果実
街角に立つ三人の子供達。年齢は10歳から8歳程度で、その身なりはみすぼらしかった。
オレは一番小さな女の子と目があう。そして、引かれる様にそちらに向かい、眉を寄せて小さく呟いた。
「物乞い、なのかな……?」
「いえ、あれは孤児院の子供達ですね。寄付を募っているのでしょう」
カタリナさんが後ろに続き、オレの呟きに答えてくれた。その表情が普段通りなのを確認し、オレは内心でほっと息を吐く。
そして、孤児院の子供達に視線を戻す。穴だらけの服に、靴すら履いていない素足。その余りの姿に、オレは再び眉を顰める。
見た目としてはアトリと近い年頃である。そんな子供達が、苦しい環境に置かれている。その姿がアトリと重なった為か、放置するのは気が引けた。
オレは子供達の前で足を止める。子供達の視線がオレに集まると、オレは笑顔を彼等へと向けた。
「君達は寄付を集めているんだってね?」
「……はい。寄付を、お願いします……」
一番大きな男の子が、ぼんやりとした口調で答えた。残りの二人も、虚ろな瞳でオレの事を見つめている。
彼等の体は非常にやせ細っている。とても満足に食事を取れていると思えなかった。
その痛ましい姿に胸が痛む。恐らくは孤児院の経営も厳しく、子供達への満足な食事も用意出来ないのだろう。
オレはメニュー画面を操作し、先程手に入れた革袋を取り出す。そして、器に入れるには大きすぎた為、年長の男の子に手渡す事にした。
「ありがとうございます……」
「導師様、まさか全額を……」
背後からカタリナさんの硬い声が聞こえて来る。それは何故か、戸惑いを含んだ声色であった。
しかし、オレはそれより気になる事があった。大きなお金が手に入っても、彼等に嬉しそうな素振りが見えないのだ。
美味しい物が食べれると思わないのだろうか? どうしてこんなに他人事みたいなんだろう?
「……ん?」
子供の反応に戸惑っていたが、オレはふと視線に気付く。その視線は、一番小さな女の子のものであった。
二人の子供は無表情でオレを見上げたままだ。しかし、一番小さな女の子は、真剣な表情でオレの左手を見つめていた。
そこにあるのは、先程貰った紙袋である。中身は桃の様な果実だが、その甘い匂いに釣られたのだろうか?
オレは紙袋から果実を一つ取り出す。そして、女の子へと差し出した。
「良かったら食べるかい?」
「た、食べて良いの……?」
その女の子は、初めて嬉しそうな笑みを浮かべた。それは子供らしい、見ていて微笑ましくなる姿であった。
しかし、女の子が手を伸ばすと、年長の子がその手を掴む。そして、何やら怯えた様子で、女の子に注意し始めた。
「ダメだよ……。バレたら院長先生に怒られる……」
「そんなぁ……。食べて良いって言ってるよ……?」
止められた事で、女の子は泣きそうな表情となる。しかし、残り二人の子供は、怯えた表情で静かに首を振るだけだった。
どうして、食べ物を貰うと怒られる? どうして、子供達は怯えているのだ?
