たり前に覚えている。


 それを何故、このタイミングで口にしたのだろうか? 千年続くと言われる教義に、何か問題があるのだろうか?


 皆が疑問に思い、導師様の言動に注視する。すると、導師様は後ろに振り返り、ビスマルク司教へとハッキリ告げた。


「貴方はミズガル合衆国の手先だ。そして、この国から火の恩恵を絶やそうとする者。――ビスマルク司教、貴方を捕縛させて頂きます」



 ――バンッ……!!!



 導師様の宣言と同時に、大聖堂の扉が開かれた。そして、大量の騎士が雪崩れ込んで来た


「その場を動くな! 我が名はアルフレッド=フォン=ラナエール! 王太子の権限を持って、この場を抑えさせて貰う!」


 雪崩れ込んで来たのは騎士だけではなかった。なんと、この国の第一王子である、アルフレッド殿下まで一緒だったのである。


 女性の騎士と一緒に、ゆったりと導師様の元へと歩いて行く。その間にも、周囲の騎士達は走り回り、何人かの神官を捕縛していた。


 導師様とアルフレッド殿下が並ぶ。そして、数名の騎士を従えて、ビスマルク司教と対峙する。


 しかし、ビスマルク司教はギリリと歯噛みし、アルフレッド殿下を睨みつけた。


「殿下、お遊びが過ぎますぞ? 私に対してこの様な真似をして、タダで済むとお思いですか?」


「黙れビスマルク。私が何も知らぬと思うなよ。貴様を捕縛するネタは、既に押収しておるわ!」


 威圧していたビスマルク司教が、逆に怒鳴られて怯んでいた。アルフレッド殿下からは、激しい憤怒の気配が滲み出ていたのだ。


 そして、旗色が悪いと感じたのだろう。ビスマルク司教が、背後に控えるエリック司祭に視線を向ける。


 しかし、ビスマルク司教が口を開くより早く、導師様が行動を取った。


「ライトニング!」



 ――ガガガッ……!!!



「があっ……?!」


 白い閃光が大聖堂を照らす。目の眩みを感じるが、次の瞬間には驚きが勝ってしまう。


 エリック司祭は身を痙攣させて、床に倒れていたのだ。皆が突然の暴挙に驚いていると、導師様がビスマルク司教へと呆れた視線を向けた。


「証拠を消されては困りますからね。エリック司祭は暗殺者です。貴方が下手を打てば、抹消する役割でもあったのですよ」


「なん、だと……?」


 ビスマルク司教が青い顔で床に座り込む。ガックリと肩を落とし、頭の帽子も床に落ちる。


 すると、女性の騎士が指示を出し、周囲の騎士がビスマルク司教を捕縛した。エリック司祭も縄で縛られ、大聖堂から連れ出されて行った。


 そして、女性の騎士は私の元へと歩み寄る。捕縛されるのかと身構えていると、彼女は微笑んでこう告げた。


「ソフィア助祭。貴女に裏が無い事はわかっています。この後の教会運営に相談が必要な為、王宮へとご同行頂けないでしょうか?」


「え? あ、はい……」


 どうして私にと思ったが、すぐにその答えは思い付く。司教以上の神官が、全て捕縛されて連れ出されていたのだ。


 助祭であれば、私以外にも数人居る。しかし、ビスマルク司教の側付きとして、運営に関わったのは私しかいなかった。


 消去法として、私が教会の代表を代理せねばならない。それは他の教会から、応援の司教が派遣されるまでの一時的であったとしてもだ。


 けれど、私にはその自信が無かった。教会の在り方に疑問を持つ私が、例え代理とは言え、信者を導く立場に立てるとは思えなかったのだ。



 ――その為、私は導師様の元に跪いた。



「導師様、どうか私をお導き下さい! 私には神の教えがわかりません! どの様に信徒の皆様を導けば良いかわからないのです!」


「――っ……?! ふむ……」


 火神ヴァルマ様のご意思は、人間如きにわかるはずがない。これまではそう思っていた。しかし、それでどうして信徒を導けば良いのでしょうか?


 しかし、この御方は導師様。私とは違って人々を導く存在です。その教えの一端に触れれば、私でも何かを掴めるかもしれません。


 両手を握り額に付ける。顔を伏せて、その言葉を待ち続けます。すると、導師様は少しの間を置いて、こう告げたのです。


「神様は誰の心にも宿っています。貴方の神は、貴方にどうしろと告げていますか?」


「え……?」


 神様が誰の心にも宿っている? 私にどうしろと告げているか?


 理解しがたい教えであった。どうすれば良いか戸惑っていると、導師様は自らの胸をトントンと指さした。


「心の中に問い続けて下さい。貴女の神がこう答えると思うなら、それが貴女の答えなのでしょう」


「それが、私の答え……」


 これまでの教会の在り方は、神の望むものかと疑問に思った。私の中の神様は、きっと違うと答えていただろう。


 では、どうする事が正しかったのだろうか? その漠然とした問いには、私の中の神様は答えてくれなかった。


 しかし、動くべきだとは思った。わからないなりにも前へ進む事は、神様の望みに近付く答えだと思う事は出来た。


「少し、わかった気がします……」


「そうですか。それは良かった!」


 私の言葉に、導師様は満面の笑みを浮かべていました。私が切っ掛けを掴んだことを、本心から喜んでいるみたいでした。


 その姿を見て、私は薄っすらと見えた気がします。これが私の目指すべき姿。人々を導く、理想の神官像なのだろうと。


 私は胸の前で聖印を切ります。そして、再び頭を下げて、導師様へと誓いを立てます。



 ――この教えを体得し、必ずや後進へと伝えてみせます。



 こうして、この私ソフィア=カルデナールの道は定まったのでした……。

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