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ないしょ話(アトリ視点)

 本日はとても有益な話し合いが出来ました。何とこれからは、いつでもお師匠様と一緒に居られます。弟子特権という奴です。


 この提案をして頂いた、カタリナさんには感謝しかありません。彼女はいつも良いお仕事をしてくれますね。


 私は上機嫌でお師匠様の部屋を後にします。しかし、そんな私の背中に、カタリナさんから声が掛けられました。


「すまない、アトリ。少し話せないだろうか?」


「え? あ、はい……。別に構いませんけど……」


 カタリナさんの表情はとても険しい。話の内容は非常に難しい物だと想像出来ました。


 私が合意すると、カタリナさんは私を伴い歩き出します。辿り着いたのは、人気の無い訓練場でした。


 そして、カタリナさんは周囲を入念に確認し始めます。何処かに人が隠れていないか、しっかりと確認を行っていました。


 どうも、誰かに聞かれては不味い話みたいですね。どの様な話かはわかりませんが、否応なしに緊張感が高まって行きます。


 程なくして確認が完了し、カタリナさんがやって来ます。そして、彼女は真剣な表情で、私に対して話しを始めました。


「明日、導師様と出かけることになった。アトリも同行して貰えないだろうか?」


「えっと、城下町の案内でしたよね? どうして、私の同行が必要なのですか?」


 言っては何ですが、私に出来る事は多くありません。人より勝ってる部分なんて、土魔法での攻撃しかありません。


 とはいえ、お二人の出掛ける先は城下町。そこで攻撃魔法が必要になるとも思えないのです。


 ……いえ、或いは必要となるのでしょうか? 魔物か人かはわかりませんが、戦闘となることを想定している?


 私はゴクリと喉を鳴らして答えを待ちます。すると、カタリナさんは拳を握り、悔しそうにこう答えたのです。


「わ、私は……。異性と二人っきりで、出歩いた事が無いのだ……!」


「…………は? 異性と二人っきりで……。って、うえぇぇっ……?!」


 思っていたのと違う理由が出てきました。想像の斜め上と言う奴です。


 自分から誘っておいて、それってどうなのでしょう? というか、それを頼む相手が私って?


 私が呆然としていると、カタリナさんはハッと気付きます。そして、慌てた様子で言い訳を始めるのです。


「いや、任務中ならあるのだぞ? ただ、プライベートでは無いという話だ。任務中なら仕事の話をすれば良いが、プライベートで仕事の話は不味い。それでは私が、仕事しか頭にない人間と思われかねない」


「はあ、そうですか……」


 非常に真面目な表情をして、凄くどうでも良い話を続けています。カタリナさんからすると、真剣に困っているのでしょうが……。


「幼少期は父上の元で剣の修行に明け暮れ、騎士となってからは殿下の護衛を10年続けた。殿下が独り立ちするまではと、異性からの交際は断り続けて来たのだ。その結果、気付けばこの歳まで、異性との付き合い方がわからぬまま来てしまった……」


「それは、大変でしたね……」


 凄く真面目な人なのでしょう。騎士として愚直に職務を全うして来たのでしょう。けれど、その結果として……。



 ――凄く残念な人になっている。



 私の二倍も生きていて、こんなことを真剣に悩むなんて。聞いているこちらが、悲しくなるのですが……。


「ここ数年は交際の申し込みも無くなってしまってな。この歳で交際の一つも無い等、その気が無いと思われているのだろう。私も一応は侯爵家の娘だしな。もうそろそろ、年齢的にギリギリだと言う自覚もあるのだ……」


「えっと、その……」


 これはもう、ただの愚痴ではないでしょうか? 私は何を聞かされているのでしょう?


 どうしたものかと、私は頭を悩ませます。しかし、ふとこの流れに、ある閃きが生まれました。


「……もしかして、お師匠様にアプローチしたいんですか?」


「――なっ……?! な、ななな、何てことを言うんだ……!」


 顔を真っ赤にして、カタリナさんが目を吊り上げています。まるで私が、非常識な発言をしたみたいな剣幕です。


 けれど、この流はそうとしか思えません。婚期に焦っている事もあり、お師匠様のことが気になっているとしか思えないのですが……。


「では、お師匠様には興味が無いのでしょうか?」


「い、いやいや、そうは言っていない! 導師様は私よりも強く、人格的にも素晴らしい御仁なんだぞ! とても魅力的な男性ではあるが、私如きでは釣り合わないと思っているだけだ!」


 いやそれは、興味があるということですよね? 高根の花と思って、興味が無い振りをしてるだけですよね?


 状況は把握出来ました。ならば、この面倒なやり取りを、さっさと終わらせてしまいましょう。


「お師匠様からアプローチがあれば?」


「そ、そそそ、そんな事は有り得ない! た、ただ……。ただ、仮にだぞ? 導師様が望まれると言うならば、私としては拒否するのはおこがましいと言うかだな……」


 カタリナさん、完全に拗らせていますね。あまり真剣に聞いていても、時間を無駄にするだけだと思われます。


 私にニコリと笑みを浮かべる。そして、カタリナさんへと提案します。


「カタリナさんをどう思っているか、私から聞いてみましょうか?」


「あ、いや……。そんな事をしては、導師様の迷惑に……。た、ただ……。私が興味を持っていると知られずに、それとなく聞けるのであれば……。それは少しばかり、頼んでみたいと言う気持ちも……」


 カタリナさんはソワソワとした様子で、煮え切らない態度を取っています。素直になれないみたいですが、聞いて欲しいという気持ちの方が強いみたいですね。


 私としても、お師匠様の好みには興味があります。それにカタリナさんは良い人間なので、私も嫌いではないですしね。


「では、お師匠様に気があれば、私も応援するということで!」


「――あ、貴女が救世主か? どうか、良しなに頼みます……」


 どうやら、取り繕うのを止めたみたいです。カタリナさんは膝を付いて、私を崇めるポーズを取っています。ノリはあれですが、こちらの方が話が早くて助かります。


 それに、カタリナさんは無自覚ですが、かなり綺麗な女性です。お師匠様が気に入る可能性は高いと思っています。その場合、私もお役に立てるということです。


 面倒な所もありますが、それ以上に面白そうなお話です。これは私としても、気合を入れねばなりませんね!


 しかし、引き受ける事を決めた所で、私の脳裏に先程の疑問が再浮上して来ました。気になった私は、カタリナさんへと尋ねてみます。


「そもそもの話になりますが、どうしてこの件を私に頼んだんですか?」


 カタリナさんとは出会って一月も経っていません。未成年の私に、恋愛相談が相応しいとも思えません。普通に考えたら、人選ミスではないでしょうか?


 しかし、カタリナさんは膝を付いた姿のまま、パッと満面の笑みを浮かべます。そして、力強く頷いて、私に対してこう答えました。


「共に死闘を潜り抜けた仲間では無いか。アトリになら背中を任せられる。それが私の答えだ!」


「――なるほど」


 その答えを聞いて、私の理解度が深まりました。カタリナさんに対する印象が、私の中で大きく書き換わって行きます。



 ――きっとこの人は、脳筋なんだな……。



 仕事の事と、戦う事しか頭に無いのだ。私はその事を残念に思います。けれど、それでもお師匠様のお眼鏡に適う様にと、一人でそっと神様に祈るのでした……。

少しでも面白いと思って頂けましたら、

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