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秘儀(カタリナ視線)

 王都に居るミズガル合衆国の間者は、一通りのリストアップが完了した。後は明日の昼に、騎士団総出で一斉検挙を行う予定となっている。


 末端まで一網打尽とは行かないが、影響力のある人物は概ね排除される。後から気付いて動こうとしても、既に彼の国が何の手も打てなくなっているはずだ。


 そして、周辺領主へも既に使いを出している。他領に潜む間者についても、多くは捕縛されるであろう。


 完ぺきとは言えない。しかし、それは我々の能力不足によるものだ。決して、導師様の能力が低かった為では無い。


 むしろ、我々が無能過ぎたのだ。ミズガル合衆国を対岸の火事だと思っていた。しかし、その脅威は既に国内に伸びていた。


 導師様が居なければ、我が国はどうなっていたのだろうか? 例え魔王復活という話が無くとも、その未来は決して明るい物では無かっただろう……。


「……それで、話と言うのは何でしょうか?」


 その声により、私は伏せていた顔を上げる。没頭していた思考から抜け出し、眼前で待ち続ける導師様と向き合った。


 場所はいつもの訓練場。時間は人目を避けた夜遅く。かつての手合わせを思い出すが、今回の私は武器を手にしては居なかった。


 また、鎧姿ではない。しかし、着飾ったドレス等でもない。色気の無いトレーニングウェア姿で、私達は色気の無い会話を始める。


「この度は、我が国を救って頂き、ありがとう御座います」


「大した事はしていませんよ。それに本番は明日ですしね」


 私は右手を胸に当て、騎士の礼を行う。頭を上げると、導師様は困った表情を浮かべていた。


 本当に大した事をしていないと、思っているのかもしれない。手遅れになりかけていた病巣を除去し、この国を救うという偉業を成そうと言うのに……。


 これ程の能力を持っていても、決して驕る事が無い。それは、一種の美徳であろう。けれど、この方はどこか違う。私は微かな違和感を感じ始めていた。


 その違和感のせいなのだろう。私はこんな夜中に導師様を呼び出し、どうしても確かめずにはいられなかったのだ。


「導師様は相変わらず謙虚ですね。それ程の能力をお持ちで、どうして誇ろうとしないのですか?」


「ははは、私の能力なんて大した物ではありませんよ。わざわざ人に自慢する必要もないでしょう」


 これまでであれば、謙虚な人で済ませていた。伝説の導師様ともなれば、我々とは考え方が違うのだろうと考えていた。


 けれど、私はそうでは無いと思い始めていた。導師様は本当に、自分の能力を大した物では無いと感じているのだ。


 長い積み重ねにより磨かれるスキル。その努力が実ったならば、誰であろうと誇りを胸に持つ。


 しかし、導師様にはそれが無い。自らの能力を誇りに思っていないのだ。それはまるで、その力が一時的な借り物であるかの様に……。


「……以前、私は『猛毒』を治療して頂きました。その時に導師様は、高位の『メディック』を使用されたと聞いております。しかし、導師様の鑑定結果に、『メディック』は無かったはずです」


「そ、それは……」


 私の言葉に導師様は視線を逸らす。やはり、そこは触れられたく無いみたいだ。それを理解して、これまでは皆が何も言わなかった。


 私は恩人を追い詰める事を心苦しく感じる。しかし、それでも私は踏み込まねばならないと感じていた。


「そして、ミズガル合衆国の間者を炙り出したのは、『鑑定』スキルでしょうか? 過去に居た教皇の中には、最高位である『鑑定Lv3』の使い手がおり、全ての嘘を見抜いたという伝説が残されていますので」


