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孤児院

 カタリナさんに連れられて、やって来たのは街の孤児院。木造で質素な建物だが、手入れが行き届いて清潔感はあった。


 カタリナさんを先頭に建物に入ると、すぐに孤児の一人が奥へと駆けて行く。その子は質素な服装だが、先程みたいにボロボロの姿では無かった。


 そして、奥から一人の中年女性が現れる。紺色のドレスを身に纏い、眼鏡を掛けた身なりの良い人物であった。


 彼女はカタリナさんを確認して、大きく目を見開く。そして、にこやかな笑みで問い掛けて来た。


「まあまあ、カタリナお嬢様! こちらへ参られるなんて珍しいですわね。本日はどの様なご用件でしょうか?」


「すまないな、院長殿。来月にグレイシス家で雇う予定の者が居ただろう? 近くへ寄ったので、顔を見ておこうかと思ってな」


 カタリナさんは侯爵家である、グレイシス家のご息女である。今日は騎士の顔ではなく、貴族令嬢の顔での対応らしい。


 胡麻をするかの様な、低姿勢で接する院長さん。しかし、オレとアトリが気になるらしく、怪訝そうな顔でカタリナさんに問い掛けた。


「お連れの方々は、どちら様でしょうか? 余り見慣れない顔ではありますが……」


「こちらの御仁は、父上の招いた客人だ。くれぐれも、失礼の無い様にして欲しい」


 カタリナの要請により、院長さんの顔色が変わる。オレ達に対しても、気味の悪い笑みを向け始めた。


 人懐っこい笑顔のはずなのに、何故か背筋がゾワゾワする。この落ち着かない笑みは、一体何なのだろうか?


「まあまあ、立ち話もなんですので、応接室へ向かいましょう。グレイシス家へ向かわせる予定の者も、すぐに呼んで参りますので」


「うむ、宜しく頼む」


 院長さんは近くの部屋を開き、中に居る子供へと指示を出す。どうやら、紹介予定の子供を呼びに行かせたみたいだ。


 そして、院長さんは先頭を歩き、奥の部屋へと移動して行く。オレ達はその後に続き、木製の廊下を歩いて行く。


「ささ、どうぞ御くつろぎ下さい」


 扉を開けて貰い、オレ達は応接室へと入っていく。その内装を目にして、オレはその違和感に眉を顰めた。


 上質な革張りのソファー。見るからに高級そうなカーペットやカーテン。更には壁に掛けられた絵画など。


 非常にお金を掛けられた部屋だ。質素な孤児院の中で、この部屋だけが別空間であった。


 気持ち悪い違和感を感じているのはオレだけでは無い。アトリの表情を見ても、同じ気持ちを抱いているとわかる。


 ただ、カタリナさんと院長さんは平然としている。軽く談笑しながらソファーに腰掛けた為、オレとアトリもそれに倣って腰を落とした。


「グレイシス卿からは、いつも多大な寄付を頂き助かっております。今回も手塩にかけた、選りすぐりの者をご用意させて頂いたのですよ?」


「ほう、それは楽しみだ。ただ、寄付に関しては信徒としての務めだがな」


 二人の会話に耳を傾ける。そして、オレとアトリは平静を装い、張り付けた様な笑みを浮かべていた。


 だが、二人の会話はすぐに中断された。扉をノックする音が聞こえ、院長さんが外の者を招き入れたからだ。


「カタリナお嬢様、如何でしょうか? 今回はこの娘を、メイドとしてご用意させて頂きました」


「お初にお目にかかります、カタリナお嬢様。メイドとして雇って頂きます、エリスと申します」


 入って来たのは、15歳程の女の子だった。オレンジ色の綺麗な長髪で、とても整った顔立ちをしている。


 来ている服も上質そうなメイド服。頭を下げる姿も優雅で、礼儀作法が身についていると思われた。


 その子の姿に、満足そうな笑みを浮かべるカタリナさん。そして、院長さんに対して質問を投げ掛けた。


「中々に器量の良い娘だな。それで、能力の方も当然高いのだろうな?」


「ええ、勿論で御座いますとも。元々が商家の娘で、読み書き計算が身についております。その上で貴族の礼儀作法も学ばせ、調理スキルも習得させております。グレイシス家でもすぐに活躍出来る娘で御座います」