状況が理解出来ず、オレは再び戸惑いを覚える。しかし、カタリナさんが前に出て、子供達へと語り掛けた。
「ああ、これは食べても問題無いんだ。なにせこの方は導師様と言って、教会でも凄く偉い人だからね」
「え、本当に……?」
男の子は驚いた顔でオレの事を見つめる。その表情は先程と違い、年相応の幼さが滲み出ていた。
その揺れる瞳に対し、オレは笑顔で頷いた。そして、再び女の子に果実を差し出した。
「うん、私は導師だからね。教会では偉いみたいだね」
「じゃあ、貰ったものを食べても怒られないの……?」
女の子は上目遣いに問い掛けて来る。ただし、その目は期待にキラキラと輝いている。オレにはこの期待を裏切るなんて、許される行為とは思えなかった。
そして、同じ大人として、同じ思いを抱いているのだろう。カタリナさんも笑みを浮かべ、優しく女の子の頭を撫でて告げる。
「もし何か言われたら、導師様に貰ったと言うと良い。そうすれば、大人たちは誰も君達を怒らないから」
「うん、わかった!」
女の子は元気一杯に答える。そして、嬉しそうに果実を手に取り、皮ごと齧って食べ始めた。
ニコニコと笑みを浮かべ、一生懸命に食べる姿。それは小動物を彷彿させ、思わず笑みの零れる可愛さであった。
しかし、それを羨ましそうに見つめる二人の子供達。オレは紙袋に視線を落とし、2つの果実を確かめる。そして、振り向きながら、二人に対して声を掛けた。
「アトリ……。それに、カタリナさん……」
だが、続きの言葉は必要無かった。アトリは真剣な表情でコクコクと頷いている。カタリナさんも、優しい微笑みでオレを見つめていた。
その様子に驚いていると、二人同時に口を開き、オレに対して答えを返した。
「わ、私は大丈夫ですよ! お腹一杯ですので!」
「無論、問題ありません。子供達にあげて下さい」
何を言いたいのか、二人は察していたらしい。オレと同じ気持ちだったみたいだ。その事でオレの心には温かな気持ちが広がった。
そして、オレが振り返ると、二人の子供は目を輝かせていた。その期待に応えるべく、オレは果実をそれぞれに手渡した。
「「あ、ありがとうございます!」」
二人は果実を受け取ると、頭を下げてお礼を口にする。そして、顔を上げると嬉しそうに、すぐに果実へと齧りついた。
必死に食べるその姿に、オレは複雑な思いが入り混じる。子供の喜ぶ姿は、見て居て心地良いものである。しかし、これ程までに子供が飢えている。その事実が、どうしても悲しかった。
ラナエール王国は豊かな土地だと思っていた。魔王復活までは安全であり、人々は苦しい暮らしをしていないのだと思い込んでいた。
けれど、この子達を見ていると、そうではないと気付かされる。孤児の様に苦しい生活の者は、魔王に関係なく存在しているのだ。それが例え、このラナエール王国であったとしても……。
「……少し宜しいでしょうか?」
「はい? 何でしょうか?」
声を掛けて来たのはカタリナさんである。オレが振り向くと、彼女は真剣な眼差しで、オレの事を見つめていた。
少し前みたいに、睨み付ける感じでは無い。しかし、どこか張り詰めた空気を漂わせている。その事を不思議に思っていると、彼女はオレにこう要求して来た。
「お連れしたい場所があります。少々、お時間を頂けないでしょうか?」
「ええ、それは構いませんが……。私を連れて行きたい場所というのは?」
オレの問い掛けに、カタリナさんは何故か顔を伏せた。彼女は緊張した面持ちで、ギュッと両手を握りしめた。
しかし、その視線がアトリと重なった。心配そうなアトリの視線に気付き、彼女は顔を上げて大きく息を吐いた。
「……ふう、そうですね。導師様ならば大丈夫……。私が信じず、どうすると言うのでしょう……」
それは自分に言い聞かせる言葉みたいだった。カタリナさんはスーハーと深呼吸をし、気持ちを落ち着けていた。
そして、程なくして覚悟が固まったらしい。カタリナさんは真っ直ぐにオレを見つめ、オレの問いに答えを返した。
「この子達の生活する孤児院……。そして、それを運営する教会――火神ヴァルマ教の在り方を、ご覧頂きたいと考えています」
「火神ヴァルマ教の在り方……?」
ラナエール王国民は火の一族の末裔。その為、火神ヴァルマを祀っているとは聞いている。
そして、この国では教会と言えば火神ヴァルマ教。その存在は知っているが、未だこの目で確認出来てはいなかった。
孤児院に向かう事に抵抗は無い。しかし、カタリナさんの緊張感が理解出来なかった。彼女の瞳から滲む恐怖は、何を意味しているのだろうか?
「……わかりました。それでは行ってみましょう」
オレは子供達に別れを告げる。ニコニコと笑顔で、子供達は手を振ってくれた。そこに先程までの、無気力で、無表情な姿は何処にも無かった。
そのギャップに戸惑いながら、カタリナさんの先導でオレは歩き始める。この先に何が待つのか、その正体に言い様の無い不安を抱きながら……。
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