相談
夕食を終えた後に、ジルクニル王より呼び出しがあった。急いで相談したい話があると言うのである。
オレは呼ばれるままに会議室へ向かう。そこにはジルクニル王、サイフォス宰相、アルフレッド王子。それと、カタリナさんの四人が待ち構えていた。
オレがテーブルに着くと、いつも通りにサイフォスさんが進行を開始する。
「導師様、ご足労頂きありがとうございます。教会より再三の依頼があり、急ぎでご相談が必要となったのです」
「教会からの依頼ですか? それは、孤児院の訪問と何か関係が?」
話の内容が読めないな。どういう要求があれば、この面子になるのだろうか?
可能性があるとすれば、孤児院に行った事だろう。そうであれば、カタリナさんがここに居る理由がわからない……。
しかし、サイフォスさんは首を振った。どうやら、孤児院の訪問は関係が無いらしい。
「魔王軍の配下を排除した件について、教会側が情報を掴んだようなのです。昨日から司教殿の使いが何度も訪れ、導師様との面会を求めております」
「面会ですか? それは何の為に?」
同じ神官ではあるのだろうが、こちらには話したい事など無い。今日の孤児院の件もあり、オレは教会には良い印象を持っていないしね。
更に言えば、『死霊使い』の退治を知られているとして、それがどう教会に関わると言うのだろうか?
「導師様の実力が本物であると知った為、市井に噂が広まる前に接触をしたいのでしょう。そして、あわよくばその存在を、教会の公認として公表したいのでしょう」
「教会の公認として?」
説明を行うサイフォスさんは、とても冷たい口調であった。教会の思惑について、冷めた気持ちを持っているらしい。
だが、それはサイフォスさんだけではなかった。ジルクニル王やアルフレッド、カタリナさんも似たり寄ったりの表情である。
オレだけが状況を理解出来ていないみたいだ。しかし、サイフォスさんの呟きにより、オレはその理由を理解する事になる。
「教会は権力強化に腐心しています。導師様の威光すら、彼等は利用したいのでしょうね……」
「なるほど……」
そういえば、『救世のラナエール』でも似た感じだったかも。魔王復活後には勇者達を呼び寄せ、神の名の元に魔王討伐を命じるのだ。
プロローグのワンシーンとしては違和感が無かった。しかし、命令するだけの教会に対し、今なら何の役に立っていたのかと疑問に思う。
オレは内心で唸って眉を寄せる。そして、サイフォスさんの顔色を伺いながら、念の為にと問い掛けて見る。
「その面会って、受ける必要ありますかね? 断ったら不味いですか?」
サイフォスさんの眉が微かに跳ねる。小さな変化だったが、彼なりに驚いていたみたいだった。
そして、そんな変化を隠すように、サイフォスさんは難しい顔で答えた。
「我々、王宮側から断るのは難しいのです。感謝祭の様な祭事や、王位継承の戴冠式。そういった政もあり、良好な関係を続ける必要がありますので……」
「ああ、そういう事情ですか……」
日本の歴史や世界の歴史でも、宗教と政治は絡み合っていた。切り離されるタイミングもあるが、繋がっている方が多かった気がする。
そうなると、王宮側からは断りづらいだろう。オレから断るなら別だろうが、それは彼等の独断で行える事では無い。
今回はオレが断ったと言う事にして貰おう。そう思った所で、ジルクニル王が話に割り込んで来た。
「導師殿は乗り気では無いご様子。しかし、彼等とは一度、会話を交わしては頂けないでしょうか?」
「それは何故でしょうか?」
国王からの要請であれば、無下に断るつもりはない。しかし、ジルクニル王が望む理由が、いまいちピンと来なった。
不思議に思っての問い掛けに、ジルクニル王がまっすぐ見つめて答えを返す。
「彼等が本当に神に仕えるべき者であるか、導師殿に見定めて欲しいのです」
「私が、見定める……?」
ジルクニル王は教会関係者を疑っているみたいだ。本来の神に仕える聖職者では無く、私利私欲に溺れる者ではないかと考えているのだろう。
その考えは良くわかる。街角で見た孤児達の待遇を見ても、心ある者の対応とは思えない。彼等は人を人として、見ていない気がするのだ。
しかし、それをどうやって見定めるかが問題である。手立てには一つ心当たりがあるのだが、それが上手く行く保証も無いしな……。
顎に手を添え、オレは静かに考え込む。すると、それに何を思ったのか、アルフレッドが身を乗り出した。
「先生、私からもお願いします。神官共は亡き弟を喰い物にした。もし奴等が偽物ならば、私は彼等のことが許せないのです!」
「亡き弟を喰い物に……?」
アルフレッドが弟を病気で亡くした事は知っている。しかし、それと教会に関わりがあるとは考えていなかった。
ゲームのシナリオでも、そんな内容は語られていない。家族を亡くした事で、正しき王となる事を誓ったと言う話がある程度だ。
――いや、ちょっと待てよ……。
そもそもの話として、アルフレッドの心変わりは弟の死なのか? 今の彼はかなり性格が変わったが、それはダンジョンでの一件が終わってからである。
その変わった理由は、帰りに彼自身から聞かされた。カタリナさんが死に掛け、自分の無力さを嘆いたからだ。無力なままでは、大切な者を守れないと気付いたらしい。
そして、ゲーム上ではカタリナさんが存在しなかった。つまり、ゲーム上でカタリナさんは、何らかの理由で亡くなっている。それが切っ掛けで、アルフレッドは成長したのではないだろうか?