 院長さんは胸を張って答える。エリスちゃんの教育に、それ程の自信があるのだろう。


 エリスちゃんは背筋を伸ばし、可憐な笑みを浮かべている。カタリナさんは笑みを浮かべ、彼女に対して声を掛けた。


「エリスと言ったな? 私も時々は実家に戻る。その時は宜しく頼むぞ」


「承知致しました。グレイシス家に対し、誠心誠意尽くさせて頂きます」


 カタリナさんからの言葉に、エリスちゃんは安堵の笑みを浮かべる。仕える先のご息女が、優しい人物と感じられたからだろう。


 院長さんもそのやり取りに笑みを深める。しかし、カタリナさんが院長さんに視線を向け、少し声を落として問い掛けた。


「現在はお忍びだが、こちらの御仁は要人でな。身元の確かな者を数名、世話役として用意して貰うことは出来ないだろうか?」


「……承知致しました。手配可能な者を確認して参りますので、お時間を少々頂ければと」


 含みあるカタリナさんの言い方に、院長さんは何かを察した様子だった。ニンマリと笑みを浮かべると、エリスちゃんと共に部屋を出て行く。


 オレはそのやり取りに、内心で唖然としていた。身の回りの世話役なんて、アトリが任されたばかりな気がする。


 実際、部屋にオレ達三人だけになると、アトリは憮然とした表情となる。カタリナさんに対して、文句を言う気満々の様子であった。


 しかし、アトリが口を開くより早く、カタリナさんが口を開く。先程までの笑みは消え、悲痛な顔で訴えかけて来た。


「導師様は、今のやり取りをどう感じたでしょうか? そのお考えをお聞かせ下さい」


「えっと、私の考えですか……?」


 余りの豹変ぶりに驚かされた。ただ、聞きたいのはカタリナさんの態度では無い。この孤児院や、先程の院長さんの事なのだろう。


 そして、オレは何かを訴える瞳に、下手な誤魔化しは悪手だと判断する。オレの感じた率直な意見を、包み隠さずに口にした。


「この孤児院はチグハグで気持ち悪いですね。路上の貧相な子達と、先程の上品な子が、どうして同じ施設に同居しているのでしょうか? それに何より、この部屋と、あの院長さんが胡散臭い。私にはこの孤児院が、とても嫌な物に感じます」


 ハッキリと拒絶の意思を示した。オレの否定的な言葉に、アトリは驚いて目を丸くしていたくらいだ。


 しかし、カタリナさんは安堵の息を漏らした。オレの言葉を聞いて、嬉しそうな表情を浮かべた。


 だが、彼女はすぐに表情を引き締める。そして、オレに対して説明を始める。


「路上の子供達は農村からの孤児です。読み書きも出来ず、能力も低いので物乞いをやらされています。周囲の同情を引く為に、食事を制限して痩せさせ、衣服も粗末な物に限定されています」


「――なっ……?!」


 唐突な説明に絶句する。あの格好が物乞い用の演出だと言うのだ。わざと食事を制限され、可哀想な子供を演出しているのだと。


 だが、オレは同時に思い出す。あの子達は果実を差し出されても怯えていた。これを食べると怒られると言っていたのだ。


 つまりそれは、彼等が健康的な見た目では困るから。お腹を空かせた子供で無いと、物乞いとしての役目を果せないからなのだ。


「そして、先程のエリスは商家の子供。見た目が良く、知能の高い者は、貴族向けの人材として教育を施されます。そして、多大な寄付の返礼品となり、貴族とのパイプを繋ぐ役目を与えられるのです」


「貴族とのパイプを繋ぐ……?」


 教育を施されて貴族の元に送られる。それが、子供の将来を考えての事ならば、何も問題は無いと思う。


 しかし、パイプを繋ぐ役目だって? それではまるで、彼等の人生が孤児院の道具では無いか……。


 カタリナさんの説明は衝撃的だった。しかし、それでもまだ終わりでは無かった。彼女は苦々し気な表情で、吐き捨てる様にこう言うのだ。


「集めた寄付も、集めたパイプも、教会の地位向上に使われています。それ所か、教会は治療に高額の寄付を求め、払えない者は奴隷同然に身売りさせます。そして、子供が居れば孤児院で引き取り、自分達の手駒として扱っているのです」


「……どこも、同じなんですね」


 ポツリと漏らしたアトリの言葉。見れば彼女の瞳は、とても冷めた物へと変わっていた。


 そして、その態度から良く伝わって来る。アトリが旅した5年間で、似た光景を見て来たのだと。この孤児院が特別ではなく、これがこの世界の日常なのだと理解出来た。


 ゲームでは描かれない舞台の裏側。それを目にしたオレは、胸に苦い思いが広がった。そんなオレに対して、カタリナさんは静かに問い掛けて来た。


「これが教会の在り方です。そして、不敬を承知で問わせて下さい。これは本当に――神のご意志なのでしょうか?」


「カ、カタリナさん……」


 カタリナさんは手を強く握り締め、真っ青な顔で問い掛けてきた。怯えを含んだその瞳に、相当の覚悟だったと想像出来る。


 それは、アトリの姿から見ても間違い無いだろう。心配そうに見上げる瞳には、同程度の怯えが含まれていたからだ。


 恐らく、教会の教えに疑問を持つ事は、この世界でのタブーなのだろう。それでもカタリナさんは、オレへと問い続けた。


「これでは人は、道具同然ではないですか。神は本当にこの様な非道を、望まれているのでしょうか?」


「……少なくとも、私の知る神々は、この様な非道を望まれないはずです」


 オレの元居た世界では、多くの宗教が存在していた。その大半の神は、人類を愛していたはずだ。


 自らの子供であったり、弟子であったり。幸せになる為の道を示していた。ご利益を与える事はあっても、道具として使おう等とはしていなかった。


 それをするのはいつも人だ。神の威を借り、私腹を肥やす人間が居る。この世界でもきっと、そうではないかと思うのだ。


「とても、嘆かわしいことです……」


 やるせない気持ちとなり、オレは目を伏せて首を振る。そして、沈黙で満たされる部屋に、小さな嘆息が、とても大きく響いた気がした。

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