「……うーん、そこまでバレていましたか」


 困った表情はそのままだが、特に隠す気も無いらしかった。ただ静かに微笑みながら、私の出方を伺っている。


 私をどうこうしようという気はないのだろう。ただ、自分にどうして欲しいのかを知りたがっていた。



 ――だから私は、導師様の核心に迫った。



「導師様の持つお力……。それは、スキルを自在に付与する能力でしょうか?」


 私は自分で口にして、とんでもない能力だと思った。スキルを自在に付与する等、それはまさしく神の神秘だ。


 導師様の存在は伝説として多く残っている。しかし、その能力について語られる事は無い。ただ、困っている人々の前に現れ、救いの道を示すのみなのである。


 しかし、目の前にいる導師様は違う。ハッキリと力を示している。それも、我々が努力を重ねても、到達出来るのか不明な領域をだ。


 そして、アトリの成長も異常過ぎる。一芸特化で能力を伸ばそうと、13歳にしてあの能力は有り得ない。あの領域に辿り着くのに、最低でも10年の修行が必要なはずである。


 それを可能とするのが、導師様の隠された能力ではなかろうか。そう考える私に対し、導師様はゆっくりと首を振った。


「それ程までに便利な力ではありません。使える相手も限られており、付与可能なスキルも適性がある場合のみ。付与できる数も、その人のレベルに依存していますしね」


 導師様の否定は『自在に』の部分のみ。スキルの付与自体は可能だと認めていた。


 そして、私は導師様の言葉にブルリと身を震わす。もしやと思って、確認の為に質問を行う。


「例えば、私の『剣術』をLv5まで引き上げる事は……?」


「可能ですね。カタリナさんなら、スキルの合計がLv8まで自由に伸ばす事が出来ます」


 淡々とした言葉で語る導師様。その異常さに、私は軽く立ちくらみを感じた。


 私の『剣術』はLv2であり、Lv3へは最低でも10年の修行が必要となる。そして、Lv4ともなれば伝説扱いとなる。人の限界を超えた武人として語られるであろう。


 それが努力を伴わずに手に入る。そんな力を手にしてしまえば、人生が狂ってしまってもおかしくない。


 それは、スキルを与える側も、受ける側も同じである。常人が触れてはいけない能力。それを導師様は、平然とした態度で語っているのだ。


 しかし、その姿に畏怖の念すら抱いていると、導師様は寂しそうに問い掛けて来た。


「やはり、恐ろしい力ですよね? それに、人の努力を嘲笑う力です。出来る事なら、口外しないで頂けると助かるのですが……」


 その問い掛けにより、私は自身の至らなさを恥じた。その力が人からどう見られるか知っている。その上で、私に対して隠さずに話してくれたのだ。


 それだと言うのに、私はその力を恐れてしまった。そして、導師様の心を傷付けてしまった。この御方の信頼を裏切ってしまったのだ。


 私は悔しさに歯噛みする。そして、激しく首を振って否定した。


「確かに恐るべき力です! 望まれるなら決して口外も致しません! ――けれど、私はその能力を決して否定しません!」


 私の言葉を聞き、導師様が目を丸くしていた。私が急に叫び出した事で、驚かせてしまったのだろう。


 しかし、それでも言わずにはいられなかった。この御方の力が素晴らしい物であると、私は肯定せずにはいられなかったのだ。


「神にも悪魔にもなり得る力でしょう! けれど、それを所持したのは導師様です! ならば、その力は悪に打ち勝つ正義の力です! 人類を救う偉大な力であると、私はそう信じています!」


「カタリナさん……」


 導師様は嬉しそうに、柔らかな笑みを浮かべた。その声には安堵の色が混じっていた。


 導師様はゆっくり歩み寄ると、私の右手を両手で握った。そして、自らの額にそっと触れさせ、静かにこう告げた。


「決して貴女の期待を裏切る真似は致しません。未来ある子供達と、貴女の為にこの力を使いましょう」


「――ぁ、はい……」


 固い決意の籠った、紳士的な言葉であった。その宣言を聞いた私は、ただギクシャクと頷く事しか出来なかった。


 違うとわかっている。わかってはいるのだけれど……。


 何故だか私は、愛の告白を受けたみたいに、胸の高鳴りが止まらなかったのだ……。

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