「つまり、未来が変わった……?」
その可能性に行き着くが、それが正しいかは確かめようがない。可能性の一つとして、頭の片隅に置いておくしかないだろう。
それよりも、アルフレッドが話を続けようとしている。今はそちらに意識を向けるべきであろう。
「奴等は病気の弟を治療すると、多額の寄付を求めたのです。それなのに、弟を救えなかったばかりか、葬儀の為にと更なる寄付を求めて来ました!」
うーん、それは恨みたくなる気持ちもわかる。アルフレッドからすれば、彼等の関心はお金にしかないと思えるだろう。
オレはアルフレッドに同情していた。しかし、アルフレッドの話は、それで終わりでは無かった。
「更に私は聞きました。葬儀の裏側で、彼等がこう口にするのを。『亡くなったのが弟の方で良かった。加護持ちの兄なら、教会にとって大きな損失だったからな』と……」
「――なっ……?! それは本当なのか、アルフレッド!」
驚きを示したのはジルクニル王である。どうもその話は、アルフレッドしか知らなかったみたいだ。
サイフォスさんも、カタリナさんも驚きの表情を浮かべている。そして、アルフレッドは俯いた状態で、悔しそうにこう吐き捨てた。
「奴等には人の心が無い……。私は奴等のことを、決して信じないと決めたのです!」
「そんな、ことが……」
初めて会った日に、アルフレッドの態度は最悪であった。ハッキリとした嫌悪感を示し、オレの事を疑い続けていた。
ダンジョンで実力を示し、その誤解を解く事は出来た。しかし、あの時の態度には、こんな事情が潜んでいたんだな……。
オレは納得すると同時に心を痛める。知らなかったとはいえ、アルフレッドは心に傷を負っていた。オレはそれに気付いてあげられなかった。
そして、痛ましく思うオレに対して、アルフレッドは泣きそうな顔で訴えて来た。
「先生なら、彼等の嘘を見破れないでしょうか? もし、彼等が私欲を貪る者達であるなら、その罪を裁いては頂けないでしょうか?」
それはアルフレッドの、心からの願いであった。幼い子供の表情で、大人に対して助けを求めていた。
オレはその願いを、無下になど出来るはずが無い。何とかして、その願いを叶えてあげたかった。なのでオレは、ある可能性を試してみようと決めた。
「もしかすると、彼等の嘘を見破れるかもしれません。その為にはまず、彼等と会ってみなければなりませんね」
「ほ、本当ですか? どうか、どうか宜しくお願いします!」
アルフレッドが頭を下げる。オレはその姿を胸に刻み、彼の力になると決心した。
そして、頭を上げた彼に、オレは優しく微笑んだ。その笑みを見たアルフレッドは、嬉しそうな泣き笑いの顔となる。
その光景を見つめる大人達は、皆が安堵の表情を浮かべていた。彼等にすら隠し続けた心の傷が、何とかなると感じたからだろう。
ただ、それが本当に癒されるかは、この後の結果次第である。上手く行くかどうかは、オレの手腕に掛かっているのだ。
オレを先生と慕うアルフレッド。彼の為にも上手く行く様にと、オレは天に向かってそっと祈った。
少しでも面白いと思って頂けましたら、
ブクマと★星を入れていただけますと嬉しいです!