マガナン親子
オレ達はマップ機能を頼りに、ラナエール王国を目指していた。とはいえ、今日は無理せず早めに野営となった。
ヘイパスさんは血を失って本調子ではない。アトリも色々あって疲れの色が見えていた。無理をするよりも、体力を回復させた方が良いと判断したのである。
ちなみに、オレに疲れはまったく無い。レベルが高いお陰で、それなりに体力があるのもある。元々はインドア派で貧弱なので、この辺りは本当に助かっている。
オレはライトニングで野鳥を感電させ、ヘイパスさんにトドメを依頼する。『不殺の誓い』の効果らしく、野鳥を殺す事が出来なかった。何をやってもHPが残ってしまうのだ。
まあ、それ自体は問題ない。身動き取れない程度には、ダメージを与える事も出来るからね。身を守るという意味では何とかなると考えている。
そして、調理スキルで夕食を作る。スキルポイント消費には悩んだが、今のオレは『調理 Lv1』と『採取 Lv1』を取得していた。
何故なら、『採取』スキルを取得すると、森でハーブ類が回収出来る。『調理』スキルを使うと、強化効果のある料理が作れるのだ。
インベントリにはサバイバルキットなる物があり、調理器具もその中に含まれていた。ならば、HP自動回復向上効果のある『チキンソテー』が作れると考えたのである。
皆の回復が早まり、明日以降の旅も効率が上がる。美味しい食事で皆の気力もアップする。貴重なスキルポイントだが、使うだけの価値があると判断したのだ。
人はパンと水だけで生きられる訳では無い。それは二人の凄まじい食欲を見ても、確かなのだと実感出来た……。
「導師様――いえ、アキラ様は凄いですな……。こんな美味しい料理まで作れるとは」
「ははは、喜んで貰えたみたいで何よりです。まだまだ本職には敵いませんけどね?」
とはいえ、オレ自身も料理の美味しさに驚いた。ずっと独り身のオレは、確かに簡単な料理も作れる。しかし、こんな美味しい料理は作れなかったはずである。
『調理』スキルのLv1を取得しただけで、定食屋レベルとなったのだ。たったのLv1でこの味なら、それ以上はどうなるのか?
だが、オレはその誘惑に何とか抗った。貴重なスキルポイントを、簡単に使い切る訳には行かないからね……。
「ふう……」
オレ達は焚火を囲みながら、食後のひと時を過ごす。オレはハーブティーを淹れ、ヘイパスさんへとカップを手渡す。これもMP自動回復効果のある料理である。
その隣のアトリを見るが、こちらは既にうたた寝状態だった。お腹もいっぱいで、焚火の暖かさもあったのだろう。マントに包まれながら、スース―と寝息を立て始めていた。
「アトリ=マナガン、か……」
見た目は10歳程の女の子。ドワーフ族故か顔は丸顔だ。癖の強いブラウンヘアーは、肩の長さで切り揃えてある。パッと見はどこにでも居そうな少女だった。
しかし、この子はドワーフ族の姫にして勇者の一人。大地神ドルーガの加護を得た、四人の『運命の子』の一人である。
二年後に封印が解かれ、魔王がこの世に降臨する。その際には仲間と共に、魔王へと立ち向かう定めなのである。こんな普通の少女が、過酷な運命を背負ってるなんてね……。
「アキラ様、どうかなさいましたか?」
オレがじっと見つめていたからだろう。不思議そうな表情で、ヘイパスさんが問い掛けて来た。
オレは視線をヘイパスさんへと移す。そして、ふと疑念が沸き上がった。オレは逡巡の末に、彼に問い掛ける事にした。
「この子の運命はご存じですか?」
「こ、この子の運命ですか……?」
オレの問い掛けに、ヘイパスさんの顔が強張る。返答に困っているのだろう。しかし、その反応である程度の予想は立つ。
オレは手元のカップに口を付け、ほうっと息を吐く。そして、ヘイパスさんが話しやすいよう、オレから先に話そうと決めた。
「この子は生まれた日に、予言を告げられていますね? やがて、この子はドワーフ族を救う、『運命の子』へと成長すると」
「――ど、どうして、それを……?」
アトリはドワーフ王国の王宮で生を受けた。ドワーフ王の娘であり、本当の名前は『アルトリア=ピースクラフト』と言う。
そして、宮廷に仕える占い師が、この子の未来を占ったのだ。その結果がドワーフ族の悲壮な未来と、それを救う『運命の子』の定めなのである。
王女として育てられたアルトリアだったが、その環境はすぐに壊される事になる。隣国であるミズガル合衆国の計略により、ドワーフ王国の実権を奪われてしまったからだ。
その際、王の信頼厚いヘイパスさんは、娘を逃がす様に頼まれる。彼の持つ特殊な技術と共に、ドワーフ族を救う『運命の子』を敵に奪わせない為にだ。
「その運命が世界の救済――いえ、魔王討伐だとは、ご存じですか?」
「――なっ……! 魔王討伐だって……? アトリが立ち向かうのは、ミズガル合衆国じゃないんですかっ?!」
やはり、そこまでは把握していないのか。『救世のラナエール』のシナリオで、ヘイパスさんとアトリは、その辺りを語っていなかったしな。
まあ、ゲーム上では魔王復活後からの物語が始まる。魔王軍が世界を蹂躙し始め、他の勇者に呼応する形で、アトリも仲間に加わるのだ。
恐らくこの先、立ち向かわざるを得ない未来が来るのだ。だとすると、ゲーム上でのこの二人は、魔王への備えをしていなかったのだろう。
唯の少女として育ったアトリが、戦いへと身を投じねばならなくなる。その環境で生き残るのは、非常に困難だったと思われる……。
「結果的にドワーフ王国は取り戻せます。ただし、戦う相手は魔王軍であり、ミズガル合衆国ではありません。ドワーフ王国が実権を取り戻すのは、アトリの活躍あってのことです」
「そんな、馬鹿な……」
オレの言葉に呆然となるヘイパスさん。しかし、オレの言葉を疑っている様子はなかった。
それは、オレが導師だからだろうか? 或いは、ヘイパスさんの人柄故なのだろうか?
その理由はわからないが、こちらとしては話が早くて助かる。オレはアトリに視線を向け、ポツリと呟いた。
「アトリには、戦う力が必要です」
「戦う力……。こんな優しい子が……」
魔王軍との戦いは苛烈を極める。何度となく不利な状況で、戦い続ける事になるのだ。望む、望まざるに関わらず……。
そして、気付くとオレは、自分の職場とアトリの運命を重ねていた。過酷な環境だが、戦うしかなかった。仲間達を助ける為に、オレも体を張ったものである。
彼等の苦労が少しでも楽になればと思って働き続けた。その殆どは会社を去ってしまった。けれどオレは、残った数少ない後輩の為に戦い続けたのだ。
「――オレは、アトリの力になりたい。彼女が困難に立ち向かい、自らの力で壁を乗り越えられる様に」
「アキラ様……」
どうしてオレが、この世界に転生したかはわからない。本当の理由は、神様にでも聞かねばわからないのだろう。
けれどオレは、その理由がこの子を助けるだと考え始めていた。そういう役目を求められ、二人と引き合わされたのだろうと思ったのだ。
オレはお節介な性格である。そして、こんな状況にある事からも、そう考えるのが自然ではなないだろうか?
誰かの差し金だとしても関係ない。オレには彼女を無視するなんて、出来そうにないのだからね。
「アトリを預けてくれませんか? 少しでも、彼女の助けになりたいんです」
オレは再び、ヘイパスさんに視線を移す。義父である彼の目を、真っ直ぐ正面から見つめた。
オレとヘイパスさんはしばらく互いに見つめ合う。そして、彼は静かに頭を下げた。
「宜しくお願い致します。アトリの事を、導いてやって下さい」
アトリの戦い方なら心得ている。ゲームでは最後まで育成し、魔王を討伐まで行っているのだ。どう育てれば効率的かも、しっかりと把握出来ている。
その最終形を想定し、アトリを鍛えれば良い。『導師』という職業なら、序盤の育成は非常に楽だと思われた。
「信じて下さり、ありがとう御座います。彼女の事は任せて下さい」
オレは自信を持って、アトリの育成を請け負った。ヘイパスさんへと笑顔で頷いて見せた。
オレの返事に、ヘイパスさんはホッとした表情を浮かべる。その瞳には、思った以上の信頼が込められていると感じられた。
信頼されたなら、応えなければならない。オレは信頼を裏切る真似だけはしたくなかった。
「アトリの事は、オレが必ず守ってみせます」
こうしてオレは、この世界での目標を得た。そして、心の内に燃える思いを感じていた。
魔王が復活するその日まで――いや、魔王を倒すまで、彼女を守ろうと心に誓った……。
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<[導師]アキラ(スキルポイント:19/30)>
☆不殺の誓い(固有スキル)[生物への致死量ダメージを、自動的に手加減する]
・ライトニングLv5(Master) [光属性:魔力×(50+SLv×50)%のダメージ]
・ヒールLv3 [光属性:SLv×15%のHP回復(魔力量によりボーナス補正)]
・マジックバリアLv5 (Master)[3分間 SLv×10%のダメージ軽減(魔力消費)]
・瞑想Lv3 [3分間 魔力上昇(SLv×10%)/魔力回復(毎秒:SLv×1%)]
・解析Lv1 [人物/アイテム/魔物の名称/レベル/HP&MPバー/状態異常を表示]
・採取Lv1 [野草の発見率上昇]
・調理Lv1 [調理Lv1のレシピをマスター]